告白、または懺悔




「私はとある有名な魔術師の家に生まれました。
 父はいましたが母はいません。私が三歳のときに自分で生命を絶ったそうです。
 家が求めていた跡取りではなかったからです。
 家が求めていたのは、高い魔力を持った、男の子でした。
 私はどちらも当てはまりませんでした。私は女で、魔力も人並みでした。
 だからでしょう、母は家から、父からのプレッシャに耐え切れずに死を選びました。
 私はそのときのことは良く覚えていません。見つけたのは使用人の方ですし、私はすでに――同じ敷地内ですが――他の方と暮らしておりました。育児放棄されたのを見るに見かねて引き取ってくれたそうです。もちろん、血の繋がりはありません。ですが、私にとってはあの人たちが私の両親です。
 実母が死に、三年ほど経ったことです。
 私が知らぬ間に父は新しい女性を妻として迎えていました。知ったのは偶然見かけたからです。
 その人はまた家から跡取りを求められていました。傍から見て酷いと思いました。ですが、その人はそのためにきたのだから、と耐えていました。私は干渉しませんでした。
 両親は私に家について隠すことはしませんでした。良いとことも悪いところもすべて見せてくれました。子供には酷なことですが、私はこれでよかったと思っています。下手に良いところだけを見せられていたら、私はきっと本当の、血の繋がった親を求めたでしょうから。
 それから、実母が亡くなって六年経ちました。
 家に待望の跡取りが生まれました。
 高い魔力を持った男の子です。
 半分だけ血の繋がった弟です。
 私は別世界の出来事のように思いました。特別な思いはありませんでした。
 求めて、望まれてきた弟です。
 父は第二の妻を褒め、周囲も同調しました。離れですごしていた私たちにはまったくどうでもいいことでした。ただ単純に新しく生まれた生命を祝福しよう、そういう雰囲気はありましたけどね。
 弟は大事に育てられました。上流家庭です。お金は惜しまず、手厚く手厚くですが、過保護ではない程度に大事に育てられました。
 弟は小さなころから優秀でした。
 勉学は人並みでしたが、魔法の覚えは天才的だったそうです。父も、その妻も、父の両親も――私の祖父母ですね――も大層喜んだそうです。
 ですが、不幸なことが起こりました。
 弟の母が亡くなったのです。私が十四歳、弟は五歳でした。
 胸の病気だそうです。発覚したときにはもう手遅れの状態だったそうです。弟の母は、父とその両親に弟を頼むといって息を引き取ったそうです。
 家は悲しみに包まれました。私も悲しかったです。
 よく知らない人ですが、人が亡くなるのは悲しいことです。
 それは私の両親の親が亡くなったときに痛感したことです。私の義理の祖父母に当たる人が亡くなったとき、とても悲しかったのです。私に良くしてくれました。とても優しい人たちだったのです。それを思い出しました。
 そう思うと、弟が不憫に思いました。
 私のときよりも、より近い人が亡くなったからです。
 辛いでしょう、悲しいでしょう。
 ですが、私は弟のもとには行きませんでした。
 行こうとしたら両親は止めたでしょうし、何より家が阻止してたでしょう。お気づきと思いますが、弟は当時私の存在を知りませんでした。

 喪が明けても家は悲しみに包まれていました。
 父の第二の妻だった人は良い人だったようです。良き妻で、良き母だったのでしょう。聞いたところによると、父よりもその両親の落ち込みのほうが酷かったようです。ご本人の両親は知りません。私もそこまではそのときは気が回りませんでした。
 悲しみが薄れたのは二年後でした。
 父がまた妻となる女性を連れてきたからです。
 父の両親は新しく来た女性を歓迎しました。その方は家と同じくらい有名な魔術師の家の方でしたから。
 ですが、弟は実の母親が忘れられなくて、冷たくしたそうです。
 ですが、新しく妻となった方は弟と打ち解けようと努力したそうです。辛抱強く、弟に歩み寄ったそうです。
 しかし、それは弟にとって苦痛だったそうです。
 だから弟はしばし家から抜け出し、私が住む離れへとやってきました。
 口の軽い使用人から聞いたそうです。自分に半分だけ血の繋がった姉がいることを。
 家の居心地の悪さと好奇心を胸に弟は私に会いに来ました。
 そのとき私は十六歳、弟は七歳でした。
 私は中学に入ったころから医療に携わろうと思っていたので、日々勉強していました。平凡な頭です。それ相応の努力が必要でした。
 その勉強の休憩中、ふと風に当たり、外へ出ました。そのときに、弟を見ました。
 それが私たちきょうだいの出会いでした。
 私を見て、弟は泣きました。私は急に泣き出した見知らぬ男の子に戸惑いました。私はそのとき目の前にいる男の子が弟とは判らなかったのです。
 落ち着かせ、話を聞き、私はようやく理解しました。
 目の前にいる男の子が弟であること。
 それと私に会いにきてくれたこと。
 とても嬉しく思いました。

 それからちょくちょく、家には内緒で弟は遊びに来てくれました。
 私は両親から隠れ、弟と会いました。このことが知られたら両親はよく思わないと思ったからです。まあ、すぐにばれていたらしいですが。親の目というものはすごいですね。
 私たちはよく話をしました。学校のこと友達のこと、そして家のこと。
 弟は苦しさを切々と私に訴えてきました。ですが、私にはどうすることも出来ません。私は家からいらないと言われた人間ですから。
 ですが、弟に、家から望まれた弟に頼られるのが嬉しくて、色々アドバイスをしました。
 血が繋がってなくてもちゃんと親子になれると。その証拠が私だと。
 父が新しく妻を迎えたのは悲しみを忘れるためじゃない、乗り越えるためだと。
 前者は嘘偽りのない本心でした。後者は真っ赤な嘘でした。
 ですが、弟は真面目に受け取りました。
 頑張ってみる、と言いました。弟が去った後、罪悪感が胸に残りました。
 それから二年くらいたったころでしょうか。
 父の新しい妻は、弟の義理の母親になりました。二人は実の親子のように仲が良くなったのです。義理の母の努力と弟の努力が実を結んだのです。それを見た父は泣いたそうです。――私の実母が亡くなったときは泣かなかったそうですが。
 いい事は続くみたいです。
 弟に妹が生まれました。私の妹でもあります。
 弟はすごく喜びました。弟の義理の母も喜びました。
 意外なことに父もその両親も喜びました。私と両親は、新しい生命を祝福しました。そして父とその両親の反応に呆れました。後から知った話ですが、妹は弟の補佐として望まれたそうです。そして高い魔力を持った女の子を望んでいたそうです。まったく呆れた話です。あの人たちは何も変わっていなかったのです。

 そう、何も変わっていなかったのです。

 何も変わっていなかった。
 そんなことは弟は知りませんでした。おそらく弟の義理の母もそうでしょう。知っていたら私の実母と同じ道を辿ったりはしません。
 不幸の始まりは妹の魔力の有無でした。
 高い魔力を持つ父と母の間に生まれた弟には両親と同じように、いえ、それ以上の魔力がありました。家の長い歴史上、一番とも言われたほどだそうです。
 同じく、高い魔力を持つ父と、高名な魔術師の家の血を持つ母との間に生まれた妹にも、高い魔力があると思われていました。少なくとも望まれていました。
 ですが、妹には魔力がありませんでした。
 私のように人並みの魔力だった、という話ではありません。
 まったくなかったのです。
 ご存知かと思いますが、私の住む世界では魔力のない人間は差別対象です。魔力のあるものから酷い仕打ちを受けます。ですから、魔力のない人たちは集まり、別の集落を作ってそこに住んでいます。
 そう、そんな世界なのです。
 幸い私は魔力至上主義の人間ではありません。
 魔法で出来ることは確かに大きいです。でも人は魔法などなくとも生きられるのです。実際、魔力のない集落に行ったことがありますが、そこの人たちは不自由なく生活していました。魔法なんて必要なかったのです。
 ですが、そういう考えの人間はごく少数です。
 家には、少なくとも弟の周りにはそのような人間は妹の母しかいませんでした。
 弟本人は魔力の有無など気にしてはいませんでした。
 ただ単に新しく出来た妹を可愛がっていました。私に見せられないのが残念だとよく言っていました。
 弟は妹を可愛がっていました。
 父は魔力を持たない妹を露骨に嫌いました。その両親も同じです。妹の母は父の反応に戸惑い、ですが、我が子を守ろうとしました。弟も妹を守ろうとしました。
 私は妹に嫉妬しました。似たような境遇なのにどうして私には――そんな気持ちが生まれたのです。ですが、それは私の両親に失礼と思いました。なのでその気持ちはすぐに消え、代わりに妹の母親が心配になりました。
 私の実母と同じ目にあうのでは――? そう思ったのです。
 しかしそれは杞憂でした。少なくともその当時は。
 二人に守られたせいで父は妹に手が出せませんでした。
 私を平気で捨てた父です。妹にも容赦するはずがありませんでした。

 五年間、何もありませんでした。その間に私は妹とその母に会いました。
 妹の母は優しい人でした。何より暖かい人でした。こんな人が母な弟と妹が少し羨ましいと思いました。ですが、私の母も素敵な人です。代わってくれとは思いませんでした。
 そのときにはもう、両親に弟との密会――というのでしょうか、それがばれていました。
 なので三人で堂々と我が家に遊びに来ていました。
 表向きは遊びに、本音は避難でした。
 妹の風当たりの冷たさは離れで暮らしているここにも届いていました。
 父、その両親は当然のこと、使用人までもが妹に冷たく当たっていました。それをかばう弟、――跡取り息子――にはさすがに何も出来なかったようですが、妹を、魔力を持たぬものを生んだという、妹の母はそうじゃなかったようです。
 直接な被害はなかったようですが、影でこそこそと陰湿に言われていたそうです。聞いたら気分が悪くなるから、と教えてくれませんでしたが、酷いことを言われ、されているようでした。
 弟は学校があるのでいつも守れたわけではありませんでした。
 妹の母は妹のため、仕事をすべて止めました。
 それでも妹への陰湿な攻撃は止みませんでした。
 私は何も出来ませんでした。
 いえ、何もしようともしませんでした。
 妹は可愛い、ですが、私は家から捨てられた身です。いったい何が出来るのでしょうか?
 ずっとそう思っていました。
 でも何か出来たんですよね。こっそりと、妹とその母を連れ出し、外へ逃がすことくらい、出来たんです。両親に協力を仰げば出来たんです。でも私はそれをしませんでした。
 外の人間、そんな思いが大きくて、そこまでの苦労を背負いたくないと無意識に思っていました。
 そんな思いを抱えていたある日、私が二十四歳、弟は十六歳、妹が六歳のときです。
 妹の母が、私の実母と同じ道を辿りました。
 遺書も見つかりました。
 魔力すらあげられなくてごめんなさい、と綴られていたそうです。
 弟には妹を守ってくれと、責任を放棄した自分をどうか恨んでくれと綴られていたそうです。
 妹は泣き、弟も泣きました。
 私は後悔しました。
 彼女を家から逃がさなかったことを後悔しました。それは私の両親も同じでした。
 数日後、弟が学校行事でどうしても家をあけなくてはならない日がありました。
 妹はそれを嫌がりました。もちろん弟も嫌がりましたが、父の命令で無理やり行かされました。
 私は弟が外出することは知っていましたが、それをキャンセルして家にいると聞いていたので、弟が外に出ているなんて知りませんでした。
 それに私はそのとき、先輩に誘われ、とある病院で働かせていただいていました。修行、そんなものです。
 だからでしょう、弟も私に言わなかったのです。
 父はまだ小さい、更には母を最悪の形で亡くし、唯一守ってくれる弟から引き離され心細くしている妹に命じました。
 代々家に伝わる試練に行ってこいと。
 試練というものは実際家にあったものだそうです。あった、というくらいです。過去のもので、今はありません。痕跡がある程度です。
 それは家の、奥、私の住んでいた離れよりももっと奥にある森です。
 そこは昼間でも暗く、獰猛な魔物が住まう森です。
 父は妹にそこへ行けと行ったのです。
 当然妹は拒絶しました。ですが父は妹に言ったのです。

『この試練を乗り越えることが出来たならば、お前を家の人間として認めてやろう』

 と。
 相変わらず最悪な父です。
 妹は自分のためではなく、いつも自分をかばってくれる弟の、いえ兄のためにその試練を受けました。
 試練なんて聞こえはいいですが、実際は過去の後継者争いに使う、血と血で洗う悲惨なものでした。跡取りになるために、気に入らないきょうだいをそこに放り込む、そのようなことが日常茶飯事で行われていた時代の、遺産です。
 父はそこに妹を行かせました。
 そうです、父は妹を自分の手を汚さず、消そうとしたのです。
 家に魔力のない人間などいりません。
 そういうことです。

 妹が試練に向かったことなど私は知りませんでした。
 知ったのはすべてが終わった後です。
 そう、すべてが終わった……。

 妹が試練に向かったと聞き、弟はすぐに森へと駆けつけました。
 ですが、森は弟一人で探すには広すぎました。弟は友人とともに森を探し回りました。
 獰猛な魔物は、そこはさすが跡取りです、問題ありません。友人も問題なかったそうです。彼もまた、弟と同じく高名な魔術師の跡取りでしたから。

 その友人に聞いた話です。
 弟はもう……いませんから。

 二人で手分けをし、妹を探しました。
 戦う力を持たぬ妹です。絶望的な探索でした。
 それでも弟は希望を捨てずに探していたそうです。
 妹の名を叫び、弟は友人とともに森を走りました。
 弟の声が聞こえたのでしょう、妹が木陰から、出てきました。
 何度も転んだのでしょう、泥だらけでした。膝と肘からは血が流れていました。
 お兄ちゃん、そう泣きながら、妹は弟に向かって駆けていきました。
 弟も、妹の名前を呼び、駆けていきました。
 友人はほっとしたそうです。
 その瞬間でした。
 妹の後ろから、巨大な魔物が現れました。
 魔物は巨大な手を妹に向けて振るいました。
 あっという間の出来事だったそうです。
 妹は目の前から消えました。
 大きな音がして、土煙が舞いました。
 弟も、友人も目の前で起きたことが理解できませんでした。
 ただ、血の匂いが鼻につきました。
 それが誰の血なのか、考えることは出来ませんでした。
 土煙が晴れて、血の匂いが強くなりました。
 二人の目の前には巨大な魔物と、大きな血溜まりがありました。
 血だまりの中にはひしゃげた肉がありました。
 それは妹のものでした。
 妹だと判断したのは、血溜まりのすぐそばに妹の首があったからです。

 妹は、魔物に叩き潰されました。
 
 それを理解した弟は暴走しました。
 心と魔力は密接です。
 弟の悲しみと怒りが、魔力と伴って暴走しました。
 まず、強い光が放たれました。次に魔物が消えました。影だけ残りました。恐ろしい熱量だったのでしょう。
 弟は妹の首を抱え、ふらふらと歩き出しました。
 家へと歩きました。
 弟の心を知らない魔物たちは次々と襲い掛かりました。ですが、弟に触れることなく消えていきました。
 弟は泣きませんでした。
 代わりに周囲のものが弟の魔力によって消えていきました。
 友人は身を守るので精一杯でした。
 追いかけることなど出来なかったそうです。

 私が知らせを受け、家についた頃、すべてが終わっていました。
 父は弟に殺され、家は消えていました。父の両親も弟に殺されました。
 使用人もです。家にいたすべての人間が死にました。
 離れに住んでいる者は幸いながら生きていました。

 弟の心は壊れました。
 妹を守れなかったと。
 母の遺言を果たせなかったと。

 弟は泣きませんでした。ずっと自分を責め続けました。
 最後まで。
 数日後、弟は……自らの手で妹のもとへと逝きました。

 私は弟を止められませんでした。
 私は妹に何もしてあげげられませんでした。

 だからでしょう。
 あの子に会ったとき、守りたいと思いました。
 母親を亡くし、必死に生きるあの子を、守りたいと思いました。
 罪滅ぼしです。贖罪です。
 いいえ、自己満足です。

 私はあの子に尽くしました。
 虐げられた子猫みたいに、すべてに牙を剥くあの子を守ろうとしました。
 半分は成功していたと思います。
 あの子は次第に打ち解けてくれました。
 医者――魔法医ですが――である自分が利用価値のある人間だから、かもしれません。あの子はそういうところがありますから。
 私はそれでも良かった。
 あの子の役に立てるなら、それで良かった。

 ある日、あの子が自分の身体について告白してくれたとき、私はあの子を抱きしめました。
 それは純粋にあの子を守りたいと思ったからです。
 妹と弟への負い目ではない、純粋な思いでした。
 あの子を抱きしめ、改めて守ろうと思いました。

 そう、思ったのに。

 私は肝心なところであの子を拒絶しました。
 救いを求めて伸ばした右手を、私は取ることが出来ませんでした。
 気持ち悪かったんです。
 あの子の、右手が、どうしても。
 その結果、あの子は私を拒絶しました。
 当然です。
 妹と弟のときと違って、私はその現場にいたのに。
 一部始終、見ていたのに。
 私は何も出来ずに、ただ恐怖に震え、挙句の果てにあの子を拒絶しました。
 最悪です。
 見殺しとなんら変わりません。

 情けなさに不甲斐なさに涙が出そうになりました。
 ですが泣けませんでした。
 本当に泣きたいのは、あの子ですから……。

 ええ、だからです。
 これも罪滅ぼしです。贖罪です。
 いいえ、自己満足です。

 あの子は私がこんなことをしても喜ばないでしょう。
 むしろ怒るんじゃないでしょうか?

 それでも私はやります。
 やると決めたんです。

 許して欲しいなんて言えません。
 妹にも弟にも、あの子にも。

 ただ、私がそうしたいからそうするんです。
 覚悟も出来ています。
 ええ、この対価を払う、覚悟を。
 もちろん、払った、その後の人生にも――」



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