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 私立鳴星高等学校は、北の大地の、S市の外れの、山の上にある。正確には、中腹だけど。
 でも山ってことには変わりない。ちなみに隣りにはスキー場がある。冬の体育はおかげでそれだ。
 なので、うちの学校は木々に囲まれている。森といったら大げさなので林に囲まれている、が正しいかもしれない。
 自然環境は良い。良すぎるので、窓を開けるとたまに近所の農薬の匂いが漂ってくる。虫も大量に入ってくる。網戸なんて気が利いているものはないので夏は悲惨である。
 自然環境の良さはこれだけではない。近くのコンビニまで歩いて二十分かかる。一番近いバス停も同様だ。だから、校舎前まで運んでくれる学生専用バスがある。一番近くの地下鉄の駅からが、一つ。これは学校まで約三十分かかる。一番近いJRの駅から一つ。これは約一時間かかる。
 平たく言えば、うちの学校はド田舎にあるってこった。




スターハンター 03
〜本業の見学と危険な散歩〜




 放課後、高野の宿題(当然数学だ)を見てから(「これで合ってる? 合ってるよね? 間違ってないよね?」と何度も確認させられた。間違えたら再提出があるからだ)、高野のバイト――ではなく、本業の『星』を探すお手伝いを始めた。ま、昨日約束した通り、後ろで見てるだけなんだけど……。
「なあ、いつもこんなことやってるのか……?」
 校舎裏の林に入って約三十分。口にすまいと思っていた愚痴の代わりに、当り障りのない疑問の声を上げた。
「うん、嫌なら帰ってもいいよ」
 高野はこちらを見ずに言った。頭の上に乗ったククが何故か馬鹿にした表情で俺を見ている。むかつくが、足元の泥が気になってすぐに視線を下に向けてしまう。
 昨日、日がとっぷりと暮れた頃、雨が降った。大雨だったが、朝には上がっていた。
 これを示す意味は何か?
 登校時間から現在の天気は晴れだ。雲はあるが、青空のほうが圧倒的に多い。
 だから、アスファルトの地面はすぐに乾いた。グラウンドはさすがにまだ濡れている。
 で、今俺たちがいるのは校舎裏の林だ。
 持ってまわした言い方ですまない。
 つまり、林の地面は濡れていると言う事だ。
 別にべちゃべちゃのドロドロという有様ではない。草があるおかげで足元自体はしっかりしている。だが、濡れているので滑る。それにここは獣道ですらない。草木を掻き分け、なんとか進んでいる状態だ。もちろん、道を作っているのは高野だ。俺と笠木はその後をついていっているだけ。
 で、ここはアスファルトの地面のように平坦ではなく(ここらへんは坂ばかりなので平坦な道そのものは少ないが)、ところどころ隆起、沈降している。まあ、デコボコということだ。
 だから、水溜りがある。当然、道を作るときにそれを避ける。それは、道以外のところにはあるということだ。足を滑らせ、転ばないように足を出したところが水溜り、ってのが何回かある。おかげで靴は勿論、制服のパンツの裾は泥だらけだ。
 高野は道を作っているものとしてそんなへまはしない。なら笠木はどうか? こいつはちゃっかり(?)高野と手を繋ぎ、さり気にフォローしてもらいながら進んでいる。なので足元は綺麗なもんだ。
「それよりも本当にここなの?」
 足元から視線を上げると、不満げな高野と目が合った。隣りの笠木は何が楽しいのか、にこにこしている。……いや、基本的ににこにこしてるやつなんだよな。
「ああ、信用できる筋からの情報だ。最近、校舎裏で不気味な唸り声が聞こえるってな。あと、変な鳥を見かけたってのもだ」
「何よその『信用出来る筋』って」
 カッコ良く、なんとなく情報通を気取ってみたが、あまり受けなかったようだ。隠しておくものでもないのでネタばらし。
太一たいちだよ。宮元みやもと太一。あいつ、友達多いから色んな噂知ってるし、ここいらの散歩が趣味だから聞いてみたんだよ」
 これだけの情報だと縁側でお茶を啜ってそうな好々爺っぽい。だが、太一は普通の男子高校生である。ただ顔がちょいとイケメンらしい(クラス女子判断)。……俺はどこにでもある顔だと思うんだが。
「うん! 希望もね、たっちくんにね、聞いたんだ。そしたらね、今、芳岡くんが言ったことを教えてくれたよ」
 たっちというのは太一のあだ名だ。野球の漫画じゃない。お笑い芸人でもいた気がしたが、それでもない。笠木以外に呼んでいる奴は見たことない。
 笑顔の笠木の援護射撃。高野は少し考えた後、笑顔を笠木に向けた。
「そっか」
「うん!」
 短い、だがなんとなく濃いやり取りに疎外感を感じた。視線をちょいと上げてククを見ると、いやんいやんと身体をくねらせていた。はっきり言って気持ち悪い。
 なので現実逃避のためにちょいと説明させてもらおう。
 宮元太一について。
 こいつは去年から、この学校に来てからの俺の友達だ。温和な性格で人当たりが良い。それに時々冗談を言って周りを適度に沸かせている。そのせいで、先ほど言ったように友達が多い。そのおかげで数々の噂話(学校の七不思議から先生のプライベートな情報までと幅広い)に詳しい。
 趣味は散歩と爺臭い。が、小さい頃からのその趣味のおかげで足腰が丈夫になったらしい。下半身だけ見れば陸上部だ(実際、太一は長距離が得意だ)。
 顔は、これも先ほど言ったが、そこそこイケメンらしい。けど、誰かと付き合ってる、というわけではない。言い寄ってくる女が多いのに彼女がいないってのはもしかして、なんて噂が立ったときもあったが、本人は明るく軽く否定。別に女が嫌いと言う話でもなく、男のほうが好きとかという話でもない。
 ただ単に、好きな人がいるからだ(もちろん女子)。しかもそれを公にしている。大っぴらにしたとたん、女子がその手の話を振ってこなくなった。まあ、一時しつこい女子がいたらしいが、どうにか上手く諦めさせたらしい。
 で、太一の好きな人ってのは……これはまあいいか。
「情報はありがたいんだけど……」
 我に返ると高野は周りを見てため息をついた。
「曖昧なのはね。なんとなく気配はあるんだけど……」
 確かに。校舎裏ったって範囲が広すぎる。それに方角によってはスキー場についてしまう。
「気配が判るならなんとかなるんじゃないのか?」
 シロートなりの意見。
「んー、なんていうのかな、ここら辺りに気配が広がってるっていうの? いるのは判るんだけど、その範囲が広すぎて、どこにいるか判らない感じ」
 ……とにかく、いるにはいるらしい。
 首をかしげながら高野は言う。何故かククも同じ動きをした。
「もっと具体的な情報はないの?」
 俺と笠木は無言で首を横に振った。それを見た高野は仕方ないと言いたげに軽くため息をついた。
「のんのん、ちょっと離れて」
「ん、何をするの?」
 言葉に従いつつ、当然の疑問を言う。
「このまま探し回るのは、効率が悪いから、違う方法をで探す」
 その言葉にピンときた。まさか、魔法ですか!?
「クク、少し精度を上げて」
「うッス、晩御飯はオムライスを要求するッス」
「いいからやって」
「……冷たいッス」
 コントみたいなやりとりをしてから、ククは眼を瞑った。高野も同じように眼を瞑る。
 風が木々を揺らし、葉と葉がこすれ合う。
 高野の肩までの髪が小さく揺る。それもすぐに治まり動きが完全に止まった。

 ――静寂。

 ククの毛が逆立ったと思ったその瞬間、身体を何かが通り抜けた。
 ……ような気がする。隣りまできた笠木を見ると「あれ?」と首をかしげていた。二人同時に違和感ってのは、偶然ではないだろう。気のせいではないらしい。
「っ!」
 ぴくん! とククの身体が震える。直後二人、じゃなくて、一人と一匹は目を開け、走り出した。
「ええ!?」
 突然の行動に笠木が面食らう。おかげて俺が冷静になった。
「見つかった、ってことじゃないか?」
「ああ、なるほど〜」
 笠木は暢気にぽんと手を叩いた。
「追いかけるぞ!」
「え、ええ、うん!」
 戸惑ったのか躊躇ったのかどっちか判らないが、笠木は俺に遅れて走り出した。泥がはねるのは……諦めよう。


 泥がはねる事など全く気にせず高野は走る。俺もそれは気にしていない。けど、後ろの笠木は気になる! 走りながら悲鳴、一歩手前の声を上げ、濡れた草や泥に足を滑らせるんだからどうしてもフォローに回ってしまう。転んでいないのが奇跡の状態だ。おかげで高野とはどんどん距離が開いてしまう。そういえば前に西野が「足が速い」と言っていたな。それを実感する。本当に速い。こんな状態で判断するのもあれだが、きっと俺より速いだろう。ま、部活してない帰宅部の足なんてたかが知れているが。
「笠木、急げ! 見失う!」
 ここは林である。視界は決して良くはない。というか、悪い。枝が無秩序に伸びて視界を多彩に遮っている。
「あうあうあう〜」
 間抜けな声を上げる暇があるならスピード上げろ! と言いたかったが、体力の無駄なので、笠木の手を引っ張って走ることにする。
「あうあうあうあう〜!」
 抗議の声にも聞こえなくもなかったが、俺は構わず半ば笠木を引きずるように全速力で走った。

「うわああああああああああ!!」

 悲鳴が聞こえた。
 当然と言えば当然の、今俺たちが向かっている方角から。もっと言うならば高野が駆けて行った方角から。
 ……俺ら以外にもこんなとこを歩いている奴がいるのか!?
 前日雨の林なんて、歩きにくいにも限度ってもんがあるってえのに!!
「笠木、急ぐぞ!」
「あうあうあうあうあう〜!」
 強く強く笠木の手を引いて、すでに見えなくなっている高野の背中に向けて、俺は全力で走った。


 高野の後ろ姿が見えた。
「わああああああああ!!」
 悲鳴が響くそこは開けた場所だった。木がないので雑草が緑の絨毯のように生えている。雨水が光って滑りそうだった。剥き出しの土の部分もあるが、大体は小さな水溜りかぬかるみになっていた。その中心で、一人の男、うちの制服を着ているから男子高校生が、腰を抜かしていた。
 あれ? なんか見覚えがあるよーな……。
 暢気に、戦闘をおっぱじめようとしている空間にいるものとしては暢気に考えていると、銀の塊が男子高校生へと襲い掛かってきた!!
「――っ!!」
 恐怖に目をぎゅっと瞑り、必死になって両手で頭を庇っている。幸いその腕に怪我はない。
「――っ」
 高野は止まることなく、銀の塊と男子生徒の間に割って入り、

 ギンッ!!

 刃物と刃物がぶつかり合う甲高い音を響かせた。武器は持っていなかったはずだが、きっと出したんだろう。でなきゃ血の海だ。
 がっちりと受け止めたおかげで銀の塊の正体が見えた。
 鳥、である。
 色は先ほどから言っている通り銀。綺麗な銀ではなく、手垢にまみれた百円玉みたいな色をしている。で、大きさは……五十センチくらいある。これは大きさからして、鷲とか鷹の猛禽類じゃなかろうか。小さい頃に動物園で見たことがある。あとはテレビで。いや、こんなに大きかったっけ? そういや、人の腕に乗っている映像を見たことがある。てことは普通は三十センチくらいじゃないか?
 深く考えるのはよそう。これは"鳥の化け物"で充分だ。
「――ちっ!」
 高野はいつの間にか取り出していた短剣二本で銀色の猛禽類を弾き飛ばした。が、猛禽類もただでは離れていってくれない。目(前回同様、深緑のぼんやりとした光だ)を強く光らせ、その身から、身体と同じ銀色の羽を飛ばしてきた!! 翼を開いたわけでもなく、身体を粘土か泥みたいに溶かして搾り出した。すごく気持ち悪い。
 なんとなく、危ないんじゃないかなと思う。
 とさ、と軽いものが落ちる音がした。
「――おわるまで、まもって!!」
 怒声に近い高野の声。
 それに応えたのか、高速で何かが俺たち、というか、男子高校生の眼の前を覆った。先日、俺の目の前に土の壁が出てきたのを思い出した。

 ずざあああああああああああああああ!

 高速で何かが俺たちを覆う。
「うわわわあわ!!」
 笠木が慌てて俺に身を寄せてきた。高速で動く何かは笠木のすぐそばを通り抜けたのだ。というよりも、俺たちの周り(上も含める)をぐるぐると回っている。それがどんどん狭まってきている。俺はまた笠木の手を引いて男子高校生の下へと急いだ。彼の目の前で展開されたからだ。後ろにいればたぶん、安全だろう。
 それに高野は言ったんだ。『まもって』と。だからこれは俺たちを守る魔法なんだろう。
「ふわああ……」
 笠木は気を抜かれたように地面に膝を突いた。高速で俺たちをぐるぐると回っていたもの、それは土だった。茶色の土が今ではゆっくりと俺たちの周りを回り、守るように壁を作る。銀色の羽はこの土に弾き飛ばされたと見ていいだろう。どんなに鋭い刃でも、高速移動しているものに突き立てるのは難しい。
 土の動きは完全に止まる。
 前回の土の壁と同じかと思いきや、今回は壁ではない。所々に穴が開いている。穴と言うか隙間か。籐の籠のように細長い隙間がたくさんある。指も入らない。爪ならようやく入るくらいだ。
 視界は意外と良い。きっちりと編みこまれている訳ではないので、視界を遮られる事もない。網戸越しに外を見ているのと変わりない。
 前回みたいに一度当ったら崩れると言うことはなく、現状を保っている。銀の羽を弾き飛ばしただろうから、硬いんだろう。
 これなら安全に高野の戦いを見ることが出来る。
 しかし、なんていうか、鳥籠にいるみたいだ。いや、そんな立派なものじゃないな。どちらかと言うとざるか? 俺たち三人を上からすっぽり巨大なざるでかぶせた感じだ。
「ひい〜……、ん? あれ?」
 男子高校生はようやく顔を上げた。想像した衝撃と痛みがないことを不信に思ったようだ。
「あ」
 何か見覚えがあると思ったら、こいつ――
「あ!」
 俺と笠木が同時に声を上げ、男子高校生を指差した。
「太一!」
「たっちくん!」
 腰を抜かしている男子高校生は、クラスメイトである前に俺の友達である宮元太一だった。
「な、な、な、な、な、な」
 混乱しているのか怯えているのか、太一は口をパクパクさせた。

 ガグギン!

「ぎゃああああ!!」
 籠……じゃ悪いから、結界に銀色の羽が当って、地面に落ちた。
「たっちくん、だいじょぶ、だいじょぶだよ」
 笠木も怖いだろうに。少しばかり顔が青いし、引きつっている。それでも落ち着いて、頭を抱えてしゃがみ込む太一の背中をさする。
 俺は二度目なので二人よりは余裕がある。今、恐慌状態の太一に説明したところで、きっと理解してもらえないだろう。ならば落ち着くのを待ったほうがいい。
「太一、ここは大丈夫だ」
 試しに声をかけるが、聞いていない。笠木にしがみついて震えている。案の定の反応に、俺は肩を竦め笠木に太一を任せた。
 視線を高野に移す。

 高野は俺たちがいる結界の左前にいた。また左手にだけ短剣を持っていた。右手の剣はまたない。前回と一緒だ。
 化け物に視線を移す。
 鷲か鷹の猛禽類のような鳥の化け物。色は汚れた銀。大きさは五十センチほど。目は前の犬の化け物同様、深緑色のぼんやりとした光を放っていた。先ほど見たとおりだ。
 鳥らしく、ちゃんと空を舞い、上から高野をうかがっている。
 高野の武器は短剣一本。上からの相手には不利……かな? 素人にはその辺は良く判らない。ここは弓等の飛び道具がいいのではないだろうか。
「――……」
 高野は息を鋭く吸い込んで、吐く。視線は外していない。
 が、小さく笑っている。
 けど、こめかみに青筋が浮かんでいる。
 ……もしかして、怒っている?
「そりゃ、連続で守りながらの戦闘ッス、面倒ッス」
 下からの幼い少年の声。見下ろせば、いつの間にか、ククが足元にいた。
「愛らしいボクにドロドロな大地は似合わないッス、肩に乗せて欲しいッス。別に頭でも構わないッス」
 むかつく事を言いまくるククを鷲づかみ、目の高さまで持ち上げた。
「何だって?」
「あ、いや……ッス」
 半眼で低い声で尋ねると、ククは顔を引きつらせ、言葉を詰まらせた。
「まあ、いい。お前、どうやってここに入ったんだ?」
 ハムスターが入れるような隙間はない。結界外から穴を掘って、結果内に繋げれば行き来できそうだが、そんなものを掘る時間はない。それにそんな穴もない。
「剣と一緒に放られたッス。怖かったッス」
 短剣と一緒に落とされたのか。んでもってあの土の高速移動に巻き込まれないように逃げていたのか。
 ん? ここで疑問が沸いて出た。
「何で剣まで落とすんだ? 武器は多いほうが良いんじゃないか?」
「剣を落とさないと、この場所が作れないじゃないッスか」
 俺の手の中でククが小首を傾げる。言っている意味が判らない。
「舞衣さんの魔法って特殊で、武器経由でしか使えないんッスよ」
「それは初耳だぞ」
「聞かなかったじゃないッスか」
 ……そ、それもそうだが。別に教えてくれたって……そんな義理はないか。あっちには。
 また高野に視線を移した。
「土属性の剣には一度だけ土を操れる力があるの。操れる量と操作の質はあたしの魔力次第。あ、落としたのは、土に剣が触れていないと使えないから。ちなみに、こんな結界は初めてだから加減が判らない」
 ……右手に持っていた短剣は土属性だったから落として、武器を失う代わりに結界にしたってことか。前回も同じ理屈か。
「細かい事は後ね。今はあれをなんとかする」
 そう言うと、高野は一本だけになった短剣を右手に持ち替えた。
 倒すべき相手は空だ。ざっと十メートルほど離れている。素人判断だが、短剣じゃリーチが足りないんじゃないだろうか。前回の槍、先ほども思ったが弓、または銃などの飛び道具のほうが良いんじゃないのか?
 俺はすぐにその疑問をぶつける。すると高野はこめかみに青筋を浮かべた笑顔(笑顔なんだろうか)のまま、答えた。
「判ってるわよ。で、武器を出すような隙を向こうが黙ってみててくれると思う?」
 考えもしなかったことを言った。そうか、新たに武器を作ると言うことは相手から集中を外すことになる。どうしようもない隙が出来てしまう。
「でも、このまま睨み合ってるわけにもいかないのよね」
 高野が短剣を握り直したと同時に鳥の化け物も動いた。約十メートル保っていた高度を少し上げ、一時停止。落下する? と思った瞬間、先ほどやったように、自らの身体を泥か粘土のように溶かして羽を飛ばしてきた!
 その数は軽く十……、二十いや数え切れないほどの量だ。短剣で叩き落す数じゃない!
 高野もそう判断したらしく、すぐさまその場から離れた。だが、羽の数もさることながら、その範囲も馬鹿にならない。開けたこの空間に満遍なく羽は降り注いでいる。俺たちはいいとして、高野は無傷じゃ済まされない!
 高野は走りながら右手の短剣の宝石部分を左手で触れ、目を閉じた。この足元が平坦ではないこの場所で、走りながらである。器用なもんだ、と思いつつもそんなことしていいのかとハラハラする。
 羽は草をたやすく切り裂き、地面に突き刺さっていた。木に当たったのも同様だ。鋭い切れ味だ。こんなものを生身で食らったら血の海だ。
 当然、俺たちを守る結界にも羽は降り注いだが、カツンと高い音を立てて弾いていた。破られる気配はない。
 後ろをちらりと見れば、太一と笠木が、抱き合って状況を見守っていた。こちらは放っておいても大丈夫だろう。まあ、何も出来ないけど。
 視線を高野に戻す。
 俺の心配をよそに高野は足を止め、目を開けた。羽はまだ止まない。
「ふきとばして!」
 短剣が呼応するように一瞬強く輝くと、高野を中心に爆発した。
 爆発と言っても火のない爆発だ。正しく表現するならば、風の爆発だろう。だから高野には大した影響はない。髪や制服を強く靡かせる程度だ。
 高野を中心に炸裂した風が、羽を撒き散らす。高野の周囲が一瞬だけ安全になる。だが風は止まず、髪と制服を揺らし続ける。その風はこちらまでは届かない。高野の周辺で留まっているのだろうか。
 が、鳥の化け物もそれを予想していたんだろう。いや、立ち止まったのを見て判断したのかもしれない。鳥の化け物は高野目掛け急降下してきた。約十メートルの高さからの攻撃である。武器は鋭いくちばし。避けられれば終わりだが、当たれば確実に仕留められる攻撃だ。
 風に髪を靡かせながら高野はしゃがみ、濡れた大地に右手を置く。
 何をするつもりだ? しゃがむなんて動きを制限することなんて、鳥の化け物にとっては絶好の隙じゃないか!
 急降下。
 スピードを上げ、鳥の化け物が風を裂いて高野に襲い掛かる!!
「まいまい!!」
 後ろから、笠木の悲鳴が響く!
「――っ!!!!!」
 高野は立ち上がらず(そんな時間ないんだろう)、何か棒状のものを掴むように右手を握り、右腕を地面と平行させるように伸ばした。
 高野の手には何もない……いや! 水だ。しゃがんで濡れた草や土に触れたんだ。きっとそれが新たなる武器となる! と思う。
 俺の考えを肯定するように、高野の右手が青い光に包まれる。それに反応するように、強い風が巻き起こり、木々が揺れ、葉のこすれあう音が響き渡る。
 同時に鳥の化け物が高野のすぐそばまで急降下してくる! だが、まだ避けられる距離だ。しかし、高野にその気配はない。風にその身を靡かせ、鳥の化け物を睨み付けている。
「まいまい!!!!」
 再度の笠木の悲鳴。
 風が高野の髪と制服を靡かせる。あ、この風、もしかして……。
 考えがまとまるより先に、青い光に包まれた高野の右手から、ぎゅいんと音を立てて何かが現れた。天に地にへと棒状のものが伸びていく。しかししゃがんでいるもんだから、地へと伸びていたものはすぐに地面に到達してしまう。だがその代わりと言わんばかりに、棒状のそれは天へと力強く伸びていった。
 それは高速に形を作る。それは棒状の武器だった。先端には拳大の丸いものが見える。
 そして、急降下してきた鳥の化け物の真下にその武器が出現する。先端部分に拳大の青の宝石が見えた。雨のしずくが、陽光を受けてきらきらと輝いている。
 棒状の武器はまだ伸びる。先端部分をぐんぐんと、天へと伸ばしながら。
 そう、鳥の化け物の真下から、鳥の化け物の顎へとその身を伸ばしていく。
「――――!?」
 声も出せず、鳥の化け物は地面に転がった。本来高野に与えるはずだった衝撃が、自身のくちばしに注がれた。おかげで綺麗に折れている。――いや砕けている。薄汚れた銀色の欠片が、周辺に飛び散っている。でも、前回の犬同様、ゆっくりだが気持ちの悪い再生が始まっていた。
 生理的に受け付けない光景から目をそらす。
 完全に出現しきった武器は杖だった。長さは二メートル程。これは素人目で見ても武器と言うより魔法補助道具だ。リーチが長すぎて使いにくそうだし、何より短剣、槍と比べて美術品のように綺麗だからだ。全体的に細くすらりとして、小さな飾りがいくつもある。動かすたびに飾りと飾りが触れ合って、鈴のような音を奏でる。これは戦いの役に立つとは思えない。
 鳥の化け物は悶絶しながら地面に落ちた。それを見て高野はゆっくりと立ち上がる。風はもう止んでいる。
 高野がしたことは大したことではない。
 ただ杖を出しただけである。
 ちょうど鳥の化け物が辿るであろう、軌道のその真下から、先端部分が鳥の化け物に当たるよう、高速に。
 鳥の化け物からしたら、攻撃が成立する寸前に真下から衝撃を食らったことになる。完全に予想外の攻撃だったはず。その証拠がこの有様だ。
 さらに命中率を上げるため、高野は風を周囲に吹かせていた。あれはきっと羽の攻撃から身を守るときに出した風だろう。それを利用して鳥の化け物の軌道を読んだんだ。……たぶん。素人意見だ、本気にしないように。
 言葉にすると簡単だが、命中精度を上げているとはいえ高速移動しているものに上手く当てたもんだ。これが偶然というならばものすごい運だろう。
「ちょっと知恵がついている奴ならすぐに気づくんだけど、やっぱりね」
 高野は偶然ではないことの証明のように杖をくるくると回し、鳥の化け物の元へと歩み寄る。杖の美しさとが融合され、優雅すら感じるその動作からは余裕が見て取れた。鳥の化け物は体制を立て直そうとするが、再生が始まっているとはいえ衝撃はまだ消えない。小刻みに震えるだけで飛び立つはおろか、まともに動くことすら出来ていない。
 まさに絶好の隙、チャンスだった。
 高野はにやりと笑い、杖の先端を鳥の化け物の腹に押し付けた。チェックメイトである。
「ひっさつ――」
 杖の青い宝石が、高野の声に呼応するように光り輝く。
「――みずてっぽう!!」
 青い宝石がさらに強く光り輝く。
 水鉄砲。
 子供の頃、遊んだ簡素な銃を思い出した。威力など高が知れている。せいぜい紙を貫けるかどうか位だ。もともと人に向けて遊ぶものだ、高い威力があるわけがない。
 当然、高野が望むのはそんな水鉄砲じゃない。この、鳥の化け物を倒せるくらいの殺傷能力を持ったものだ。
 じゃあ水じゃ無理じゃないか?
 おもちゃの水鉄砲を思い出したからといって、水そのものを馬鹿にしてはいけない。
 圧縮、そして高速で打ち出された水は、尋常ではない破壊力を生み出す。
 俺の考えを肯定するように、杖の先端から高速で水の矢が放たれた!

 ズシャウ!!

 目にも止まらぬ速さで、水の矢が鳥の化け物を貫いた! と思う。いや、地面に横になって倒れているし、よく判らないんだ。でも、攻撃が決まったことは確かだ。鳥の化け物は前回の犬と同様、その身を深緑色の光の粒子に変えつつ虚空に溶かしていった。粒子が消えたあとには、直径三センチくらいの石炭みたいな真っ黒な石があった。……これが高野の回収している『星』なんだろう。
 やったみたいだ。
 ほーっと息を長く吐いていると、高野がふらふらと『星』を拾いに行った。
 すると音もなく、役目を終えた結界が土に還っていった。
 任務完了、ってとこかな。
「舞衣さん!」
 いつの間にか落としていたククが、高野の下へと駆けていく。焦りすら感じさせるその走りに、先日の記憶が呼び起こされた。
 本来一日二回しか使えない魔法。
 そして倒れた高野。
 今日は何回使った?
「高野!」
 ククに遅れること五秒。考えるのを止めて、石を拾い、蒼白な顔でなんとか立ってる高野の下へと駆けた。ハムスターと人間である。当然人間のほうが早い。俺が駆け寄ったのと同時に、高野は膝を落とした。何とか地面に触れる前に高野を抱きとめる。
「っ」
 驚いた。見た目からして細いと思っていた。実際に細い。驚くくらいに華奢だ。だから胸のほうもそうだと思っていた。でも、案外ありますよ、お客さん。あれだ、高野ってきっと着痩せするタイプなんだ。ちなみにこういう情報を真っ先に確認するのは男のサガである。
 でも、他は細いな……。もうちょっと肉が付いていたほうが抱き心地がいいのに。それに、重さがあったほうが攻撃力が上がるんじゃないかな……。シロート判断です。
「まいまい!」
 暢気に場違いなことを考えていると、笠木が駆け寄ってきた。高野の身を案じている表情そのもので、目には涙が薄っすらと浮かんでいる。何回かあったとはいえ、友達の具合が悪いところを見るのは嫌か。当たり前のことだが、それはとても大切なことだと思う。
 驚き、でも先ほどに比べたら格段に落ち着いた太一もこちらにやってきた。目が合った。疑問は当然として、好奇心の光も見える。さて、説明しなくちゃ駄目だろうが……。高野がこんなんじゃなあ。
 蒼白な顔色のまま、高野は俺の腕を弱々しく掴んでいる。こんな顔色で、こいつはまだ気を失っていないのか。それに、俺にほとんどの体重を預けているとはいえ、まだ立っている。なんという気力だろう。もしかしたら、意地かもしれないが。
 膝から崩れ落ちそうになった高野を抱き直す。意識はまだ途切れていない。薄っすらと開いた目が、俺を見ている。何かを訴えているのは判る。が、それが何かはさっぱり見当もつかない。
「色々聞きたいことはある」
 そんな俺たちを見ながら太一は口を開いた。その口調から何故か余裕が感じられた。
「けど、一番詳しい人がそんなんだし、明日かな?」
 目に強い好奇心を光らせ、太一は不遜な態度で言った。
 高野の右肩に乗っているククに視線を移す。どこか引きつった笑いを浮かべている。望ましくない状況なんだろう。そりゃそうだ。秘密にしているわけでもないが、大っぴらにしていいことじゃないからだ。関係者は少ないほうが良いに決まっている。
 その証拠に高野が俺を弱々しくだが、睨んでいる。大した気力だ。
 笠木はともかく、俺に話したのはたぶん、教えなかったらしつこく聞き続けるからだろう。そして、知った上で離れてほしかったはずだ。そのご期待に添えなかったのはちょいと申し訳ないと思うが、こちらも数学の宿題を手伝うと言う労力(大したことじゃないが)を提供しているからおあいこだろう。
 それに高野のこの『星』回収は遊びじゃない、仕事だ。しかもただの仕事じゃなくて、文字通りの戦いだ。戦う力を持たない人間は邪魔にしかならない。……笠木はどうも特別くさいが。
 再びククに視線を戻す。高野はしゃべれる状態ではない。よって"パートナー"であるククがこの場で太一をなんとかしなくてはならない。
 引きつり笑顔のクク。こんな複雑な表情がハムスターに出来るのかと感心しつつ、太一に視線を戻した。
 好奇心いっぱいの目で、ククと高野を見ている。もちろん、高野の身を案じているだろう。だから「後日に説明しろ」と言っている。薄情ではないが、好奇心に満ちた発言である。
「こいつの友人として忠告してやろう」
 太一を顎でさしてから言う。ククは困った顔で俺を見た。
「好奇心の強さは俺の比ではない」
 適当に誤魔化しても無駄だと言うことを暗に示した。
 それをすぐに理解したんだろう。ククはげんなりとした顔で肩を落とした。
「じゃ、まずここを離れよう!」
 短いやり取りで自分の望む展開がくると予想できた太一が明るく言った。



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