「全世界の紳士淑女の皆様こんにちはこんばんはおはようございます! 樋口啓輔です!! 高校一年の十六歳! ついでに彼女のいない暦も十六年! おっと同情の目で見るのは禁物だ!! 大体この年代だとそれは普通だ!!
 さてさて、ただいまより家庭科調理室をジャックし――いや、許可は取ってますよう、一応。掃除を命令させられたとか、弥生先輩の単位補充のどうのこうのは――おっとそういう細かいことはいいですか! いいんですか!? いいんですか……。
 えーと、家庭科調理室で、風花と料理しまーす。お手軽に玉子焼きです。ちゃんとくるくるっと巻くので厚焼き玉子ですな」




誰かのためのおとぎ話 えくすとら 02
〜樋口啓輔のお料理教室〜




「はい、質問」
 変態が小学校一年生の男子みたいに手を上げていたので、当てた。
「はい、そこの変態の博さん!」
「途中で何でテンションが下がったんですか!!」
 変態を自ら受け入れているので、オレの暴言は暴言ではなくなったようだ。さすが博、ただの変態じゃねえ……! 敬意を示し、丁寧に答えた。
「うるせー、バーカ!」
 イスが飛んできましたが、オレの運動神経はなかなかなのでさわやかに回避。後方でドンガラガッシャンと素敵な音が聞こえたが無視だ。
「てことで、試食係を紹介します。麻美と元樹です。おっと元樹、顔色が悪いがどうしたんだね?」
「――! ――!!」
 何か訴えるような強い目でオレを見ているが、残念。オレはエスパーじゃないのでスルーだ。
「つっこみ役の夏子と、変態博です」
「なにそれ。つうかこのハリセンはなに?」
 夏子は元樹の隣に座って、手にしたハリセンを目の高さまで上げた。
「ハリセンはハリセンです」
 何故このような基本的に説明をしなくてはならないのだろうか。これは裁判物ですぞ。
「啓輔、はりせんってなにに使うものなのですか?」
 馬鹿丁寧にオレの隣にいらっしゃるお嬢様・風花(エプロン付清楚度が10upって感じだ)は小首をかしげた。愛らしい動作にサイトゥーくんあたりは悶絶しそうだが、いないのでどうでもいい。
「うむ、あまりにくだらないことをした人間に対して、心を鬼にして喝を入れる道具だ。特に夏子は素手でやると相手を破壊しかねない……。なので安全を考えて紙製となっている」
 まんざら嘘でもないだろう。
「ふうん、なるほど」
 うなずく風花を見ているとちょっと心が痛むが気のせいだろう。
 さて、と。
「てことで、お料理教室の再開だ!」
「始まってもいないじゃない」
 つっこみ役のつっこみなので暴言は吐けん……! 仕方ない、スルーだ!
「厚焼き玉子の作り方。まず、卵を割ります。はい、風花さんどうぞ!」
「はい!」
 風花は卵を一つとり、銀のボウルの端に向け、力強く振り下ろした。
「え?」
 ちょっと待って、力強く?

 ぐしゃ

 理解するより先に卵は無残につぶれていた。期待を裏切ることなくボウルの外側に。
「……卵の割り方からねー」
 完全に他人事の口調で夏子は明後日の方向を見て言った。正論であり、覆せぬ事実にオレは拳を振るわせた。博はもう興味を失ったのか、携帯ゲーム機を取り出し、遊んでいた。麻美も同様である。元樹はそれを興味深そうに見ていた。
「風花さん、まず卵の割り方を説明する」
「はい先生!」
 先生。なんと素敵な響きだろうか。しばし余韻に浸ることにする。
 ぽわわわーん。

 ゴ!

 なにか硬いものが右側頭部に当たった。地面を見ればハリセン。
「何をなさる!」
 投げた体制のままの夏子に抗議の声をあげた。
「つっこみ」
 二の句が告げなかった。なので、漢は黙ってスルーだ! 拳が震えているのは武者震いだ!
「風花、卵は、こーやって、軽く持って」
「うん」
「こう、ボウルにコンコンと軽く叩くんだ」
「うん、コンコン」
 律儀かつ真剣に繰り返す風花が可愛いです。
「ひびが入ったら、両手の親指を入れて」
「入れて」
 オレの動作を真似する風花も可愛いです。
「ボウルが下にあることを確認して、外側に引く」
「引く!」
 銀のボウルに二つの黄身がぷるんと揺れていた。
「成功だ、風花! 見事な出来栄えだぞ!!」
 褒めるのを忘れないのがいい指導者の条件である。今勝手に決めた。
「ありがとう」
 はにかむ風花が可愛いです。他の人たちもこう素直だとお兄さん嬉しいです。
「…………」
 なんか視線を感じるけど気のせいです。
「……アーマーメヤイ サーミイヤー」
「いやあ、オレの周りの女の子はみんな素直でありがたいよね!!」
「…………」
 視線が消えた。迂闊なことは考えられんな。
「で、味付けです」
「うん」
「基本に忠実、塩とコショウです。風花んちは甘い?」
「んー、玉子焼きそのものはそんなに食べないから……」
 け、金持ちはすったらもん食べないってか!!
 そんなことをおくびにも出さず、オレは続ける。
「オレは塩コショウが好きなんで、今日は塩コショウを入れます」
「啓輔、怒ってるの?」
 心外な! そんな表情をして風花を見ると困った表情です。
「だって、こめかみがぴくぴくしてるし、笑顔なんだけど引きつってるんだもの」
 それはさぞかし怖い表情だろう。
「ちょっと待って」
 そう告げると、風花に背を向け顔をぱんぱんと叩く。そして気合一発!
「店長、電話で言ってたシフトとシフト表、ぜんぜん違うじゃん!!」
 不満を叫んですっきり。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「良くあるよね」
 夏子だけ判ってくれたらしい。同じバイトだからね。
「で、塩コショウを入れます。おっと、待ちたまえ。かるーく、さっさとだ」
「あの、何事もなく続きを始めないで」
 天然お嬢様から真っ当なつっこみがくるとなんか嬉しいね!
「うん、まあ、塩から入れようか。二つだから、二つまみくらい」
 白い塩のケースから風花は塩を摘み取った。
「そうそう、それを二回」
 指示通り二回。
「次にコショウ。これは二振りかな。ぱっぱと」
「ぱっぱ」
 風花はコショウのビンを持ち、軽くぱっぱと二回振った。
「味をつけたら菜箸でかき混ぜます」
「はい」
 菜箸を手渡し、混ぜさせた。泡だて器を使うまでもなかろう。
 風花は不器用に卵をかき混ぜた。すっげえ微笑ましかった。ボウルを覗き込むと案の定混ざってない卵。
 数分後。
「啓輔、どう?」
 自信満々に見せてきましたよ。どれどれ……。
「お、ちゃんと混ざってるじゃないか」
 そこには見事にとがれた卵のお姿が! ま、普通にといた奴ですよ。
「えっへん! ボウルをちょっと傾ければ楽と気づいたら早かったのです」
 ……そんなことも知らなかったのか。お嬢様って恐ろしい。お坊ちゃまの元樹はどうなんだろう。視線を送れば熱心に麻美のゲームを見ている。
「今のはドラムだよね。他のもあるの?」
「……ギターにピアノ、曲によって色々」
 平和な光景だった。壊したくないので放っておこう。
「ところで麻美は風花の料理って怖くない?」
 耳がダンボになってしまう話だ。しかしストレートすぎるぞ。隣の夏子も複雑極まりない表情をしてらっしゃる。幸い、風花は聞こえなかったようで、にこにこ笑顔でオレの指示を待っている。
「次に焼きます」
 が、じっと見ているわけにもいかないので作業に戻る。
「……風花は私のことを好いてくれているから、おぞましいものは作らないわ」
 さらっと言ってのけるあたり、物凄い自信が感じられます。
「まずフライパンを用意します」
「用意しました」
 コンロにフライパンが乗っていた。うむ! オレが向こうに気を取られている間に用意してくれたらしい。優秀な生徒じゃ。
「その根拠は?」
 気になることを夏子はズバリと聞いてくる。いいぞ夏子! 心の中で応援しつつ、先生をやる。
「火を点けて、油を引きます。少量です」
「小量……」
 腕をぷるぷる震わせながら油を入れる風花は危険人物って感じです。
「……風花」
 その声にオレと風花が振り返った。声の主、麻美を見る。
「入れました! っと、なあに?」
 確認。うん、少量。次に進みたいが、気になるので麻美を見よう。
「……私のことは好きですか?」
 なんてストレートな物言いなんだ。好きな女の子に言ってみたいが、うざいと言われたら立ち直れない。……なんて危険球だ。
 だが、そんな危険球でもお嬢様は怯まない。
「はい、大好きです!」
 綺麗に打ち返した。雨上がりに見た太陽のように清々しく眩しい笑顔だった。元樹と夏子を見ればなんだか悔しそうに唇を噛んでいる。元樹はともかく夏子もか。幼馴染って不思議! 奥を見てみれば今の発言で何やらリリィなことを妄想していそうな博、いや変態が、変態そのものの表情でよだれをたし、ほけーとしていた。変態というよりももう人としてどうかというレベルなので関わりたくないです。
「ごほん、フライパンを傾け、全体に伸ばします。こう、ぐるーっと」
 気を取り直して授業再開。
「ぐるーっと」
 両手でフライパンを持ち、俺の動きを真似する風花は可愛いです。
「すごい、ちゃんと広がっている!」
 こんなことで感動する風花はどんだけ料理しないんだって話です。
「あたたまったのを確認してから……えと、菜箸で卵をちびっとたらします」
 じゅわと音を立てて卵が焼きあがった。うん、オーケーだ。
「卵が焼けるくらいまであたたまっているので、半分……二つだから四分の一くらい卵を入れます」
「はい、四分の一くらい……」
「で、素早く広げます!」
 無駄に急かしてみた。
「ええ!? ひ、広げます!」
 あわてた風花は両手でフライパンを落としかけながらも卵を広げた。……素人相手に冗談言うのはやめよう。
 パシンパシンと後ろでハリセンを手で弄ぶような音も聞こえることだしね……。なんか殺気とかも感じるしね。
「で、菜箸で手前からくるくると巻いていきます。難しいのでちょっとずつね」
「ん、手前から……あれ? んしょ」
「そうそう、奥に転がしていくんだ」
「お、く、に……」
 なんで箸はちゃんと使えるのに卵の端を挟んで転がしていく、という作業が出来ないんだ?
 オレの助言を受けながら風花は不器用に巻いていく。ちょっとこげているのはご愛嬌だ。
「おお、上手いじゃん」
 お世辞抜きの感想だ。ちびっとこげてはいるが、形はそこそこ整っている。初めてにしては上出来だ。それに……なんというか、頑張って作ったよ! 感がにじみ出ているのだ。オレが料理を始めた頃に作ったのと雰囲気が似ていたからそう感じたのかもしれない。
 風花は言葉なくもじもじと照れる。素直な反応が可愛いなあ。
「じゃ、早速試食といってもらおうか」
「うん、麻美に元樹。どうぞ」
 二人に風花の力作を差し出した。
「いただきます」
 元樹は箸を取り出した。
「……いただきます」
 麻美はスプーンを取り出した。……待ってくれ。それ違う。
「……冗談です」
 言う前に箸に変えてくれました。行儀は悪いが、二人で一つの皿の厚焼き玉子を分け、食べた。
「どうかな?」
 どきどきと聞く風花が初々しくも可愛いです。なんてか、子供がどう? どう? って親に聞いている感じでさ。
 元樹は恐怖を微塵も感じさせず、一口食べた。少し目を見開き、きちんと食べる。
「おいしい」
 風花の顔にぱあと笑顔が咲いた。その笑顔を麻美に向ける。
「……美味である」
 何故そんなに偉そうなんだ。お前は三上先輩か。
「うれしい!」
 本当に嬉しいんだろう。風花は両手で頬を覆い、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。あまりの可愛さに実の双子の弟が悶絶している。いや、可愛いのはわかるけど、その反応は引くわ……。
「ね、啓輔卵まだあるよね?」
「ん? うん、まだ余ってるよ」
 パックで買ってきたので当然余っている。一個は風花が失敗して、もう二個は元樹と麻美の腹の中だ。
「じゃあ、もう一回作っていい?」
 自信をつけたのか、それとも復習したいのかどっちかは判らないが、断る理由など何もない。
「おう、いいぞ。頑張れ」
 快くオーケーを出すと風花は笑顔でまた料理を始めた。


 二回目は復習も兼ねていたらしく、オレは口を出せなかった。助けはいらぬ! と漢らしいことを言われたからだ。いや、普通に「今度は一人で頑張ってみるね」と言われただけですよ。
 暇になったオレは人としておかしい博を視界に入れないように夏子とバイトの愚痴大会。そこで共通の嫌いな奴が判明。今すぐころ――てのは物騒なので、今度転がしてやろうと言ったら夏子が笑った。
「うん、転がすならいいわね。偶然装って足引っ掛けてみようか」
 冗談めかして言っているが、なんとなくやりそうな感じがします。これを邪推っていうんですよね。
「できたー!!」
 苦労もあったが、達成感のほうが強い、そんな声を風花はあげた。
「はい、今度は啓輔となっちゃんが食べてみて」
 白い皿に先ほどと似たような、でも、先ほどよりはちびっとこげた厚焼き玉子。
「二人にはいつもお世話になってるから、こんなので悪いけど、その、お礼」
 照れくさそうに風花は言う。
 オレの胸がじーんと熱くなった。
 お世話になってるって、今日たまたまじゃん……むしろオレがお世話になっているのに……なんだちくしょう、目の奥が熱いぞ。それに視界が急に歪みやがって……意味が判りゃしねえ……!!
「風花、ありがとう」
 オレと似たような気持ちになったんだろう、夏子は万感の思いを込め、言った。
「うん、オレもありがとう。ありがたくいただくよ」
 夏子と仲良く二つに分け、食べる。
 こげなど全く気にならない。それすらも美味い。
「おいしいよ、おいしいよ風花」
「うん、おいしいよ」
 二人で褒める。本当においしいんだ。さっきよりこげているのは甘いから。塩コショウではなく砂糖を入れたのだ。それも激甘! なんてレベルではなく、あ、甘い。って程度。いわゆる適量だ。
「ありがとう」
 風花はまたはにかむ。ちくせう、嬉しいし可愛いしこりゃ参ったね! だよ。


 この後四人で仲良く片付けて、調理室あとにした。物も少なかったしすぐに終わった。
 和やかに談笑しつつ学校を後にする。

 後日、弥生先輩からこんなことを聞いた。
「ほら、けけくんに家庭科室の掃除を頼んだ日、あるでしょ? あの日の夜に男の絶叫が聞こえたんだって。あ、これは守衛さんから聞いた話だよ。ホントホント。茶飲み友達で仲良いの。あ、そんな話じゃなくて。
 もう、おじさん泥棒かと思って応援頼んだんだけど、仲間と駆けつけたときにはもぬけのから。集まるまで一分も経ってなくて……あたりを探し回ったんだけど、やっぱりいなくて、幽霊かって話も出たんだってさ。
 実際はさー、急いで窓から逃げたとか、そういうんだろうねー。逃げ足の速い泥棒だったんだよ。幽霊ってそんなねえ?」
 それを聞いてオレはふと思ったのだ。

 そいや、博ってあの後どうしたんだろう?



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