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「はいはーいもしもーし!」
『ねえ、あんたがカッコいいと思う部活ってなに?』
「久しぶりで挨拶も抜きでそれ? うーん、タランチュラ研究部とか?」
『危ないじゃない』
「そう? カッコいいじゃん」
『安全なのにして』
「そーだなあ……、んー、木琴愛好会」
『吹奏楽部と何が違うの?』
「何もかもだよ! ブラバン部と一緒にしないでしょ!! 大体――」
『それは以前、十二分に聞いたわ。他にない?』
「んー、そだ、青大将部!」
『何するのよ、それ』
「山に入って、青大将を探して、生態を探るの」
『あ、それいいわね。決定。ありがとう』
「本当? いやあ役に立って嬉しいなあ。ねね、今度の日曜空いたんだ、久しぶりに遊ばない? みんなも誘ってって、もう切ったー!!」
「姉さん、ご飯だよー」
「ああもう、何でああも自分勝手なんだよう!!」
「……姉さんが言う?」




スターハンター 04
〜青大将同好会、発足〜




「しかしさあ、あれだよねえ」
 平日の午後十二時三十八分。学生は大体昼休みである。もちろん俺たちもその例に漏れたりはしない。
「あ?」
 緑茶(ただしアイス)の入った湯のみ……ではなく水筒の蓋を両手で包み込んで、じじいのように飲む太一を俺は見た。
「意外だねえ」
「何が?」
 主語が抜けた太一の言葉に少しの疑問を覚えるが、気にせず弁当を食らう。中身は至って普通のものだ。ふりかけをかけるのも面倒になったのか、ただ黒ゴマを白米にかけただけのご飯と玉子焼き、ウインナー、プチトマト。それに冷凍食品等の弁当だ。毎日作ってもらっているものなので文句はない。大体俺は「不味くなければいい」と言うくらいのこだわりのなさだ。
「ん、祐一が高野に関わろうとしているってことだよ」
 俺の弁当からウインナーをひとつ掻っ攫いつつ、太一は言う。
「そうか?」
 復讐とばかりに太一の弁当から玉子焼きを一つ奪いつつ返事。
「そうだとも。無気力人間・芳岡祐一が他人に積極的に関わろうとするなんて信じられない」
 太一は俺ではなく取られた玉子焼きを恨めしそうに見ながら言った。
 無気力人間。
 太一だろうが、高野だろうが、笠木だろうが、誰に言われてもさほど腹を立てたりはしない。帰宅部だし、バイトもしていない。これといった趣味も無い。勉強にだって興味は無い。試験が近くなれば、一応はやるが、そんな気合を入れてやるもんでもないと思っている。
 将来の夢だって無い。世界的な不景気で未来に絶望しているから、そういう理由でないわけじゃない。本当にやりたいことが無いのだ。
 こう改めて自分を考えるとやる気の無い人間だ。

 無気力人間

 太一は正確に俺を表している。
 でも今は俺のことなんて重要なことでもないだろう。
「いや、あれは気になるだろ?」
 高野が使った魔法を思い出した。土の壁、風で出来た槍、水で出来た杖と矢。それに続くように化け物の姿も思い出された。最初は犬。次は鳥。果たしてその次は何だろう? 楽しみだ。
「そうかね、まあ、そうかもね」
 太一は肩を竦めて俺の言葉を受け流した。そこら辺は詳しくつっこむ気はないようだ。それより気になることがあるからだろう。
「でも僕が気がつかなかっただなんてちょっとショックかな。自然公園だって僕の散歩道の一つなのにさー。うーん、悔しい」
 行儀悪く箸の先端を噛みながら言う。
「でさ、終わったら説明してくれるんだろ?」
「それは俺の決めることじゃないよ」
「そうなんだけどさ」
 ふと沸いて出てきた疑問を太一にぶつけた。
「それはそうと、お前、昨日なんであんなところにいたんだ?」
 放課後、高校生が遊びに行く場所としては学校裏の林は相応しくないと思う。
「いやあ、噂の変な鳥ってのをこの目で見てみたくて」
 好奇心が旺盛な奴だ。
「危険だと思わなかったのか?」
「ぜんぜん」
 目を瞑り、腕を組んで頷く太一からどうでも良い貫禄が滲み出ていた。
「仮に危険と知っていても、僕は行ったね。好奇心の奴隷だから」
 カッコいいんだか悪いんだか、判断に困ることを力強く言い放つ。
「長生きしたいなら、奴隷を辞めることをお勧めするぜ」
 肩を竦め、聞かないであろう助言をしておく。案の定太一は大きく首を横に振った。
「祐一、好奇心とは人類が進化するために必要不可欠なものだよ。それを捨てるなんて、すべての可能性を無くしてしまうのと同義、人類進化のために、いや生きるために好奇心は無くしてはいけない。若いならばなおさらだ。好奇心のために危険に立ち向かい、日々を生きるべきだ」
「さいですか」
 話半分に聞きながら弁当を食らう。
「そもそもだね――」

 ププ!

 太一の熱弁を遮るように、目覚まし時計のアラームのような音が教室内に響いた。これは連絡の放送という合図だ。

 ゴゾゴゾ、ブツブツ

 ノイズ。

『ん、二年三組の高野舞衣さん、二年三組の高野舞衣、至急保健室まで来なさい。以上』

 ブツン。

 一方的な呼び出し(もともとそう言うものだが)に教室内がシンとなる。二回目は呼び捨てなのは……どうなんだろう。
「は?」
 呼び出された本人はクラス中の注目を浴びながら、黒板の上にあるスピーカーを見ながら首をかしげた。
「舞衣、なんかしたの?」
「まいまい、なにかしたの!?」
 一緒に昼食をとっていた西野と笠木が高野に言うが、本人は困惑顔である。
「保健室でしょ? あ、もしかして舞衣ちゃん妊娠した?」
 太陽が昇っている今の時間にしては少し重たい冗談が飛んできた。発言源は見なくても判る、真鍋だ。だらしなく足を放り出して座り、能天気に笑い、さらにペットボトルを酒の入ったコップのようにかっくらうその様はとても親父くさい。むしろ三十四十生きたおっさんよりも親父の貫禄があった。口端からこぼれた酒……じゃなくてミネラルウォーターをぬぐうその様はまごうことなき酒豪である。確か同い年なんだよな……。留年しまくって実は年上ってこともないんだよなあ。なんだよ、このおっさんっぷりは。
 高野が反論しようとする前に西野と佐久間に高速で拳を振るわれてる(軽くだが)。
「美紗緒はほっといていいから、ほら、舞衣、いってらっさい」
「高野、ごめんな」
 西野と佐久間が申し訳なさそうに高野に頭を下げていた。原因の真鍋はけらけらと笑っている。……愉快なトリオだ。
「うん、ああ、うぅん、じゃあ、行ってくるわ……」
 若干引きつつ高野は食べかけの弁当を閉まってから教室を出た。
「つうかなに、あの放送」
 口調はげんなりしているのに、腕は真鍋の首を絞め、西野は言った。本気で絞めているわけじゃないんだろう、真鍋はけらけら楽しそうに笑っていた。
「必要最低限という言葉がしっくりくる。うん、何も変わらないねえ」
 佐久間は腕を組んで一人で、じゃなくて真鍋と一緒に頷き納得している。……知り合いなんだろうか?
「でもさあ、洋子ねえも仕事なんだからもっとそれっぽく言えばいいのに」
「うげっ」
 ぎゅっと本気で締めたんだろう、真鍋が気持ち悪い声を上げた。
「それやられたら俺引く。絶対引く」
「あー……あたしも引くわ」
 西野と佐久間は顔を見合わせると、同時に肩を落としてため息をついた。ため息ついでに力が抜けたんだろう、西野の腕を払い、真鍋が深く呼吸を繰り返した。
 話の内容から察するに、保健の先生、三上先生とあの三人は知り合いみたいだが……。
 そうだ、その手のことなら太一に聞けばいい。隣を見ると、いない。捜索範囲を広げ、教室を全体を見回した。
 ――いた。高野が座っていたイスに座って楽しそうに笠木と談笑していた。
 ちゃっかりしてる、で正しいかな。


 昼休みが終わる直前に高野は帰ってきた。その表情はどこか疲れている、というか、困っている、参っている、という感じだった。何があったんだろう。
 五時間目の授業が終わった後、俺は高野の席へと向かった。先に笠木と西野がいて、ちょいとためらったが、気になるのでそのまま突き進む。
「さっきはどうした?」
 女子三人の視線が集まった。笠木は高野に向けていた表情のままで、高野は詰まらなさそうに口を尖らせている。
「あんたこそどうしたの……?」
 まるで珍獣を見るかのような目で西野は俺をまじまじと見つめた。
「どうしたの? 熱でもある? 病気? あ、発作?」
 失礼なことをまくし立てられる。でも仕方ないんだ。去年(というか最近まで)の俺は積極的に人と関わろうとしていなかったからだ。太一はなんとなくウマが合ったという話。西野は……まあ、俺がちょいと厄介ごとに巻き込まれたときにアドバイスをしてくれたからそこそこ話す程度の関係だった。他の人間とは挨拶程度だ。
「うるせい、で、どうした?」
 相手にするのも面倒だ。適当にあしらい、高野を見た。
「嬉しいんだけど、厄介ごとが増えた」
 意味が判らない。笠木と西野を見てみると、二人とも怪訝な表情していた。
「放課後、また保健室に行くの。……そうね、宮元くんも。あんたもきなさい」
 疲れたように高野は次の授業、現代文の教科書をカバンから取り出した。
「太一もって、その、あれがらみか?」
 バイト、と言っても良かったが、そうするの何も知らない西野が口を出すかもしれない。適当な代名詞で尋ねた。
「うん……」
 俺と高野の会話の意味がさっぱり出来ない西野は首をかしげている。
「希望も行ったほうがいい?」
「それはもちろん」
 なんとなく事情を察した笠木の言葉に、高野は今までの気だるさを吹き飛ばさんばかりの笑顔で頷いた。……何なんだ、こいつ。
「さっぱり判んない」
 一人話についていけない西野が不満げに言うが、高野は聞いていない。笠木に嬉しそうに抱きついているからだ。笠木もまた嬉しそうに高野を抱きしめ返している。何度目だ、この疎外感は。
「まったく、舞衣ものんのんも」
 呆れ、ため息を吐き、やってられんとばかりに首を振る。
「可愛い子らの百合百合シーンでおじさんのハートはドッキドキぃ☆」
 眩暈のするようなヤジを飛ばすのは、五時間目の授業を豪快に居眠りで終わらせた真鍋だった。すぐさま佐久間からの無言の拳が振り下ろされるが、真鍋は黙らない。
「何よ、浩人照れちゃってさ、本当はキュンキュンしてたんじゃないの? ほらあ、のんちゃんてさ、スタイルいいしぃ、舞衣ちゃんは普通に可愛いしぃ〜。青少年としては当然な――」
「普通の青少年は女同士の絡みて見ても嬉しくないんだよ! もっと具体的な――」
 自分が何を言おうとしたのか、気がついたんだろう。佐久間は顔を真っ赤にさせ黙った。
「もっと具体的な? なあに? でも制服ってのがまたおじさんに受けるのよね。ほら、若さの象徴みたいなものじゃない? いや、純粋に若さを感じるからかしら? 実際若いわよね。でさ、スカート短いほうが可愛いじゃない? 特に舞衣ちゃん、足が細いのもいいけど、あの白さ。もうぐっと来るものがあるわよね。あの足は世に晒すべきよ。女子の目から見ても保養だわ。昨日の体育の時間にさ、触らせてもらったの。いいわ〜もう、すべすべ。毛穴ないし。ああもう、これって差別、とか思うんだけど、舞衣ちゃんだから許しちゃう。それで制服の話よね? 制服ってブレザー、セーラーと二種類でどうのこうの騒がれているけど、世の中にはジャンスカっていう立派な形態もあるのよ。でもあれはどうかな。見た目はね、やっぱりデザイン次第だからなんともいえないけど……、ほら、やっぱり服の構造上、脱がせにくいじゃない? あ、そのままスカートを捲り上げて――」
「馬鹿たれ!!」
 大声で恥ずかしげも無く親父トークを炸裂させる真鍋を、佐久間はさらに顔を真っ赤にさせて殴り飛ばした。一切の遠慮の無い拳で。女を殴るのはどうかと思うが、……思考はもう親父なのでいいと思う。しかし、佐久間、ウブだな。
「お前、大変だな」
「慣れたくないけど、慣れたから」
 苦労が滲み出た西野の口調が切ない。
 教室中の視線を集め、ぎゃーすかと騒ぎながら真鍋と佐久間が喧嘩というか、じゃれあっている。真鍋が佐久間をからかってそれで佐久間が怒って、それで真鍋がきゃーきゃー笑って佐久間をおちょくって……それの繰り返し。
 もう一人の幼馴染は彼らに無関係です、とばかりに背を向けた。
「それが大変だって言うんだ」
「言わないで、薄々感づいているんだから」
 頭を抱え、首を横に振る西野を見て、言葉を飲み込んだ。言うのはさすがに可哀想だった。
 本当に、真鍋の幼馴染って大変だな……。


 放課後の保健室。
 俺と高野と笠木、それに太一の生徒四人。先生はもちろん、保健室の主、三上先生ただ一人。
 高野と笠木は備え付けのイス――病院特有の背もたれの無い丸イスだ――に座っている。俺と太一はイスの数が足りなかったので女子二人の後ろに立っている。三上先生は右人差し指に片手ですっぽり隠せる程度の大きさの、長方形の物体をくるくると回しながら、ゆっくりと室内を歩いていた。
 無言で。
 この無言がキツイ。
 三上先生は高野が惚れる(?)くらいの美人だ。
 繰り返そう、美人だ。それは認める。俺だけじゃなくて太一も認めている。たぶん、うちの学校の全生徒に聞いても美人という答えが返ってくるだろう。そのくらい美人だ。
 顔立ちは整っている。色白の肌にショートボブの黒髪がよく似合っている。形のいい鼻、薄くもなく濃くも無い、でもどこか色気を感じさせる唇。口紅の色は普通に赤なのに、ゾクリとくるエロさがある。耳の形も大きさも普通なんだが、ワンポイントなのか、小さな赤いピアス。教師がそんなんつけていいのかと思う(うちの学校は当然ピアス禁止)が、似合っているのでつっこむ気になれない。
 ここまでなら"ちょっとエロい保健の先生"なんだが……。問題があるんだ。
 それは目。
 眼差し。目つき。
 本当に教職の人間か、と思うほど冷たい。それにきっと、今の機嫌も手伝って悪い。
 確かに少々目つきは鋭い。
 それを差し引いても、この冷たさは無いだろう。
「で」
 俺の考えを遮るように、三上先生は自身が使っているデスクに腰をかけ、足を組んだ。教師と呼ばれる人がそんなことをしていいのか……。タイトなスカートと白衣から覗かせる形のよい足は、黒ストッキングに包まれている。白と黒のコントラストがたまらないです。……俺だって健康な男子なんだ。この反応は当然だ。
「これに録音されてたことはどういうことかしら?」
 長方形の物体をパシ、と掴み、三上先生は冷たく高野を見下ろした。
「…………」
 顔を引きつらせ、固まる高野は何も発しようとはしない。
「あちゃあ〜、はあ……」
 数秒の沈黙が抵抗だったようだ。しかし、観念したように深いため息を吐いた。
 唯一話の判らない太一は腕を組んで首を傾げている。笠木は後姿しか見えないの判らないが、さして動揺している様子は無い。
 三上先生は手早く手の中の物体を操作した。

『スターハンターってのは、その名の通り、『星』を狩る人のこと。実際は狩るんじゃなくて、回収なんだけどね』

 高野の声が再生された。これってもしかして、ボイスレコーダーなのか? いや、実際再生しているからそれそのものだろう。

『そうッス、こんな可愛いハムスターはこの世界にはいないッス!』

 言い逃れ出来ない声が再生された。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 一時停止。そのせいで保健室が沈黙に包まれた。
 どうして録音していたかはともかくとして。
 これは本格的に誤魔化しが効かない状況だ……。


 つい先日ここ、保健室で行われた会話が再生された。内容は後で触れるとして、自分の声が「これが自分の声だ!」と信じていたものと違って妙に恥ずかしかった。
「自分の声を聞くのってどうして恥ずかしいんだろうね?」
 笠木も同じらしく、頬を赤らめ俯いていた。それを見ていた太一が嬉しそうに顔の筋肉を弛緩させていた。
 高野はどうたというと、そんな恥よりも、再生された中身に絶望していた。引きつった笑いを浮かべ、デスクの上に取り出した(生物にこの表現を使うのは少々躊躇いがある)ククを指でペチペチと叩いていた。特に「お前が悪い!」という八つ当たりの感情は無い。なのでとても不気味である。
「整理すると、高野は自分のいた世界に降ってきた『星』を回収するために来たエージェントみたいなものってことかな。で、その喋るいい性格しているハムスターが相棒と」
 いい性格というのは文字通りの意味じゃないだろう。
「んで、高野は魔法が使えると、僕も実際見たしね、あれはすごいね」
 実際見た太一はその光景を思い出したんだろう。うんうんと何度も頷き、かみ締めるように言った。
「やだなあ、そんなこうとうむけいのへっぽこばなし、じょうだんにきまってるじゃない」
 思い切り棒読みで、高野は魂を口から吐き出さんばかりに生気を失った表情で言った。証拠品(クク)を取り出しておいてその発言はなんだんだ……。
「で、何か言いたいことは?」
 三上先生はデスクに座ったまま、ハムスターを見下した。みおろすじゃない、みくだす、だ。……何でこの人、態度がでかいんだろう。
「…………」
 ククは緊張かなんだが知らないが、口をパクパクさせ高野と三上先生を交互に見ていた。
「太一さんのおっしゃることでだいたい正解ッス」
「じゃあ、違うことを補足しなさい」
 威圧感たっぷりに三上先生は言った。いや、本人としては普通に言ってるんだろうが、態度がそれを裏切っている。めちゃくちゃびびってるよ、クク。少しだけ同情する。
「それはないッス」
「だったら曖昧なことを言わないで」
 ぴしゃりと言い放たれた言葉にククの身はぐらりと傾いた。
「山の中に入ってるのは知ってたけど、こんなことをやっていたのね」
 呆れたふうでもなく、淡々と三上先生は言う。そうか、保健室は玄関に近い。身を乗り出せば、窓から玄関も見える。山に入ろうとすれば見えるかもしれない。それに高野は三上先生と仲が良い……とまでは言わないが、顔見知りだ。知っている人間が山に入ろうとするのを見たらちょいと気になるかもしれない。
「あのう、先生の目的は何ですか?」
 控えめに、でもこれ以上ないほどストレートに高野は言った。
「一応、ここの学校の教師として、危険なことをしている貴女を見過ごすわけにはいきません」
 真っ当な言葉なんだが、態度がやはりそれを裏切っている。だから"一応"ってつけたんだろう。判っているなら態度を改めればいいのに。
「危ないのはあたしじゃなくて、好奇心で見学してる人です」
 不満そうに言う高野。しかし何故単数なんだ。笠木だったそうだろう。これが高野の「笠木は特別」補正か。
「一番危険なことをしているのは、貴女でしょう」
 ぴし、と人差し指で高野を指し、ぴしゃりと言い放った。
「でもっ」
 反論しようと高野は腰を浮かせた。
「あたしは仕事で来てて、この学校にいるのはカムフラージュだし、だから」
「でも、この学校にいる以上、こちらのルールに従わなくてはいけない。そうでしょう?」
 そう言うと、三上先生は初めて俺たち三人を見た。恐怖心からでなく、もっともな言葉だったので俺は素直に頷いた。
「今のところ、私にしか見つかってないみたいだけど、他の先生に知られたらアウトよ。停学まではいかないけど、なんらかのペナルティが課せられるでしょうね。
 それに、先生だけじゃないわ。近所の目もある。『お宅の生徒が山に出入りしてるんですけどなんなんですか』って連絡がきたら、貴女どうするの? 学校側もなんらかの処理をしなくてはいけない」
 近所の目、それはまったく考えてなかった。ここは田舎だ。ちょいと騒ぎを起こしたらすぐに目立つ。目立つのは高野の仕事上、あまりいい話じゃない。
「手っ取り早いのは貴女がこの学校を辞めてしまうこと。でもそれは出来ないんでしょう?」
 三上先生が今話しているのは、高野が仕事を続ける上での、学校にいるデメリットだ。言うとおり、辞めてしまえばそのデメリットは消滅する。でもそれは出来ない。理由は判らないが、毎日通ってきてるんだからそうなんだろう。カムフラージュなんて言っていたが、なんか違う気がする。これは俺の勘だ。あまり当てにしないように。
「確かに、上からはきちんと学校に通うように言われています」
 この年頃で学校に通わないのは不憫、なんて理由じゃないだろう。実際高野はあちらにいた頃は仕事ばかりで学校はほとんど行っていなかったという話しだし。じゃあなんでまたそんなことを高野の上司は言うんだろう。不思議だ。
 それに、学校に通うのは、それだけじゃないだろう……。
「でも」
「でも」
 高野と三上先生の声が重なった。
「でも、貴女はやらなくちゃいけない、でしょう?」
「そう、です」
 なにか含んだような物言いに、高野はもちろん、俺と太一も首を傾げた。
「それで提案がある」
 軽くため息をつき、三上先生はデスクから降りた。そして奥からカバンを持ってきた。なんだろう?
「危険でも部活や同好会にしてしまえば、文句は出なくなる。……たぶん」
 後半一言の声が小さい。不確定かい。
「部活って、うちの学校は六人からじゃないですか?」
 律儀に手を上げて太一は言う。
「そう、五人以下は同好会扱いされるわ」
 初耳だった。
「だから、同好会を作って、学校側の許可を得ればいい。まあ、それでも山なら許可は下りなさそうだけど……ないよりはいいわ」
「なるほど、言い訳を作るって事ですね。で、先生が顧問を?」
「そうなるわね」
 つまらなさそうに三上先生は言う。不本意そうだ。なら何故こんな提案をするんだろう?
「メンバーは、まいまい、希望に芳岡くんにたっちくん。同好会なら問題ないね。一応部長……会長かな? も決めなくちゃいけないのかな?」
 笠木が順々に顔を見て言う。
「一応、書類として出さなくちゃいけないから、そうね。誰がやる?」
 どんどん話が進んでいく。
 いや待てお前ら、なんかおかしいと思わないのか?
「ちょっと待ってくださいッス!!」
 ハムスターのククが、小さな身体で大きな声を上げ、話を止めた。
「待ってッス、待ってッス。先生はその中に入っていたことを本当に信じるッスか?」
「お前がそれを言うか」
「うるさいッス!」
 俺のつっこみは冷たくあしらわれた。
「僕は……まあ、置いといて。舞衣さんが魔法を使ったとか、そんなのどうして信じられるんスか? 他の皆さんは見てるッス。でも先生は見てないッス。どうして?」
 俺が感じた違和感を、ククがもののずばりと言葉にした。
 そう、三上先生は頭っからボイスレコーダーの話を信じている。信じた上で協力しようとしている(だがどこか不満げである)。
 まず信じるのがおかしい。いい年した大人が、こんな高野が言ったとおりの"荒唐無稽のへっぽこ話"を信じるなんて思えない。さらに学校側への誤魔化し方まで進言している。しかもちゃんと同好会という形として提供までしようとしている。
 これはどういうことなのか?
「いいじゃん、ありがたい話じゃないか」
 重要なことなのに、太一は軽く流そうとした。
「あのな、今の状況って教師が生徒の危険な行動を止めないで促してるんだぞ? んなのやっていいのかよ」
 七割くらいの呆れを入れて、太一に言う。もし、止めずに高野が大怪我なんぞしたら責任問題というものが出てくる。知った以上、無視は出来ないだろう。そういうことをちくちく詮索する人間はどこの世界にもいるんだ。……もっとも、この人ならば知らぬ存ぜぬで誤魔化しそうだが。
「それは同好会を作っても変わりないと思うよ。というより、もっと管理責任とか問われることになるんじゃない?」
 ……それもそうだ。書類にして、形にして、顧問なんてものになったら言い逃れなんてもっと出来なくなる。
 なら尚更だ。何故協力する? 形だけでも止めたほうがいい。少なくとも、余計な責任を負うことはなくなる。
「信じるか信じないかは私の自由」
 俺たちの話を聞いていただろう、三上先生はどこか突き抜けた、だが力強い発言をした。これは最初の「信じるか?」という質問の答えだろう。
 確かに、自由なんだが……。なんか違うだろう……。
「理由は……はあ、まあいいでしょう」
 ため息をつき、続けた。
「私の祖母が占い師で、そういう力を持っているのよ。それに小さい頃に向こうの人間と話しているところも見たことがある」
 …………。
 …………。
 …………。
 へ?
 納得できるが、すごいことをさらりと言われた気がする。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
 ククと笠木と太一が同時に驚愕の声を上げた。うるさいとばかりに三上先生はそっぽを向く。俺は声を上げられなかった。ただひたすらに驚きに身体を硬直させ、目を見開くばかりである。
「こっちの人間にも魔力がある人がいるんだー!!」
 笠木、驚くところはそれか!? 正しいが、……なんか違うだろう。
「ええ、少ないけどいるわ。舞衣がいた世界でも、魔力がない人間がいたのと、同じように」
 こっちの世界にもいるんだ……。よく当たる占い師とか、超能力者とかそういうのだろうか。でもこれらの大半は嘘っぱちなんだが……中にいる本物の正体がこれなのか。すごい。
「それと、好奇心ね」
 先生は小さく微笑み、高野を真っ直ぐに見た。大好きな先生に微笑みかけられているのに、高野は無表情だ。というよりも何か考えている顔だ。数学の問題を解いている最中に見せた表情である。
 好奇心、か。俺もまったく同じ理由で高野に関わろうとしているので何も言えない。うん、だってゲームにマンガの世界がリアルで体験できそうなんだ、関わらなくちゃ、損だろう?
「そっかそっか、そういうの知ってたら、ククちゃんもおかしいとは思わないよね」
 合点いったとばかりに笠木は何度も頷いた。
「本当ですか?」
 落ち着いた、どこか冷たい声で高野は言う。場が一瞬でシンと静まった。
「なんか、都合がいい」
 高野の話も似たようなもんだが、俺たちはその現場を見ているので信憑性ならこちらのほうがはるかに上だ。でも、三上先生の話は……確かに、そう言われたらそうだ。決して俺の意思が薄弱とかそういう話じゃないぞ。
「嘘は言っていないけど、信じる信じないは貴女の自由」
 どこか挑発するように三上先生は笑う。先ほど見せた微笑とは違った、冷たい笑顔だ。ちなみにこちらのほうが似合っている。
「……まいまい」
 笠木と太一は困ったように二人を交互に見ている。しかし何でこう、混乱させるような言い方をするんだ三上先生も。
「どうする?」
 三上先生の物騒な笑顔は変わりない。
「信憑性はともかくとして、話自体はありがたいんですよね」
 無表情から一転、困ったように眉間にしわを寄せ腕を組む。
「言い訳が出来るってのも、魅力的ッス……」
 似たような格好で首を傾げるクク。その姿はどこか微笑ましい。少しだけ張り詰めた空気が和らいでいく。
「いいじゃんいいじゃん、作ろうぜ同好会!」
「作ろう作ろう、同好会!」
 乗り気の太一と笠木が明るく後押しする。二人のノリに困惑しつつ、高野は振り返り、俺を見た。何で?
「芳岡も?」
 小首を傾げ、迷いを浮かべて聞いてくる。
「へ、ああ、いいんじゃないか?」
 しどろもどろに返答してしまう。
「うん、そうね、そうしようか」
「ん、ッス」
 ククに向き直り、高野は頷いた。ククも頷き返す。
「で、なんて同好会にする?」
「案外さ、そのままでもいいんじゃない? えっと、天文研究部!」
「それなんか違うだろう」
「それに、それなら勘違いして他の人も来ちゃうよ」
 あ、そうか。あまり人が興味を覚えるような名前じゃだめなんだ。少数精鋭、それがいい。……精鋭って戦うのは高野一人なんだが。
「うーん」
 四人と一匹そろって頭を抱えている。
「あ、先生、そのカバン何なんです?」
 考えるのに飽きたのか、太一は再びデスクに座った三上先生を見た。三上先生は言われて気づいたのか、そのカバンに手を入れた。
 取り出したのは……ゴーグルだった。水泳用のではなく、スキー用の、目周辺を覆っているものだ。レンズの色は透明。フレームは黒、なんだが、細かい金色の線が何本も走っている。そのゴーグルに、全員の注目が集まった。
「そうね、貴方が良い」
 三上先生は太一にゴーグルを差し出した。
「僕?」
 怪訝に思いながらも、太一は受け取った。
「なんですか? これ」
 全員の疑問を口にしたのは笠木だった。
「顧問はやるけど、一応、ここにもいなくちゃいけない。なので代わりの『目』が必要」
 何が言いたいのか判らない。
「これは私のパソコンと繋がっているのよ。このゴーグルで見た映像がパソコンに送られる。まあ、カメラね」
 そんな便利なもの、出てたっけ? 首を傾げる。しかし太一はそんなことは気にならないらしく、早速装着し始めた。
「へー、面白いね。どれどれ、お、ぜんぜん軽い! はー」
「先生、先生、パソコン見せて」
 笠木の言葉に、三上先生はデスクのイスに座りなおし、ノートパソコンの蓋をあけた。すぐさま笠木が立ち上がってそばによる。俺もついていく。
 ものの数秒でパソコンが立ち上がる。三上先生はマウスでテレビ画面のアイコンをダブルクリックする。するとアプリケーションが起動した。動画サイトでみかけるサイズよりもちょいと大きいくらい。そこに鮮明な保健室の映像が流れた。
「どう? 映ってる?」
 首をぐるりを回して太一は言う。映像も太一の動きに合わせて回った。
「すごいすごい!!」
 はしゃぐ笠木。素直に感心する俺。三上先生はインカムを取り出し、ノートパソコンに接続した。
「もしもし」
「おおおう! すげー聞こえる!!」
「あまり大声を出さないで」
 どうやら通信機能もあるらしい。ははー、これなら離れていたところでもじっくり見ることが出来る。
「双方向か。すげー」
 声を抑え、太一は興奮する。
「これがあれば私が現場に行かなくてもいいでしょう。であとでレポート提出してもらえれば完璧ね」
 インカムを外しながら三上先生は言う。……レポートって?
 俺の表情を見て、三上先生は微笑んだ。冷たくはないが、暖かい笑顔でもない。
「ええ、活動日誌はつけておいたほうがいいでしょう?」
「そ、それはそうですが、そのまま書けって言うんですか? どんな同好会か決まってもいないのに」
「ああ、それなら大丈夫。考えておいたから」
 活動日誌を書くというのはいいと思うが、実際書くのは嫌だ。そう思って話をそらしたのに、あっさりと一蹴されそうだ。
「誰も興味を示さなさそうな、名前ですよ?」
 俺の言葉に三上先生は笑った。嘲笑の三歩くらい手前の笑顔だ。
「青大将同好会」
 思考が止まる。
「あおだいしょう?」
「青大将?」
 笠木と太一が言葉を繰り返す。たぶん、判っていない。
「蛇の青大将のことですか?」
 間違っているとは思えないが、一応確認しておこう。
「ええ、今更調べるまでもない青大将の生態を調べる同好会。これなら山に入る理由もあっていいわ」
 そう言われるとそうだが……。なんか嫌な名前だ。思わずげんなりしてしまう。
「そうだね、それいいかも」
 笑顔で笠木が頷く。ちょっとは嫌がれ、女子だろう。
「人が来なければいいんだから、いいんじゃない? つーか名前なんてどうでもいいし」
 ゴーグルに興味津々な太一は反応が薄い。お気楽な二人の神経が羨ましい。
 このままだと青大将同好会に決まってしまうが(別に俺は反対ではない)、一番関わりのある高野はどう思っているんだろう。というか、何で黙っているんだ? 高野が一番口を出さなくちゃいけないのに。
 俺は高野を見た。
「…………」
 無表情だった。けど、怒りが滲み出ている。怒りの矛先は三上先生、か?
 次にククを見た。こいつは凍りついたように固まっている。
 なんだこの反応は?
 青大将にショックを受けた、なんてことはないだろう。じゃあ……なんだろう?
 笠木と太一はゴーグルと映像に気を取られて高野の様子に気づいていない。
 がたん、とさして大きくない音を立て三上先生は立ち上がった。保健の先生の証の白衣を翻し、ドアへと歩く。
「先生?」
「お手洗い」
 声をあげた俺ではなく、高野を一瞥し、出て行った。すぐに高野も立ち上がって後を追う。ククはその拍子に床に投げ出された。
「うおおお!?」
 それで我に返ったんだろう、変な声を上げている。
「なんなんだ?」


 三上先生と高野が帰ってきた後、細々としたものを決めた。
 まず、名前。
 青大将同好会。
 活動内容は「山に入って青大将を探し、観察。そしてその生態を探る」。
 会員は高野舞衣、笠木希望、宮元太一、芳岡祐一の四人。
 顧問は三上洋子先生。
 で、部長ならぬ、会長なんだが……。

「部長はどうするの?」
 同好会を立ち上げるための書類を書いていた高野はシャープペンを置き、俺たちを見た。
 視線が高野に集まる。そして示し合わせたかのように三人と一匹は俺を見た。
「芳岡、と」
「ちょっと待て!!」
 無言の何かは伝わったが、だからって俺がやる理由にはなってないだろう!
「だめ、書いちゃった」
「消せ!」
 高野から書類を奪おうとするが、さすがはスターハンター。考えなしにつっこんできた俺をやすやすとかわし、ついでとばかりにすっころばらされた。どがん! と景気の良い音を立て、俺は身体測定で使う体重計を巻き込んで壁にぶつかった。ひでえ……。

 なんてことがあり、俺になった。
 かなり不本意だが、代わりにレポートは書かなくていいて良いといわれたので了承した。レポートは笠木と太一が書くことになった。高野は戦いで疲れるから初めから期待されていない。で、残りの二人が仲良く書くというわけだ。
 といっても真面目に『星』回収のことを書くわけじゃない。そこら辺は適当に誤魔化すらしい。
「これでいいですか?」
 書き上げた書類を三上先生に提出。
「ええ、大丈夫よ。明日にでも生徒会に出しときなさい」
「え? 先生が受理するじゃないんですか?」
「部活関係は、生徒会に通してから教師に行くのよ。ま、書くこと書いてあるんだから受理されない、なんてことはないわ」
「へー」
 高野と一緒に感心する。うちの学校はそんなシステムなのか。
「ところで、先生。どうしてボイスレコーダーなんて仕掛けておいたんですか?」
 笠木が話と関係ないことを口にした。関係ないが、気になることではある。
 三上先生はにっこり微笑んだ。冷笑の似合う美女の、温もりある笑顔に、なんとなくだが嫌な予感がした。
「前にいた学校でね、私が留守の間に子供を作った馬鹿共がいたのよ」

 ぶはっ!!!!

 男子二人とハムスターが噴出した。女子一名、高野は嫌悪感に顔をゆがめ、もう一人の女子、笠木は数秒きょとんとし、顔を赤らめた。
「それを私がちゃんと指導しないから、なんて言われてね。それ以来頭にきて置いておくことにしたのよ」
 判らなくもないが、でもそれ置く理由になるか? 疑問に首を傾げていると太一が手を上げた。
「ちなみにその二人はどうなったんですか?」
「男のほうは最初は怯えていたけど、女が産むって言ったからそれに付き合ったわ」
「それってつまり」
「卒業してから結婚したわ。女のほうはさすがに中退したけど」
 周囲の声は賛否両論……というよりも否の声だらけだろうが、ハッピーエンドか。
 なんて考えている俺をよそに、三上先生は淡々と言葉を続けた。
「けど、何年か前に離婚したみたいよ」
 ひでえオチ来ましたよ……。眉間に手を当ててうなだれる。
「でもでも、それって録音する理由になってないですよ?」
 笠木が俺が思ったことを言った。そうだと言いたげに高野とククが頷いた。
「たまに使えることが録音されているから、いいじゃない。今回だってそうだわ」
 涼しい顔でさらりと恐ろしいことを言った。何が恐ろしいのかは考えないようにしよう。


 高野の「今日の回収は時間的に無理」という発言が出たところでお開きとなった。
 生徒会に出す書類(といってもプリント一枚)は部長の俺が預かることになった。明日の昼休みにでも出せばいいだろう。
「寄り道してもいいけど、面倒なことをしないで帰りなさいよ」
 とよく判らない三上先生のお言葉を受け取り、俺たちは帰路につく。
 夕日を全身に浴びながら四人はのんびり歩いて校門をくぐった。
 俺の前方には太一と笠木。ついで笠木の肩にククが乗っている。……あまり人通りの多い道ではないがいいんだろうか。喋っているところを見られなければいいから大丈夫、ということなんだろうか。
 高野は俺の隣にいる。いつもだったらさっさと笠木の隣に行きそうなもんだが、今日はじっくりと何か考え事をしているのか、歩みが遅い。太一と笠木のテンション高いトークに巻き込まれたくない俺は、一人にするのもなんだし、高野の速度に合わせゆっくりと歩いた。
「なんかあったか?」
 沈黙が痛くて口を開く。
「ん? んー、別に大したことじゃないよ」
 あったってのは否定しないのか。
「先生がなんか言った?」
 ちょいとつっこんでみる。
「――……」
 何かを言おうとして、やめる。高野の唇が不機嫌を表すように尖ってくる。
「いや、言いたくないなら無理に言わなくていいんだぞ」
「じゃ、言わない」
 あっさりと高野は言うとそっぽを向いた。なんなんだよ……。
「でもさ、先生が味方についてくれるってのはいいことだろ?」
 明るいほうへと話を移してみる。
「それはね。どっかの誰かさんと違って、ちゃんと安全なところにいてくれるしね」
「嫌味かよ」
「嫌味よ」
 正直なやっちゃな。むかつくけど。
「ところで、どうしてお前は先生のこと好きなんだ? 確かに美人だけどさ」
「話をそらしたわね」
 高野を見習って開き直りたいところだが、都合が悪いのでスルー。
「いいけど……。普通に美人だし、何よりあの人を人と思わぬ冷たい態度が好き」
 語尾にハートマークがついてそうな口調だった。
 人の趣味にケチをつけるほど、脳みそは沸いてはいないが……高野の趣味はおかしいと思う。
「タイトスカートってのがまたそそると思わない? もう、きゅんきゅんする」
 語尾にハートマークがついてそうな口調は変わらない。嬉しさ余ってぴょんぴょんと飛び跳ねる高野の姿は無邪気だ。言っている内容はともかくとすれば。
「えーと、お前ってその、そっち系の人?」
 笠木への態度と相成って、そういう考えがどうしても出てきてしまう。ノーマルな女子高生として是非否定してもらいたい。だが、ほんのちょっぴりだけ、肯定してもらいたい気持ちもある。これは悲しい男のサガである。
「そっちって?」
「その、……同性愛のほう」
 恥ずかしいことを言わせないでほしい……。
「え、あ、ちょ、なな、ななななな、何言ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」
 そんな言語中枢がおかしくなりかけるくらい動揺すんなよ。自覚ないのか? あんだけ笠木にべたべたくっついていたら勘違いする奴は出てくるだろうに。
「あたしノーマルです! 恋愛するなら男の人がいいです! 初恋だって……ああ、それはまだだぁ〜」
 聞いてもいないことを言うな。なんて立派な自爆なんだ。けど、自称・ノーマルか。自称ってのがなんか空々しいというか、痛々しい、これは違う。寒々しい……違う。うそ臭い。うーん、違うな。
「だったら、そういう発言は控えとけ。あとあんま笠木にべたべたすんな」
 まあ、あのくらいべたべたくっついてじゃれあってる女子は結構いるけどな。でもノーマルだと言うんだからやめたほうがいいだろう。
「なんで!?」
 真面目な顔で高野は詰め寄ってきた。他の子もやってるじゃない、という気迫ではなく、何故それがいけないことなのか? という気迫に満ちている。そ、そんな重要なことなのか。
 驚き半分、呆れ半分で、俺は冷静に返す。
「その気があるように見えるから。実際真鍋はそんなふうに見ている」
 あれは半分くらい冗談だが、高野にはこのくらい言ってもいいだろう。
「え、そ、そうかな……」
 俺が言い切ったせいか、高野はもろに動揺した。俺は肯定を示すため、首を縦に振る。
「そう、なの?」
 また頷く。
「そうか……。そうなんだ」
 心ここにあらず、そんな高野にトドメとばかりにまた頷く。
「判った、手を繋ぐに留める」
「判ってねーじゃん!!」
 俺のつっこみが、響いてこだまする。前方の二人と一匹が振り返るが、気にしない。
 大声に高野は驚いているが、これも気にしない。しかし、当人の高野は何故つっこまれたか判っていない。きょとんとして俺を見ている。
「あのなあ……!」
 俺は帰り道の短い時間を、高野のアブノーマルな行動と、健全な女子高生について語らねばならなくなった。
 異世界の人間はどっか壊れているんだろうか。
 そんな邪推を思わずしてしまうのは、俺のせいではないだろう。



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