「なんつうかさ」
「うん?」
「今日の夏子」
「ああ」
「なんてかさ」
「うん」
「カッコ良かったよな」
開放的な放課後。喧騒に包まれる駅前。
バイトがないからって真っ直ぐに帰らずにこうやって風花の買い物に付き合わされることになった。
人がごった返すこの場所で、風花は立ち止まり、オレを見てこう言った。
「うん、カッコ良かった」
〜わたしがいる証〜 |
連れて行ってほしいところって?
昨日の雰囲気だけ忘れてオレはいつも通り砕けた口調で風花に聞いた。返ってきた答えは
「布が売っているお店」
その返答にオレは腕を組んで考えた。駅前に、布がたくさん置いている店があったような、気がする。手芸店か?
それを伝えて、じゃあ今日の帰りに行こうかという話になった。
今はその店に向かう最中である。
「しかし美人が啖呵切ると迫力あんな」
「そうね」
隣をてくてく歩く風花が小さく笑う。楽しいから笑ってるんじゃなくて、嬉しいから笑ってるんだと容易に想像がついた。
風花は夏子が戦ったことが嬉しかったのだ。
それを思い出す――
今朝、オレは一時間目の授業道具を忘れたことに気づき、博に借りようと二組へと行った。
すでに博は学校に来て、自分の席で弁当を食っていた。朝飯を抜いたとかそんなことは気にしなかった。
声をかけようと二組に入る。そこに風花と夏子がやってきた。昨日のことがあってオレは思わず風花から目をそらしてしまった。
それを博が眺めてて、同じような視線が来るのかなと夏子を見たら、彼女は無言でつかつかとオレたちの下へとやってきた。
朝の挨拶をする前に、
それより口を開く前に、
夏子は右手を振り上げて、
博の頬を強く打った。
ぱちんと乾いた音が教室に響き渡って、雑談してたクラスの連中が何事かと夏子と博を見てた。
もちろんオレも、何より風花も。
そして夏子は博に向かって言ったのだ。
言った?
いや、違う、あれは宣言したのだ。
宣戦布告したのだ。
「あたしは、あんたなんか大ッキライ!!」
こいつらも昨日なんかあったんだろうなと思ったけど、それより先に「カッコ良い」と思った。
何が理由で戦うと決めたのか知らないが、立ち向かうと決めた夏子は死ぬほどカッコ良かったのだ。そこはさすが美人といったところか。元がいいもんだからカッコいいことしたら当社比五割り増しである。凡人とは違うのですよ。
ちなみにぶたれた博はというと、へっ、と笑って
「お前さんもつまんない奴になったな。しかもたったの一日でだ」
と、ありがたいお言葉を吐いた。
その言葉を聞いたオレは胸をなでおろした。
目的の布屋……手芸店に到着。中を覗いてみると当然ながら女性の方ばっかりです。しかし風花は何も気にせず自動ドアを越えて行ってしまった。オレも行くしかあるまい。
風花の背中を追いかけ、店内へ。所狭しと布が並んでいた。さすが布屋、手芸店とも言う。この店はあるのは知っていたが用があるわけがないので、そこにあるのは知っている、という存在でしかなかった。しかしこうやって入ることになるとは。人生何が起こるか判りませんな。
その原因というかきっかけは珍しそうに布を見ています。
「ときに風花さんや、どんな布がほしいんだい?」
「特に決めていない」
膝から力が抜けるような返答にオレは……とりあえず笑っておいた。幸いなことに客の大半(女子学生少数、主婦っぽいマダムが多数)は布や糸など(オレには理解できないもの多数商品)を見ているので変な目では見られない。ただ、店員さんが珍しそうな目で見てますね。やっぱり男は珍しいですよね。しかも高校生だし……。
「じゃあ……何をしに?」
「布を買いに」
「えーと……」
何を聞けば風花はこの店で目的を達成できるのだろうか。……達成させていいのか? だって……
『あたしはあなたに酷いことをする。あなたから否定され、拒絶されても仕方がないことをする』
心が、嫌な感じでいっぱいになる。
これを終わらせたら本格的にオレの嫌がることをするのかなと思ってしまう。
でも風花はすると言ったんだ。
いつものほほんとオレの馬鹿な話や勉強に付き合ってくれる、あの笑顔で。
嘘だと思いたいけど、嘘を吐いているようには見えなかった。
冗談で言ってるようにも見えなかった。
その代わりに絶対にやるぞという気迫が見えた。
だから、するんだろうな。
だったら、そうしないように目的を達成させなければいい。
そうすれば、オレは傷つかない。
少なくとも、オレは傷つかない。
じゃあ風花は?
じゃあ目的を達成できない風花はどうなる?
おい待てよ、オレを傷つけると言ってる本人の心配をしてどうする。
第一風花が言ってたじゃないか。
『もっと自分を大切にしなさいよ』
って。
オレを傷つけると言ってる奴が、どうしてオレを心配するんだよ。
確かに昨日は冷たく言われたけど、いつもいつも風花はオレに言うんだ。
『他人のプライバシーを詮索するな』とか『すぐに人を信用しないで疑え』とか。
他人の迷惑だから、ってのもある。
けど、それで他人にいやがられて嫌われるの、嫌でしょ、傷つくでしょってことだろ。
冷静になって考えるとさ、風花、オレに人との距離の置き方をずっと注意しててくれたんだよな。
今気づいても遅いのかな。
遅いから酷いことをするのか?
ああ、こいつ駄目だ、だから酷いことをしよう、なのか?
?
それなんかおかしくないか?
じゃあ違うのか?
なんで風花はオレに酷いことをするんだ?
「啓輔」
「うへあ?」
話しかけられて変な声を上げてしまう。結構大きな声だったから注目を集めてしまった。
「なに、その声」
くすくすと風花が笑う。
いつも隣で見せてくれる、その笑顔。
『あたしはあなたに酷いことをする。あなたから否定され、拒絶されても仕方がないことをする』
その笑顔でオレを悩ませることを言う。
「ちょっと深く考えていたんだぜ!」
「そう、でね」
「さらっと流しますか!」
「うん、でね」
「また!」
「うん、話を進めていい?」
あくまでもオレをスルーしようとする風花からは潔さしか感じられない。
「どうぞ……」
くすんくすんと嘘泣きしながら促す。それに気づいてまた風花が笑う。
「布で物を作るにはね、型紙がいるの」
「型紙?」
なんじゃいそらあ? という顔で風花を見る。
「えーとね、布の上に当てて、その通りに切ると作りたいものの、あとは縫うだけっていう状態にしてくれる優れものです」
「……?」
よく判らない。
「啓輔、家庭科の時間、料理の部分しか聞いてないんだね」
表情は困った顔だけど、声が呆れてる!
「いやあ、それほどでも」
だからオレは前向きにとらえる! なにがだからだ!
「絶対にほめてない」
真顔で断言しやがったよ! 正解だけどね!
「もっと前向きに行こうよ」
否定されても立ち向かうオレ!
「それなんか違う」
風花がちょっと混乱してる。おいおいいつもと同じ流れだぜ? 混乱する意味なんてないぞ!
「まあともかく」
強引に話を終わらせたぞ! すなわちオレの勝利!! いえーい!!
「型紙があれば、わたしでも作れると思ったの。だから、簡単そうなの探そう」
「ほほう、簡単なものか。って風花は手芸はシロートか」
「手芸って、ミシンも使うつもりだけど……うん、素人だよ」
「そうか、プロだったら型紙使わずに迷いなく布にはさみを入れることが出来るもんな」
「いや、プロでも型紙は使うと思う……」
「なん、だと……?」
無駄に大げさに驚いてみた。
「まあ、とりあえず探してみようよ」
場所を移動して型紙コーナーへ。
「おおう」
色んなものがある。巾着、エプロン、半纏、なんと肩下げバッグまで! こんなものもシロートが作れると言うのか。
「へぇえ」
オレ同様に風花も感心している。
「バッグまで自分で作れるんだね」
同じ着眼点にちょっとだけ嬉しくなる。
「いきなりやってみるか?」
「まさか……初級って書いてあるのは、えーと巾着袋だね」
袋を作って、紐を通す穴を作ればいいんだな。そんで紐を通して完成か。これは簡単そうだ。
「んだな」
「けど、使い道がないよね」
……そ、そうか?
「弁当袋に使えないか?」
「それは別にあるよ」
そう言って風花は弁当袋の型紙を見せてくれた。巾着との違いは判らない。
「んーと、体育のジャージを入れるとか」
使い道その一提案。
「それはもう他のを使っているし」
「あえて使う!」
「嫌だよ」
ばっさり切り捨てられた。そうか……お嬢様だもんな……手作り臭溢るる巾着なんて持つのはおかしいよな。お嬢様はお嬢様らしく場にそぐわぬブランドもんでも持ってればいいんだ。
「じゃあ、使わない小物を入れておく。それを押入れに仕舞っておくのだ」
「わたしの部屋にはあるのはクローゼット」
「そんな屁理屈は却下だ!」
我侭娘が!
「じゃあ……うーん……」
腕を組んで考える。巾着の使い道。
小物を入れる。小さいから運びやすい。移動に便利。弁当箱も入る。携帯ゲーム機も入る。据え置きはちょっと無理。コントーラだけなら入る。うん、やっぱり移動用小物入れになるな。
他に何かある……?
「風花さんや……移動用小物入れ以外の使い方以外まったく思いつかないよ」
「別に無理して考えなくてもいいよ。作るのが目的なんだから」
爽やかな笑顔で言われました。だから暴れずに済みました。おっと手のひらに爪が食い込んでるぜ。何故だろう。
「お嬢ちゃん、おじさんに巾着を作る理由を教えてくれないかねぇ?」
風花は何その口調、みたいに小さく笑ってから首を傾げた。
「え、だって初級って書いてあるでしょう? だから初心者にはいいと思って」
そうじゃないよう。
「なんで、巾着を作ろうと思ったんだよう」
「だから、初級」
「じゃなくてさ! えーと、初級にしてもなんでも! 何で急に手芸なんて始めようと思ったんだよ!」
オレの聞き方悪かったな。
「…………ん」
風花は首の位置を戻し、視線をゆっくりとそらした。別にバツが悪くてやったわけじゃない。
「何かを作ってみたかったの」
「?」
よく判らない。
「最初は啓輔もやってるし、お料理にしようと思ったんだけど……ほら、わたし向いてないでしょう? だから今度は手芸にしてみようと思ったの」
「なるほど。でも何で、その何かを作りたいと思ったんだ?」
風花は自嘲するように小さく笑った。
「わたしは自分で酷い人間だって知っている。自分の身体のせいで一人じゃ生きていけないって知っている。誰かを傷つけるばっかり、誰かに迷惑をかけるばっかり。
――だから」
だから?
「そんなわたしでも、何かしたいの。何かを生み出したいの。
なんだっていいのよ。料理は向いてなかった。だから次は手芸。これが駄目だったら園芸でもやろうかなって思っている。それはちょっと大変かな」
風花は軽く笑う。
「信じたいのよ。
自分が、誰かを傷つけるだけの存在じゃないって、誰かに迷惑をかけるだけの存在じゃないって。
わたしから生まれた何かがあれば、それを否定できるでしょう? だって、わたしの手で作られたそれは、わたしがいなかったら出来なかったものだから。
だから、わたしはそれだけの存在じゃなくなる。
だから、何かを作りたいの」
「…………」
「啓輔みたいにお料理が出来たら一番なんだけどね。判りやすいし、何より誰かに喜んでもらえる。一石二鳥。ん? 違うかな」
風花は恥ずかしそうに笑う。
「まあ、とにかくそういう理由だよ」
話を終わらせるように風花は言葉を切ると、型紙に視線を戻した。
数分の無言。
オレは何か言おうと口を開きかけるが、何も言葉が出てこない。
「あとね」
そんなことをしていると、視線を動かさず風花は口を開いた。
「わたしが作ったものが存在する限り、わたしが存在したことになるでしょう?」
「? どういう意味?」
オレは風花を見るが、風花はオレを見ない。
「わたしが作らなかったら、その作ったものは存在しない。故にその存在があると言うことは、わたしが存在していたと言う証拠なのよ」
「証明の問題?」
数学の授業か!?
「簡単に言うと……例えば、わたしが啓輔に巾着袋を作ってプレゼントします。けど、わたしは病気かなんかで死んでしまいます。でも巾着袋は残っています。それを見て、啓輔がわたしのことを思い出します。そういうこと」
「遺品を作ろうとでも言うのか!?」
病弱とか虚弱とかそういうことを含めても気が早すぎる!!
結構大きかったオレの声に周囲の人が何事かとこちらを見る。もちろん風花も。
風花は口に人差し指を当てて消音のサインをオレに寄越した。すみません……。
「極端に言えばそうなっちゃね」
それもそうだ、みたいにきょとんとした顔で言わないでほしい。
「んー、要するに」
風花は顎に人差し指を当てて天井を見上げた。
「わたしのこと、忘れないでほしいの」
微笑んでそう言った。
でもどこか痛い笑顔だった。
「……立派な理由にオレはとても圧倒されている」
「あはは」
風花にかける言葉が見つからない。だから感想を述べよう。
「オレなんて生きるために覚えたスキルだからなー」
「普通そうじゃない?」
「まあそうだが、でもオレも美味しいって言ってくれたら嬉しいぞ」
「うん、その言葉に啓輔は調子に乗って散財のコースへ」
「そうそうそうってやかましいわ!」
ノリツッコミ。風花が笑う。痛い笑顔じゃないからいい。
「それに、あれだ」
風花の頭に手を置く。視線は天井とかどうでもいいところ。とにかく視界に風花が入らないようにする。
「風花みたいなお嬢様なんて滅多にいないから、忘れるほうが難しいぞ」
ぽんぽんと軽く頭を叩く。元樹に見られたらオレ、コロサレル。
「あ、巾着を作るのを止めてるわけじゃないぞ? えーとなんだ」
何て言えばいいんだろう。
「何かに挑戦すると言うのはいい。ほら、立ち止まっていては人間は大きくなれない。言うならば迷ったときには前へ出ろだ。ちなみにこの言葉に従い買い物をすると幾らあっても足りないと言うデータが出ている。被験者は大きな声じゃ言えないがオレだ」
「そう、それで生活費が――」
「皆まで言うなっ……言うなっ」
オレが泣く。衆人環視の状態では避けたい。
「そんな証拠を作らなくても、夏子と元樹はもちろんのこと、麻美も博も理香も、あと写真部先輩方も、風花のことは忘れないぞ」
世話になっている風花を、今こうやって放課後を共にしている友を忘れるわけないじゃないか。
「もちろん、オレも」
ぽんぽんからなでなでに変える。風花の髪はさらさらして気持ちいい。しかし長時間触っているとオレの手からの汗で汚れてまうのでそろそろ放す。
「高校の友達って卒業したらそれっきりってのが多いって話だけど、オレはそうするつもりなんてないから安心しろ。大学にしろ就職にしろここを離れることがあっても、オレは忘れないぞ」
視線を下ろし、風花をようやく見てはっきりと言う。
「絶対に忘れないぞ」
その後、風花は何種類かの型紙と布を買った。レジをしてくれた店員さんと少し話をした。初心者なら裁縫とは何たるかを知るために雑巾でも作ってみたらどうだと提案された。オレも風花も納得した。
ただ店を出た後、風花がちょっと悟りを開いた顔で言った「針を持つなんて、鈴村は許してくれるかしら?」という言葉が印象に残った。さすが良家のお嬢様だ。
「ミシンはいいのか?」
「たぶん何か言われる……」
珍しく何も考えていなかった……だと?
「けど何かしたいという風花の心意気を無碍にするような人でもないだろう」
「まあ、さすがにね」
風花の口調は重い。ぬう。
「ま、わたしが体調に気を遣って、無理をしなければ大丈夫だと思う」
過保護なのか、風花がそんだけ虚弱なのか。どちらにせよ、普通より難易度が変な方向に高くなっている。相変わらず難儀だな。
「鈴村もいい加減わたしの身体が丈夫になってきているのを認めてほしいわ」
オレは高校生の風花しか知らないのでなんとも言えない。しかし何度か本人から「前よりは良くなった」と聞いている。
「体育の授業の活躍を話せば」
「それはちょっと」
駄目なのか。まあ風花は健康でも活躍しない気がする。
などというどうでもいい話をしながらぶらぶら歩く。
晩飯をおごると言われたが、これを受けるとヒモの素質をぐんぐん伸ばされるような気がしたので丁重に断った。ちょっとだけもったいないことをしたと思ったが、すぐにそれを打ち消す。オレは自分の力で生きるのだ! えっと今月の生活費の残りは……。
なら家まで送ると言われたのでそこは遠慮なく乗せてもらった。しかしこの人がごった返す駅前にリ・ムジーンは迷惑では、と思ったら白のセダンが着た。運転手はもちろん鈴村さん。一応場所のことを考えているらしい。ただピシッとノリの効いたスーツをびしっと着てるイケメンが恭しく女子高生をエスコートしてたら注目を集めると思うよ!! 場違い感が半端ねぇけど存在感が圧倒的だったからオレの存在がミジンコ並だったよ!!
車内の会話は風花の手芸の話で一貫していた。鈴村さんは反対はしないが、積極的に賛成もしなかった。ただ怪我と体調の変化には気をつけてくださいと何度も念を押していた。風花は同じ回数だけ「判りました」と言っていたが、ちょっとウザそうだった。
話が終わって沈黙が車内を支配する。低いエンジン音と少し暖かな空気が眠気を誘う。車特有の揺れがまた心地よく、より一層眠くなる。
信号が赤になり、停止する。その間、誰も喋らない。眠いオレとしてはこの沈黙はありがたかった。このまま眠ってしまってはさすがに失礼だが、のほほんとまどろむくらいならば何も問題ない。
エンジンの低い音と振動が心地よい。
「うそつき」
突然舞い込んできた言葉に少し目が覚めた。
え?
空耳? にしてははっきり聞こえた。
声の主は誰だ? 風花か鈴村さん。前を見れば鈴村さんは真剣な顔をして運転している(ちなみに彼のふざけた顔は見たことがない)。じゃあ風花か? というか、風花の声だったぞ?
隣(といっても充分に距離は開いている)の風花を見れば窓の外を見ていた。表情は当然ながら見ることは出来ない。
――うそつき?
誰が? オレが? 鈴村さんが?
確認しようと思ったが、風花はまったくこちらを見る気配がない。声をかけても良いが、なんとなく躊躇う。
だって、うそつきって……。
結局オレはそれを確認できないまま自分の部屋に戻ってしまった。
あの後風花と交わした言葉は「今日はありがとう、また明日ね」と言った平凡すぎて非の打ち所のないものだった。「うん、また明日」としか返せないだろう。
言葉の真意を問いただす隙なんてありゃしない。
「まあ……いいか?」
部屋の真ん中にカバンを放り投げて首を傾げる。
うそつきと言う言葉。
物騒ではないが、穏やかではない。
「うーん」
最近の風花は……オレに対して物騒なので警戒だけはしておこう。それで何とかなるとは思わないが、身構えておけば多少冷静でいられる、と思う。
うん、そうしとこう。
オレは釈然としないままなんとなく納得した。
さて、晩飯は何にするかね。