――その女の子は裕福な家庭の双子のお姉さんとして生まれました。




誰かのためのおとぎ話 二年生 10
〜ばらばらに至るためのおとぎ話〜




 女の子のお父さんとお母さんは、双子だと知ったときとても喜びました。苦労も二倍ですが、喜びや幸せは二倍、それ以上になると思ったからです。だからお父さんとお母さんは双子が生まれるのをとてもとても楽しみにしていました。
 日に日に大きくなるお母さんのお腹を、お父さんはとても優しい目で見ていました。優しい口調で何度も「早く会いたい」と言っていました。それはお母さんも同じでした。

 夏の暑い日に、双子は生まれました。
 女の子と男の子でした。
 お父さんとお母さんは喜んで名前をつけました。

 しかし、その幸せに水を刺されました。
 女の子の身体は、男の子に比べて丈夫ではなかったのです。

 双子の女の子はすぐに病気をする子でした。それ以前に、身体を動かすことすら億劫なようでした。
 苦しくて辛くて泣いて、泣き疲れ、気を失うように眠る。そんな毎日でした。
 双子の男の子は逆で、病気にかかることが稀な子でした。動けない女の子を尻目に、一人で遊ぶような子でした。
 好き勝手に遊んで、疲れ、眠る。そんな毎日でした。

 双子が物心が着く前に、一人の女の子がやってきました。
 双子の生まれる三日前に生まれた女の子です。とある事情で双子の家族と暮らすことになりました。
 双子とその女の子とすぐに仲良くなりました。
 お父さんもお母さんも双子と仲良くする女の子が大好きになりました。
 だからお父さんとお母さん、双子と女の子。五人で仲良く暮らすことにしました。

 双子の女の子の身体は良くなりません。
 ずっとずっと苦しい日々が続いています。
 お父さんもお母さんも何とかしようと色々なお医者さんに頼んでいましたが、それは生まれつきのものなので、どうすることも出来ませんでした。
 お父さんもお母さんも、何度も何度も「代わってあげたい」と泣いていました。
 しかし、いくら涙を流しても双子の女の子の状態は良くなりませんでした。
 ですが、子供たちが大きくなるにつれて、双子の女の子の身体は丈夫にはなっていました。
 でもそれは、双子の男の子や女の子と比べるとあまりに小さな変化でお父さんもお母さんも気づきませんでした。

 子供たちが物心ついた頃もそれは変わりませんでした。
 双子の女の子は相変わらず身体が弱く、反対に双子の男の子は丈夫でした。女の子は人並みに丈夫でした。
 女の子はいつも苦しそうに寝ている双子の女の子が心配でした。でも双子の男の子は双子の女の子に、自分のお姉さんに無関心でした。女の子はそれが不思議でなりませんでした。
 だから女の子は、無関心な双子の男の子の分まで双子の女の子のそばにいました。
 そのときから、双子の女の子は少し、ほんの少しだけ元気になりました。
 女の子がそばにいてくれるだけで、双子の女の子はとても嬉しかったのです。

 ほんの少し元気になってお父さんとお母さんはとても喜びました。
 双子の女の子は、すぐに疲れてしまいますが、人並みに動けるようになるまで丈夫になりました。
 だからお母さんは双子の女の子の様子を見て、お母さんが習っていたピアノを教えました。双子の女の子はお母さんと一緒に何かをするということが嬉しくて、喜んで学びました。
 お母さんは優しく双子の女の子を見ながら教えてくれました。だから疲れたらすぐに休めました。双子の女の子にとってそれはとても嬉しいことでした。
 双子の女の子とお母さんがピアノを弾いていると、女の子もやってきました。楽しそうにピアノを弾く二人が羨ましかったのです。
 お母さんは女の子にもピアノを教えましたが、女の子はすぐに飽きてしまいました。
 でも、女の子はお母さんと双子の女の子と一緒に学びたかったので、ピアノに合わせて歌を歌いました。
 それはとても上手で、お母さんは驚きました。双子の女の子は一緒に遊べると喜びました。
 それから三人でピアノと歌を楽しみ、学びました。

 一方双子の男の子はお父さんに文字を教えてもらいました。
 文字を知った双子の男の子の世界は一気に広がりました。家にある本を片っ端から読み始めたのです。
 ですが、双子の男の子はまだ小さく、ひらがなとカタカナしか読めません。漢字が理解できないのです。双子の男の子はお父さんに頼んで漢字を教えてもらいました。判らない単語が出てきたので、それもお父さんに教えてもらいました。
 お父さんは双子の男の子の覚えのよさに感心し、辞書の引き方を教えました。
 双子の男の子の世界はもっと広がりました。
 けど、その世界には双子の女の子はいませんでした。
 お父さんもお母さんも、女の子も気づきませんでした。

 女の子は、双子の女の子が元気なときはお母さんと一緒にピアノと歌で遊んでいました。双子の女の子が元気がなくて、寝ているときは双子の男の子と遊んでいました。
 双子の男の子は、女の子が遊びに誘うと素直に頷き、読んでいた本を閉じました。
 双子の男の子は、女の子を実の姉のように慕っていました。
 そのことをお父さんもお母さんも、もちろん女の子も知りませんでした。

 双子の女の子が元気がないとき、お母さんはいつも悲しそうな顔をしていました。何度「代わってあげたい」と言ったことでしょう。何度「丈夫に産んであげられなくてごめんね」と謝ったことでしょう。
 お父さんも同じでした。お母さんと同じように「代わってあげたい」と悲しそうな顔をしました。
 二人は双子の女の子がとても大事で、大好きだから、余計に辛かったのです。
 ですが、そんな悲しそうな顔をする二人が、双子の女の子は大嫌いでした。
 双子の女の子もまた、お父さんとお母さんが大好きだったのです。
 大きな手で抱き上げてくれるお父さんが、優しい笑顔でピアノを教えてくれるお母さんが、大好きだったのです。
 大好きだったから、悲しい顔をさせる自分が嫌いで仕方ありませんでした。
 その想いは、身体が大きくなる速度に合わせて大きくなっていきました。

 ある日、双子の女の子の、自分を嫌う気持ちが臨界点を越えました。
 お父さんとお母さんを悲しませる自分を消したくなりました。
 しかし自分が消えたらお父さんもお母さんも、女の子も悲しむのが判っていました。
 だから消えるわけにはいきませんでした。
 だから双子の女の子は、自分を嫌う自分を否定しました。
 これは自分ではないと思い込みました。
 そうしたら自分が自分じゃないように思えました。
 でもこれでは嫌なことは切り離せても、楽しいことや嬉しいことが実感できません。
 だから双子の女の子は楽しいことと嬉しいことを実感できる自分を造りました。
 他にも、病院の先生を相手にする自分も造りました。
 色々造っておけば便利だと思ったのです。
 表面上は特に変化はありません。
 だからしばらく誰も気づきませんでした。

 最初に気づいたのは女の子でした。なんとなくという曖昧な感覚で理解しました。
 変だとは思いましたが、それ以上の考えは浮かびませんでした。
 女の子にとってそれは些細なことだったのです。

 ですが、女の子のような反応はごく稀です。
 幼稚園や小学校で会う子供たちはたまに来る双子の女の子を異端扱いしました。
 最初は純粋に双子の女の子を気遣っていましたが、ころころと人が変わる双子の女の子が不気味だったのです。
 深く考えれば当然ですが、双子の女の子はそれがショックでした。
 ショックで、気が付けば双子の女の子が把握できないほど、心はばらばらになっていました。


 風花は微笑んでオレを見ている。
 そして話してくれた。
 風花の心がばらばらになった理由を。
 オレがなんとなく感づいてたのに気づいていたから、オレが聞く前に話してくれた。
 風花は他人事のように話していた。それを指摘すると、事実そうだからと笑顔で返された。
 なんか、心がもやもやして、でもしくしくした。
 風花は微笑んでいる。
「気持ち悪い?」
 いつも良く見る笑顔で、彼女は小首を傾げてオレにそう訊ねた。
「三上先輩みたいに、そう言ってわたしを拒絶する?」
 風花は笑顔で畳み掛ける。
 オレは……答えられない。
 ――まだ。
「すっげえ驚いてて、答えられない」
「そう」
 オレの答えに風花は「それもそうね」と頷いた。
「なあ、元樹のことをどう思っているんだ?」
 話を理解しなくちゃいけないのは判る。でも気になることもある。それが弟である元樹。
 オレだったら「今更なんだ」って思う。
「特に何も」
 風花は興味なさそうに視線をそらした。
「元樹の世界には夏子は入れてもわたしは入れないなって、結構前に気づいたから」
 だから、今更何されたって何とも思わない。強いて言うならば「どうしたの?」かな。
 風花は小さく笑って言う。皮肉の入った冷たい笑みじゃない。ごく普通の笑顔。世間話でもしているような感覚。
 やっぱり、この双子は仲が良くない。だからといって悪いわけじゃない。
 親しくないだけなんだろう。
 元樹は今まで酷いことをしていたから罪滅ぼしみたいに風花に尽くしている。
 けど、風花は元樹に何も期待していない。
 オレが風花の立場なら、怒って元樹を拒絶する。けど風花はそれをしない。いや、それすらしないんだろう。
 そんな元樹は可哀想か?
 ――自業自得だろ。
「ねえ、啓輔。わたしの最初の質問に答えて」
 現実逃避のように考えに没頭していたが、風花に引きずり戻される。

 ――気持ち悪い?
 ――拒絶する?

 風花はまた笑顔でオレの答えを待っている。その笑顔からは何も読み取れない。
 だからオレはゆっくり口を開いた。
「気持ち悪くなんかない。だから、拒絶なんかしない」
 オレは驚いただけだ。他に何もない。風花の中にたくさん風花がいてもいい。
「だって、風花はオレに酷いことなんてしてない。逆にたくさんのものをもらった。いっぱし心配してくれたし、いっぱいやさしくしてくれた。友達でいてくれてる。オレはそれで充分。拒絶する理由はない。どの風花も、オレを拒絶していない。オレはそれが嬉しい。だから、拒絶なんてしない」
 オレが忌み嫌うこの目を見ても、風花は怯えなかった、逃げ出さなかった。
 正面に立って、普通に接してくれた。
 なら、充分じゃないか。
 風花の中に風花がたくさんいる。
 そんなの些細なことだ。
 だってどの風花も、オレの目を見て逃げ出さなかった。
 オレの答えに風花は何も答えない。
 笑顔のままオレを見つめている。
 数秒間見つめ合う。風花は目を閉じる。
 十秒後目を開け、オレの目を見た。
「そうね、啓輔ならそう言うと思った」
 彼女は微笑んだ。オレはほっとして微笑み返す。
「ふざけないで」
 けど、彼女は笑顔のままそう言った。言葉の意味を理解する前に風花は言葉を刃にして放つ。
「あなたはいつもそう。自分を拒絶しない人間ならどんな人間でも受け入れる。自分が傷つくかもと予想できるのに受け入れる。
 そうやって自分との繋がりを絶対に手放さない。一度得た縁をあなたはどんなことがあっても離さない。
 あなたはそうやって他人を受け入れすぎる。
 だから駄目なのよ。だから本当に危険な人間が近くにいても拒絶できない。麻生博なんてそうよね。
 どうして拒絶しないの? あの人本当におかしいわ。人の心を踏みにじって喜んでいるような人間よ。判っているでしょう? 自分も大して変わらないからお似合いだとでも言うの?
 馬鹿じゃないの? もっと自分を大切にしなさいよ。
 三上先輩にも言われたんでしょう? もっと人を疑えって。本当よ。信じるのも結構だけど、まずは疑いなさいよ。その上で信用しなさいよ」
 笑顔で風花は言い放つ。オレの笑顔が凍りつく。
「そして私も受け入れるのね。面倒な人間だとも思わずに、自分を問題なく受け入れてくれるから受け入れるのね。受け入れきれるかどうかも判らないくせに受け入れるのね。
 ねえ、啓輔。わたしはあなたのそういうところが大好きで大嫌い。
 人の心を受け入れて拒絶しないのは立派だわ。懐も深いと思う。
 でもそれって啓輔がそういう人間になりたいからやってるだけだよね。
 そういう人間のフリをしているんだよね。
 本当の啓輔は違うよね。
 本当の啓輔はもっと自分勝手だよね。
 やさしい人間になりたいからやさしい人間のフリをしているんだよね。
 わたし、そういうとこも大好きよ。だってすごく健全だと思うもの。自分が普通じゃないから普通になろうとするなんてすごいことよ。尊敬している。
 ねえ、啓輔。
 わたしはあなたの目を見ても怖いとは思わない。確かに目つきは悪いと思うけど、怖いという程じゃない。
 そういう理由でわたしはあなたを否定したりはしないわ。
 啓輔が一番嫌がる理由でわたしはあなたを拒絶しない。良かったね」
 反射的に「ちっとも良くない」と思った。
 笑顔のまま、彼女は続ける。
「ねえ、啓輔。賭けをしよう」
「かけ?」
 圧倒されて、馬鹿みたいに口をぽかんと開いて反芻する。
「そう、賭け。
 あたしはあなたに酷いことをする。あなたから否定され、拒絶されても仕方がないことをする。
 そんなことをするわたしを、それでもあなたは心から受け入れることが出来たら啓輔の勝ち。拒絶したら私の勝ち」
 何を言っているんだ?
 何で、風花はわざわざオレに嫌われるようなことを提案するんだ? オレは風花のことを大事な友達だと思っているのに。
「何をするつもり?」
 オレは泣きそうな声で問いかける。
 やめてくれと心の中で必死に叫ぶ。そんなことを言わないでくれと心の中で必死になって叫ぶ。
 実際にしたら風花はやめてくれるかな。
 いつもオレの隣で見せてくれる笑顔の風花を見る。
 絶望的な気持ちになる。
 だからオレはそれをしない。
 オレは大人しく風花の答えを待つ。
 彼女は人懐こい笑顔のまま、こう言った。

「連れて行ってほしいところがあるの」



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