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『あたしは、
 日本国スター対策本部・スター回収部隊隊員――通称、スターハンター・高野舞衣、よ』

 不可解さと胡散臭さを程よくブレンドした言葉を発し、高野は倒れた。




スターハンター
〜ボーイ・ミーツ・ファイティングガール 後編〜




 突然のことに、ただでさえ動いていない頭が真っ白になる。高野は薄暗い林の中で充分に判るくらい、真っ青な顔をして苦しそうに横たわっていた。ジャンガリアンハムスターが、高野の顔まで急いで駆けてくると、必死になって声をかける。
「舞衣さんっ舞衣さん! 舞衣さん!!」
 涙すら混じるその声にようやく我に返った。
「お、おい大丈夫か!?」
 真っ青な顔で倒れたんだ、大丈夫なわけがない。そんなことを考える頭の中はどこか冷静である。
 駆け寄り、肩を掴んで小さく揺さぶった。すると高野は青い顔のまま薄っすらと目を開いた。
「…………」
 口を開くが、声は出ない。こんなとき、どうしたら良いんだ?
「えっと、なんだ? ……気持ち悪いのか? 病院に連れてったほうがいいのか? というか、ここで横になってるのは良くないよな?」
 医学的知識は皆無だ。だから本人にどうしたいかを聞くしかない。
「のんさん!?」
 ジャンガリアン、じゃなくてククは大きな瞳に溢れんばかりの涙を浮かべ、叫んだ。
 ……のん、さんて?
「でんわ、でんわ!!」
 ククは高野の制服のポケットに身を滑らせた。腹ばいなので胸ポケットは無理なので、横のだ。すぐに顔を出して絶望した表情で叫ぶ。
「ないッスーーーーーーー!!」
 自分よりもテンぱってる人間(じゃないが)を見ると、とても冷静になれる。
「……これ」
 シルバーボディのケータイを差し出した。
「ええ!? あ、そーか、祐一さんが拾ってくれたんッスね」
 十センチ程度の身体に、同じくらいのケータイを渡して大丈夫なのだろうか。潰されるんじゃないか? ハムスターって脆弱だった記憶しかない。
「祐一さん、僕の前に置いてほしいッス。あ、ちゃんと開けて」
 言われたとおりに置く。ククがケータイをいじる。誰を呼ぶんだか。
「高野、とりあえず……向きを変えよう」
 苦しそうに息をする姿に見かねて、仰向けにしてやった。決して大きくない胸が上下する。男がそこを注目するのは遺伝子レベルで当然の義務である。
「のんさんのんさん! 助けてください!! 具体的に場所は――」
 ククがケータイに向かって叫んでいる。……のんさんって誰だ?
「ここで横になってるのも……汚いし、移動するか?」
 一応公園である。林から出ればベンチくらいあるはずだ。俺の提案に高野は小さく首を横に振った。
「じゃ、飲み物買ってくるか?」
 また、首を横に振る。
「じゃあ――」
「舞衣さん、のんさん、来てくれるッス!」
 続けようとしたらククがひょこひょこと駆けてこちらに来た。
「……ん」
 また、小さく頷く。顔色はまだ悪いまま。ここで寝かしておく顔色じゃない。医者に診せたいが、本人が嫌がる以上無理だ。というか、……その、なんだ、魔法っぽいものを使って疲れたんだよな? てことは医者は無理……だよな。
 魔法。魔法だからそれっぽく考えて……えーと、一晩寝れば良いのか? それとも聖水とかで回復とか。……つかそんなんで回復するなら高野が持ってるはずだよな。でもこうやって助けを呼んだってことは持ってないということだ。
「ゆっくり休めば良くなる?」
 さきほどより多少落ち着いたとはいえ、苦しそうに呼吸をする高野には聞きにくい。俺はククに尋ねた。ククは俺など見ずに心配そうに高野の顔の横に立ち、頬をすりすりと擦り付けていた。それで何とかなるのか? 意味がまったく無いように見えるんだが。
「ん?」
 擦り付けるのをやめて俺を見た。
「ん、そーッスね、ご飯をちゃんと食べて、ゆっくり眠ればだいじょぶッス」
 そう言って、高野の頬に自身を預けた。高野の顔色は相変わらず青いままだ。
 さっきから思っていたんだが、……俺が高野の家に運べば早いんじゃなかろうか。別にその、のんさんて人に頼らなくて済むしな。あ、でも真っ先にそれは否定されたか。何でだ? 家に知らない男を連れて行くのが嫌とか。家族に何て言われるか、ってやつか? ……そんなこと言っている場合じゃないと思うがね。
「ん? んー……」
 ククが高野の頬から離れ、少し驚いた表情をした。ククの両手は高野の頬に添えられている。
「むー……」
 ポーズを維持したまま苦悩の声を上げるクク。しかしどうしてこんな小さな顔なのに表情が判るんだろうか。姿形はジャンガリアンハムスターだが、動作が人間じみているからだろうか。そもそも人間の言葉を話している時点で普通のハムスターじゃないんだが。
「祐一さん」
 ククはこちらを見上げ、片手を伸ばした。
「なんだ?」
 ピンと伸ばされた左手を見つめる。
「あくしゅ」
「あくしゅ?」
 言われた言葉をそのまま繰り返すのは何も考えていない証拠だ。そんなことを本で読んだ覚えがある。
「なんで?」
 頭を掻きつつ、当然の疑問をぶつけると、ククは不満そうに頬を膨らませた。
「なしてもっ!」
 意地を張る必要な場面でもない。釈然としないが、言われた通りに手を伸ばす。小さな小さなその手を、親指と人差し指で優しく摘む。
 ――!?
 すると、視界がぐわんと歪んだ。頭の芯がぼーっとして、軽い眩暈が起きる。が、すぐに治まった。
「な、なんだ?」
 先ほどと変わらぬ自分の声に少し安心する。聴覚は正常らしい。
 視覚は異常……というか、綺麗だ。いつもよりも視力が上がった感じがする。俺は視力が悪くていつもはコンタクトレンズを付けているのだ。
 綺麗と思ったのはそれだけのせいじゃない。辺りがきらきらと輝いているのだ。化け物から出ていた粒子に似たものが見える。いや、それそのものか? でも何となくだが、違う気がする。それは先ほどとは違って虚空に溶けることなく、ふわふわとそよ風に揺れる綿毛のように高野の周りを漂っている。幻想的で綺麗な風景だった。
『聞こえる?』
 頭に直接女の子の声が響いた。驚いてククから手を離し、思い切り身を引いた。すると視界が元に戻った。
「ああもう、なにしてるッスか!! ちゃんと手を繋いで欲しいッス!!」
 ククがイラつき、左手をぶんぶんと振り回した。おまけに地団駄まで踏んでるよ。……ガキか。
 深く考えるまでもないが、ククと手を繋いだからさっきの状態になったんだ。離したら元に戻る。……判りやすい。高野の隣りに胡座をかく。イラつくククを見、ため息をついてから再度手を繋ぐ。視界がまた幻想的風景に変わった。
『驚いたみたいね』
「それは、まあ」
 女の子、これも深く考えるまでもない。声の主は高野だろう。ククに触れているのは俺と高野なのだから当然だ。
『声、出さないほうがいいよ。危ない人に見えるから』
 声が笑っている。返事もしない横たわる人に向かって言葉を発していたら変な人だ。助けもしないで独り言だから、おまけに薄情もつくだろう。だが周りに人はいない。そんなことは気にしなくてもいいが……、目を瞑っている相手に一人で喋るのは電話でも持っていない限りちょっと落ち着かない。ここは忠告に従うことにしよう。でも、返事をするにはどうしたらいいんだ?
『声を出さずに話し掛ければいいのよ』
 俺の思考を読んだような返事が来る。どういう仕組みか判らないが、繋がっているんだ。あちらにはこちらの考えが丸判りなのかも知れない。しかし無茶難題だ。
『まあ、返事はいいの。今の状況を説明するね』
 首を縦に振った。が、高野は目を瞑っているので意味がない。
『了解』
 忠告通り、声に出さずに返事をした。喋ろうと思った言葉を口には出さずに頭の中で再生する。
『飲み込みが早い』
 正しい使い方だったようだ。ほっと胸を撫で下ろした。この会話に視覚は必要なさそうだ。集中するためにも目を閉じる。
 !
 また驚きに手を離すところだった。視界は真っ暗になるはずだった。しかし俺の視界には、暗闇の中にきらきらと輝く粒子がふわふわと浮いていた。暗闇に浮かぶ粒子は、まるで夜空に瞬く星のように綺麗だ。しかもこれは電気で照らされた都会の夜では見れない、真の夜にだけ見える純粋な星空だ。田舎のばーちゃんの家で見て、あまりの綺麗さに言葉を失った記憶が呼び起こされた。
 試しに目を開けると、先ほどと変わらぬ風景があった。粒子だけはどうやっても見えるらしい。これもククと手を繋いでいる影響なんだろうか。
『で、今の状況。
 あたしは本来一日二回しか使えない魔法……厳密には違うんだけど、を三回使って、疲労状態です。休む必要があります。
 でも、ここはあたしが魔法を使った場所で、少しだけど、あたしの力が残っています。だからこうやって動かずに力が戻ってくるのを待っています』
『なるほど』
 ここを動かなかった理由がそれか。で、この粒子が高野の力か。手を伸ばし、触れようとするが、触れた感触はまったくない。目を開けて同じことをしてみたが変わらず。普通の人間じゃ無理か。
『でも、戻るったって大したもんじゃないの。だからのんのんにヘルプを呼んでます』
『のんのん?』
『笠木希望』
 ……ああ、笠木のことか。仲良いもんな、お前ら。いや、そうじゃなくて、その前に、
『何で笠木を呼ぶんだ? 事情を知っているのか?』
『うん』
 あっさりした返事に驚く。この手の危ない事は隠密行動が原則と思っていたからだ。
『聞きたいことはたくさんあると思う、でも今は無理』
 言葉が終わると同時に視界が元に戻った。輝く粒子は綺麗に消滅している。いや、まだあるんだろうが、俺には知覚出来ない状態になった。手を見るとまた繋がっている。……向こうの意思で通信(念信?)を終わらせる事が出来るようだ。便利だな。
「詳しい話は後日ってか?」
 ククから手を離す。
「そーッスね」
「秘密を知ってしまった以上、生かしてはおけない! なんてことはないよな?」
 無論、冗談である。そうでなかったら笠木は真っ先に殺されてるはずだろう。
「…………」
 笑うと思ったククは予想に反して神妙な表情をして黙った。
 え? マジ? と少しは思ったが、こいつなりのジョークだろう。じゃないと困る。
「舞衣さんにとって、のんさんは特別ッスからね……」
 悲しみを押し殺したような思いつめた声に、嫌な予感が膨らんでいく。えっと、どういう意味だ? ククを見ると、まるで「せっかく知り合えたのに、もうお別れか。厳しい世の中ッス」みたいな表情をしていた。
「…………」
「…………」
 痛い沈黙に顔が引きつる。
「…………」
「冗談ッスよ?」
 ククが膝に乗り、首を傾げて笑った。からかわれたのか。ネズミなんかに。
「だいじょぶッス、そんなことしたら逆に大事になって困るッス」
 明るく、カラカラと笑うネズミが少しばかり憎らしい。人差し指でククの鼻を弾いてやった。
「にゅッス!?」
 あっさりと膝から落ちるクク。
「なんスか! 冗談も通じないッスか! 親の顔が見たいッス!!」
 冗談一つで何で親が出てくるのか。
「うるせい」
 ネズミなんかにしてやられたのと、うっとおしさに背を向けた。

 ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ!

 甲高い音が響く。ケータイか? しかも初期設定のままとみた。いや、俺がそうだからなんだけど。そういや、俺のカバンはどこだ? 高野が戦っているのを見た瞬間からスコンと記憶が落ちている。呆気に取られて落としたか?
 立ち上がり、周りを見るが見当たらない。

 ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ! ぴぴぴぴぴぴ!

 初期設定のままの甲高い音が響き渡る。
「あ、のんさん」
 ひょこひょこと何故か二足歩行でケータイに向かうクク。身体の造りからして四本のほうが早いだろう。
 ぴ。
 音が止まる。ククが出たんだろう。それは良いとして、俺のカバンはどこだ? 歩き回って地面を見る。が、そんな小さなものじゃない。目立つはずだ。地面を凝らして探すものでもない。が、ない。どこだ?
 戦っている最中に邪魔だと蹴り飛ばされたか、それとも気付かずそのまま踏まれたとか。高野に踏まれたならともかく、あの化け物に踏まれたとなったら……ただでは済んでいないだろう。重量もさることながら、あの鋭い刃物の光を持った爪がある。かたや、俺のカバンはそこらへんで売られている大量生産品だ。耐久性などたかが知れている。というより……こんな状況を想定して作っているわけがないのできっとズタボロになっているに違いない。
「はい、えっと、公園の奥ッス! んと――いやいや、お気遣いは無用ッス。のんさんの笑顔があればそれで良いッス。その笑顔だけでボクの心に春の日差しが差し込んで、綺麗な花が咲くッス。のんさんの笑顔は太陽ッス」
 ネズミのくせに、スラスラと臭い事を言ってんじゃねえ。呆れつつ、蹴り飛ばされた可能性に賭けて、改めて周りを見る。
 そう言えば……最初に俺が立ち尽くした場所って、あの化け物が突っ込んできたんだよな。正確にはもう少し後ろ。
 その後、土の壁が出てきて、化け物がぶつかって消えて、ククの指示に従って避難したんだ。そのときにはもうカバンを持っていなかった気がする。
 カバンの惨状を想像して落ち込む。が、まだそうと決まったわけじゃない。化け物が突っ込んでぶっ倒れて、木々をなぎ倒し、ズタボロになった場所へ歩み寄った。
 折れて尖った凶器と化した木が危ない。触れないように気をつけながら探す。
「あ」
 あった。化け物の下敷きになっていたようだ。見事にぺちゃんこである。尖った木に触れないよう気をつけてカバンを拾う。幸いな事にあの鋭い爪に触れなかったようだ。ただ潰されただけだ。
 ただ潰されただけ。少しばかり嫌な予感がする。
 中身を見る。教科書ノート、元々薄いものは特に問題なし。財布も同様。小銭は持たない主義とかじゃなくて、純粋に貧乏。ペンケース。中身は……ボロボロならず、ボキボキ。笑っちゃうくらいにボキボキに折れていた。百円ほどの安いシャープペン、赤ペンである。耐久性を期待するほど俺の頭も沸いていない。しゃーない、コンビニで買うか。つか、なんで消しゴムは無事なんだ。
 で、最後はケータイだな。……ケータイ? 精密機械の、ケータイ。昔よりは丈夫になったであろう、ケータイ。でも車に轢かれたとか、そんな衝撃には耐えられないケータイ。
 ぺちゃんこになったカバンから、ケータイを取り出した。
「…………」
 一筋の汗が額から落ちる。
 俺のケータイは高野と似たようなもので、折畳式である。タッチパネルとか、二つに分かれて操作とか、そんなおしゃれなものではない。通話とメールが出来ればそれでいいから、安いのを選んだ。ネットも出来た気がするが、パケ代が掛かるので使ったことはない。
 その、安いケータイ。ボディには細かい傷が無数にある。ヒビも入っているし、触れただけで細かい破片が零れてくる。少し前、学校で見たときにはそんなものはなかった。
 傷の意味を考えないように、開く。
「…………」
 ディスプレイが真っ黒だ。電池が切れた可能性はない。今朝満タンになるまで充電したんだ。気のせいか、ディスプレイにまるでヒビか亀裂のような細かい線が何本も走っていた。
 ボタンを見れば、ディスプレイと似たような状態だ。ヒビに亀裂、おまけにボタンの何個かは無残につぶれている。
 無事っぽい、電源ボタンを押す。反応なし。もう一度押す。反応なし。さらにもう一度。反応なし。最後に強く長く、押す。反応なし。
「…………」
 一旦、パタンとケータイを閉じ、また開ける。反応があると願いながら。

 パキ

 乾いた音がして、ケータイが二つになった。
「…………」
 右手を前に伸ばす。ケータイのディスプレイ部分が遠ざかった。もちろん、真っ黒のままだ。
 左手を上に上げる。ボタン部分が遠ざかった。
 本来の姿ならば、こんな事は出来ない。
「祐一さん、変身ポーズッスか?」
 戸惑いの声に、俺は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。膝を落とし、ケータイを放り投げ、開いた両手で地面に爪を立てる。
「ど、どうしたッスか!?」
 慌てた声。ククが高野から離れて俺の顔の真下に来る。
「どーしたんスか? まるで絶望の文字をその身で表現しているようッス」
 的確な洞察に顔が引きつった。目を閉じる。でないと涙が出てきそうだ。
「あの、本当に、どーしたんスか?」
 両手を地面から離し、空を見上げ、すーっと息を吸い込んで、尻から地べたに座り込む。
「お気の毒ですが、冒険の書1は消えてしまいました」
 全国のゲーマーのトラウマを刺激する言葉を発した。
「はい?」
 でも相手はハムスター、そんな言葉は通じない。
「ケータイが、壊れました」
 土が剥き出しになった地面に、無造作に転がっている元ケータイ二つを指差した。ククは小さな身体を捻り、後ろを見ようとするが、見えなかったらしく、大人しく身体ごと後ろに向いた。
「……真っ二つ、スか」
 呆然とした声に、また泣きそうになる。
「でもまた買えばいいじゃないスか」
 とたん明るい口調で振り返り、他人事全開な発言をネズ公はしやがった。
「買えったってな、今は昔みたいに安くないんだ。それに……それにデータが」
 失ったものの大きさに今更気付き、悔しさに奥歯を噛み締めた。
「データって着うたに写真とあとー、んー、友達のアドレスッスよね? 写真はしょうがないとして、あとは何とかなるもんじゃないッスか。それに新機種への交換だと思えば大したことは――」
「お前は判っていない!!」
 ククを遮り、強く強く拳を握り、地面に叩きつけた。
「俺のケータイにはなあ、大事な大事なアドレスがあったんだよ!!」
 そう、もう二度と手に入れられないアドレスが。
「それを失うなんて……心を蹂躙されたのと同等なんだぞ!!」
「…………」
 熱く語る俺を、酷く冷静に見つめるクク。視線を外して高野を見ると、まだ横たわっている。ぴくりとも動かないから、きっと眠っているんだろう。
「そんな大事なアドレスなら、ちゃんとバックアップを取っておくのがフツーッス」
 冷たい目、冷たい口調でこれ以上ない正論を吐いた。言葉に詰まるというより、むかついて言葉が出ない。
「ふん、そんな基本事項をやらないでおいて"大事なアドレス"ッスか。はっ、"大事"という言葉の意味を辞書で調べたいらいいッス」
 かちんときた。
「アドレスのバックアップは大事とかそうじゃなしに基本ッス。このご時世、何時事件に巻き込まれるか判らないッス。ケータイに限らずデータのバックアップは基本の基本ッス。そんなことも判らないだなんて……さすがゆとり世代ッス」
 ぷちんときた。
「誰がゆとりだ!!」
「祐一さんッス!!」
「出会って一時間も経たずにそんな扱いか!!」
「祐一さんがアホだからッス!!」
「うるせー、どうでもいい言葉ばっかスラスラ出てくるネズミよりマシだー!! 真面目なゆとり世代もいるんだ、ゆとり=馬鹿みたいな発言は撤回しろ!!」
「ネズミとはなんスか! こんな可愛いハムスターを捕まえてなんて発言ッスか!! 屋根裏で走りチーズを食らう事に生命を賭けてるだけのネズミと同等扱いなんて……こんな屈辱ないッス!!」
「てかな、お前自分で可愛い言うな!! ナスシストか!!」
「何を言うッスか!! このボクの姿は上から見ても下から見ても、左右のどちらから見ても、三百六十度どこから見ても、この世知辛い世の中を癒す愛らしい姿じゃないッスか!!」
「バージョンアップするなネズ公! ネズミはネズミらしく、頬袋にピーナッツでも蓄えて自分の住処に運んでろ!!」
「度重なる暴言にボクのガラスで出来た繊細なハートに傷がついたッス!! 酷いッス、そんな品のないハムスターみたいなことをボクに強いるだなんて!! ボクはハイカラなハムスターとしてご飯はちゃんと茶碗に入れて食べてるっス!! 箸も使っているッス!!」
「ネズミの分際でそんな手間、飼い主にさせるなよ!! せめてケージに入ってエサをねだれ!!」
「飼い主とはなんスか!! ボクは舞衣さんの公式なパートナーッスよ!! だから舞衣さんと同等の食事にありつけるのは当然の義務ッス!!」
「うるせーうるせー!! ネズ公が人間様と同じ食事してんじゃねーよ!! 生意気だ!!」
 ネズ公と火花を散らす。
「まいまーい! ククちゃーん!!」
 とても同い年とは思えない、幼い声が響いた。声のほうに顔を向けると、先ほどの姿のままの笠木がいた。走るたびに制服のスカートの裾が大きく揺れて太ももが見え隠れする。それに上半身の、十六歳とは思えないほど立派に成長している二つのふくらみも、下着に押さえつけられているにもかかわらず揺れている。いいぞ、もっと激しく走ってくれ。
 それはいい。同じクラスなので今後じっくり見よう。
「大体な、ネズミが人間と同じ食事したら身体に悪いだろ!」
「ボクは見た目はどう見ても愛らしさが溢れてもう、メロメロになるしかない可愛いハムスターッスけど、魔法生物なんで何ら問題ないッス。ふっ、こんなところで無知を曝け出すなんてやはり祐一さんはアホアホッス!!」
「だからナルのバージョンアップするな、人を馬鹿にするのもだ!! つうか魔法生物って何だよ!?」
 自分の発言に、はっと我に返った。
 ケータイのデータ消失とネズ公の暴言にとち狂っていた頭が落ち着きを取り戻していく。
 まほうせいぶつ? 魔法的な生物? 魔物? さっきの化け物と変わりない存在か!? でも襲ってくる気配も意思も感じられない。それに高野のパートナーとも言っていた。
 改めて思う、――こいつらはなんだ?
 ククを見、高野を見る。高野の横に心配そうな表情をし、しゃがみこんだ笠木がいる。
 ――笠木希望。
 笠木は事情を知っているらしい。だからククのヘルプに応じ、今のこの状況でも冷静でいる(というか、口喧嘩の真っ最中だったから声をかけなかっただけだろう)。……まあ、だからといって笠木まで高野のように戦ったりはしないだろう。戦うのならば、最初から呼ぶもんだ。……仮に戦えたとしても笠木なら足を引っ張りそうな気がする。失礼なことだが、なんとなくどんくさそう……。
「お前ら、何なんだ?」
 高野が倒れる前に言った言葉の複数形。
「芳岡くん」
 高野をゆっくりと抱きかかえ、起こしてから笠木は俺を見た。
「あのね、いきなりのことでびっくりしてると思う。希望もそうだったから。でも、まいまいすごく疲れてるの」
 それは……高野の顔色を見れば一目瞭然だった。まだ、青い。それに、さっき言われたのだ『今、説明は無理』と。
「だからね、希望、まいまいを休ませたいの。ここじゃなくて、ちゃんと休めるまいまいの部屋で」
「うん」
 それは同感だ。否定する要素はどこにもない。
「だからね、詳しいことは明日にしてほしいんだ」
 先ほどククは『ご飯をちゃんと食べて、ゆっくり眠れば大丈夫』と言っていた。明日には回復していることだろう。でも気になるな。
「判った」
 好奇心を押し殺し、頷いた。疲れた状態で話されたら色々省略されるかもしれない。正確なことを知りたいのならば向こうのコンディションも考慮すべきだろう。それに、ケータイ……。店に行けばなんとかなるかもしれない。ここまで壊れたらあまり期待も出来ないが……。
「うん、じゃ、希望まいまいおんぶするから、手伝って」
「え、笠木が背負うのか?」
「うん」
 身長一五〇センチに満たないその身体で、身長一六〇くらいの高野を背負うだと? そりゃ、ぱっと見、高野は細いけどさあ……。手足もそうだが、やっぱり胸が特に。
「いや、俺が背負ったほうが」
「希望、これでも力持ち!」
「いやでも体格を考えたら俺が――」
「希望、頑張る!」
 左手でガッツポーズ。唇を真一文字に結ぶ。気合の入った表情である。
「お、おう、頑張れ」
 気圧されて応援してしまう。
「うん!!」
 無駄に力強い返事に、どうしようもない頼もしさを感じた。


 無事に笠木に高野を背負わせ、公園の外に出た。ククは笠木の左肩に乗っていた。右肩には青い顔のまま眠る高野が乗っている。ククの症状は喧嘩していた時とうってかわって、心配顔だ。
「じゃあ、明日ね」
「ああ……、本当に俺、一緒にいかなくていいか? 途中で代わったほうが」
 高野の家がどこにあるのか知らないが、背負って歩くんだ、疲れるに決まっている。
「だいじょぶだって! 希望、体力にも自信あるんだから! 短距離は苦手だけど、長距離は得意なんだよ」
 もっともらしいことを言うが……。うぅん。
「だいじょぶ、何回か運んでるんだよ。近いしね。それにまいまい軽いから」
 笑顔で言ってから高野を見る。ぐっすりと眠る高野を見る目は酷く優しい。
 ――懐かしさと鈍い痛みが胸を突き刺す。
 気づかれないように拳をぎゅっと握り締め、誤魔化す。
「判った。じゃあ、俺はケータイ修理、頼んでくる」
「うん、明日ね、芳岡くん」
「うッス、またッス」
 ククがこちらを見て、手を振れない笠木の代わりに手を振った。
「ああ、じゃあ明日」
 手を振って、俺は二人と一匹に背を向けた。



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