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「キャー!! いやー!! ちょ、やめ!!」
 真上から、黄色い歓声――悲鳴が聞こえる。
「いやいやいやいやあああ!!」
 明らかに、嫌がっている悲鳴も聞こえる。
 ここは体育館のすぐ横にある更衣室。男子が一階で女子が二階だ。
「ちょっとあんた、やめなさい!!」
 いったい何が起こっているんだろう?




スターハンター 05
〜青大将同好会、活動開始〜




 四時間目の体育が終わり、今は昼休み。俺は近くにいる高野に声をかけた。
「さっきの体育の着替えのときさ、上で騒いでたみたいだけど、なんかあったのか?」
 昼食をとっていた高野と笠木の手がぴたりと止まり、一緒にいる西野が頭を抱えた。……真鍋絡みか。
「うん、それは是非聞きたい」
 太一が身を乗り出した。好奇心は好奇心でも性的な好奇心だろう。もちろん俺もそちらに関しては興味津々である。
「そんなの、このわたくし! 真鍋美紗緒がセクハラしまくっているからに決まっているでしょう!!」
 力強く変態発言をする真鍋の顔面にハリセンが炸裂した。
「威張って言うな、馬鹿!!」
 ハリセンの持ち主は佐久間。怒っているというより、今にも泣きそうな顔をしていた。たぶん、情けないんだろう。
「ごめん、本当にごめん。特に高野」
「いや……佐久間くんに謝られても」
 顔を引きつらせ、困惑する高野に佐久間は必死に頭を下げていた。……本来下げるべき人物は西野に首を絞められていた。半分くらい冗談だろうし、止めに入るのはかなり間違いだと思う。
「判ってないわね、浩人。舞衣ちゃんの肌の美しさを!」
 ここで真鍋は西野を振り払った。
「この前足を触らせてもらったわ……。でもそれだけじゃ満足できなかったの。だってそうじゃない? 普段晒されている足があんなに美しいのよ? ならば隠れている身体だって気になるじゃない!!」
 昼間っからこの女は教室中の注目を集め、何を言っているんだろう。
「だから、着替えている後ろから胸を揉もうとしたっていいじゃない!!」
 変態だ。どこに出しても恥ずかしい変態が俺と同じ教室にいて、同じ空気を吸っている。
 やられたことを思い出したんだろう、高野は恥ずかしそうに身をすくめた。
「ぶあかかお前は!!」
 佐久間と西野の怒声が綺麗に重なる。しかし真鍋はめげない。……めげてほしい。
「何よ、直接触ったおかげで舞衣ちゃんってそれほど大きくないけど形は――」
「黙れー!!」
 また声を重ね、佐久間は拳を頭に振り下ろし、西野は額目掛け平手を放った。幼馴染のダブルアタックが綺麗に炸裂し、真鍋はようやく黙った。
「……セクハラされてたんだ」
「うん」
 頬を赤らめ、高野は俯いた。
 恥ずかしいよな、そりゃあ……。しかも相手は女子で、友達か。複雑……のような気がする。
「のんちゃんもね、実は――」
「だ・ま・れ!!」
 すぐに立ち直った真鍋に幼馴染二人が鬼の形相で睨みつける。
「笠木は実は……なんなんだ……くそっ! 聞きたいが、聞いちゃいけない! でも男としての本能が!! うわあああああ!!」
 太一がすぐそばで頭を抱え、苦しんでいた。
「笠木もセクハラされたのか」
 俺の言葉に赤くなって頷いた。
「うん、いきなりスカートめくられて……」
「いや、言わなくていいから!」
 太一が神速を超えたスピードで顔を上げる。そして「あ、僕はいったい何に反応しているんだ、うわああああ!!」みたいな表情になり、再度頭を抱え苦しみ始めた。忙しい奴だ……。
「……もしかして毎回やられてる?」
 そういえば、毎回上できゃーきゃー騒いでいる気がした。
「毎回じゃないよ、美紗緒ちゃん日によってターゲットを変えてるから」
 眩暈がした。
「希望は三回目。まいまいはえっと、一番多いよね?」
「えー? そう言われるとそうかも……でもさすがにブラの中に直接手をつっこまれるとは思わなかったなー」
 箸を落としかけた。話が聞こえていた男子何人かは吹き出していた。……お嬢さんたち、なんて話してるんですか?
「え? 希望、それ一番最初にやられたよ? だからスカートめくりなんて可愛いよね。びっくりするけど」
 また太一が顔を上げ、同じことを繰り返す。小声で「羨ましい」と聞こえたが……気のせいだろう。
「それに、パンツの中につっこまれたわけじゃないしねー」
「ねー」
 俺も吹き出した。太一も吹き出した。幸いお互いに口の中に何も入っていなかったからいいものを……。昼間っから何を言い出すんだこいつらは!?
「ごめん……本当にごめん」
 西野が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいよ、美紗緒ちゃん。冗談半分でやってるし」
 それは半分本気とも取れる。
「うん、美紗緒ちゃんなら平気。女の子だしね」
 男だったら犯罪だ。
「でも皐月にはやらないよね? なんでだろ?」
「それはっ」
 高野の疑問に西野は言葉を詰まらせた。そこで真鍋がまた復活する。クラスの平和のために大人しくしていてほしい。
「皐月はいわゆるマニア受け体型なので、あたしの好みじゃないからよ! 判りやすく言うとまな――」
 西野はゆらりと立ち上がった。音も立てずに真鍋に向かって歩いていく。その後姿に鬼が見えたのはきっと気のせいだろう。
「皐月?」
「皐月ちゃん?」
 高野と笠木を無視し、西野は真鍋の前に立った。珍しく、真鍋が顔を引きつらせ黙った。西野は無表情のまま真鍋の首に手をかけた。ってやばいんじゃ。
「ごめんごめん、さつ、ぐは、くる、くるし! ごめ、さつき!!」
「あああああ、皐月落ち着いて落ち着いて! 殺人は! 殺人だけはだめだから!!」
 本気で謝る真鍋の首を、西野は本気で締め上げ、佐久間が必死になって止めに入った。
 に、にぎやかな昼休みになってしまった。元を辿ればそれは俺の疑問。
「なあ、これって俺のせいか?」
 高野に聞いてみた。
「いや、自業自得でしょ」
 我関せずと弁当を食べながらの一言。救われるはずの一言なんだが、徐々に増える西野を止める人間を見たら素直に喜べなかった。


「美紗緒さんとはいい友達になれそうな気でいっぱいッス! いい酒が飲めそーッス!!」
「なれるわけないでしょうが」
「夢を語るだけなら自由ッス!」
「あ、そう……」
 放課後、青大将同好会メンバー(高野、笠木、太一、俺プラスハムスターのクク)は校舎裏の林を歩いていた。
 きっかけは忘れたが、話の中心は真鍋のセクハラになっていた。
「教室であったことは大体把握してるッスが、他は……特に女子更衣室なんて未知の世界ッス……そこでセクハラ三昧ッスか……同性なもんだから冗談で済まされる……羨ましい限りッス……」
 ここにもどこに出しても恥ずかしい変態がいた。似たようなことを言っていた太一は居心地悪そうに視線を下げた。……まあゴーグルをつけているから正確なことは判らないが。呆れ顔でククを見ていると、視線に気づいたのか、むっとした顔で噛み付いた。
「祐一さんは自分に嘘を吐いているッス! 女子同士のにゃんにゃんにキュンキュンしている自分に気づかないフリをしているッス! もっと自分に正直になるッス!! 解き放つッス!! 自分を!!」
「いいから、真面目に仕事して」
 高野の右肩に乗っていたククを摘み上げ、ゴーグルを付けている太一の顔面目掛け放り投げた。
「にゅッスー!!」
「わあ!」
 慌てて太一はククを受け取る。
『ちょっと、映像が乱れるじゃない』
 ゴーグルから聞こえるのは我らが顧問・三上洋子教諭の声。太一が付けているゴーグルは三上先生のノートパソコンと繋がっている。もちろん物理的ではない。ゴーグルに映るものがノートパソコンでも見れるという便利な話だ。それは前回説明した通りである。
「はい、すみません……」
 謝るのは投げた高野ではなく、太一。少し理不尽を感じるが、高野は一応仕事中だから仕方ない。
「まいまい、いそう?」
「うーん……」
 笠木の問いに高野は唸る。今回もちゃっかり二人は手を繋いでいた。今日の地面は別に濡れてはいない。そりゃあ平地に比べたら歩きにくい場所だが……。いや、とやかく言うまい。
「いるッスよ!!」
 ククは太一の手から素早く駆け上がり、頭に立ってふんぞり返った。
「いるッス、いるッス!! 向こうにいるッスー!!」
 力強く短い腕を前方に伸ばした。
「なら、急いで行かないと!」
「うん、仕事は早く済ましたほうがいいよ」
 笠木と太一がそろって高野を促した。しかし二人ともどう見ても好奇心がむき出しの表情だ。早く化け物を見たいらしい。でも高野は困ったように頬を指で掻いている。あ、そうか。
「離れて見ててほしいんだな」
「ん、うん」
 俺の言葉に高野は少し目を見開いた。たぶん、自分の考えが言葉にされるとは思っていなかったんだろう。
「どのくらい離れている?」
「そんなには。で、動いてないと思う」
 そんな細かいことまで判るのか。
「じゃあ、俺たちは見える範囲で距離を置いて歩こう。五メートルくらいでいいか?」
「うん。あんまり変な動きをしないように。いきなりこっちに走ってきたりしないように。いい?」
 高野は俺たち三人の顔をじっと見て言った。当然俺たちは頷く。
「ククはどうするの?」
 太一の頭に乗っているハムスターに高野は尋ねる。
「ここで見てるッス」
「そ」
 軽く頷き、高野は笠木から手を離した。笠木は高野から離れ俺たちの元へ歩いてくる。
「じゃ、行きましょう」


 程なくして、星の力を得た化け物を発見した。
「あ、小物」
 高野が右手を横に薙ぐように振るうと、槍が現れた。器用にくるくると回転させ、穂先を大地に向ける。一気に地面にいる何かを刺し貫こうとしたところで動きを止めた。
「危なくないから来てもいいよー!!」
 その言葉に俺たち三人は顔を見合わせた。太一と笠木は頷きあい、俺を置いて駆け足でさっさと行ってしまった。俺も歩いて付いて行く。
「祐一、早く!」
「うわ、気持ち悪いねー」
 太一の言葉に足が速まりかけ、笠木の言葉に足が止まりかけた。が、待たせちゃ悪いと思い直し進む。
「今回は何だ?」
 三人と一匹の視線を追う。追った先にはアリがいた。
 アリである。
 白アリのような極悪な生物ではなく、よく見かける黒いアリだ。
 ただし大きさは全部で十センチほどのジャンボサイズだ。ただ、衰弱しているのか動きがほとんどない。
「……これは気持ち悪いな」
「大きくなっただけなんだけどねー」
 普通のアリは小さくてよく見えないから気持ち悪くないってことなんだろう。観察する分にはよさそうだが、俺は生物学者じゃないのでただ気持ち悪いだけである。
「じゃ、仕留めるよ」
 俺たちの返事を聞く前に高野は槍を下ろした。
 声もなく(元々アリは鳴いたりしないが)アリは絶命した。生き物かどうか判らないので表現はこれであっているか不安である。
 いつも通り深緑色の光の粒子が現れ、中空に溶けていく……。残されるのは直径三センチほどの真っ黒い石――星。
「はい、完了」
 軽く言うと高野は槍を手放した。軽く高野の髪を揺らし、槍は風に紛れるように消えていった。その手で星を拾い、懐にしまう。
『あっさりしたもんね』
 三上先生の声が耳に届いた。全員に聞こえているみたいだから、電話で言うハンズフリーモードになっているんだろう。
『その石炭が星なのね』
「いや、石炭じゃ」
 太一のつっこみは黙殺される。
「そうです」
『まだ、時間はあるわね』
 その言葉にポケットからケータイを取り出した。新品の、そこそこ新機種だ。壊れたケータイからのデータ移動は無理でした……。それはいいとして、時刻確認、十六時三十二分。原則として、うちの学校の部活動は十七時まで(もちろん延長しても問題ない。ただ深夜までやると怒られるだろう)。あと約三十分ある。
「どうする?」
「いるから回収する」
 短く判りやすい返答に肩を竦めた。
「距離は?」
「ちょっと離れているかな」
「じゃ、近くなったらさっきの通りでいいな?」
「うん」
「はーい♪」
「ういッス!」
 気がついたら俺がまとめ役になっていた。いいか、部長だし。深く考えず納得しているとククがこちらをすごい目で見ていた。
「なんだ?」
「そっちがいいッス」
 聞こえた太一は頭からククを摘み上げ、俺に投げてよこした。酷い扱いだとククは怒っていたが、面倒なので放っておこう。
 俺は高野の隣りに並び、ククを渡した。ククは高野の手の平から勝手に肩まで駆け上がっていく。逆隣りにを見れば笠木はいない。後ろで太一と談笑している。
「さっきの、武器を出すのは魔法なのか?」
 前々から思っていた疑問をぶつけた。
「うん」
「じゃあ、一日二回までっての一回に入るんだな?」
「それは違う」
 案の定否定した。今までの戦いを思い出すと判るが、風や水を使った魔法は別として、武器を出すってだけなら一日に何度もやっている。短剣、いや双剣か? を右手で一回、左手で一回。そして槍を一回出している。
「えっとね、武器を出すってのは魔法なんだけど、そんなに魔力を使わないの。使うのが、武器を元に戻すとき……えーと、そもそもあたしの武器ってのは土とか水とかがないと作れないの。量は多いほうがいいけど、少なくても出来る。ま、硬さとかに違いが出るけど、些細なことよ。
 そんで、一日二回までの魔法ってのは、その土や水を使って作った武器を、元に戻すときに使うの。武器越しにあたしの魔力を送るわけね。それで土の壁とか水の矢を作り出すのよ」
「なるほどね。二回までなのは……疲れるからか?」
「そう、見てるから判ると思うけど、三回使うとすっごく疲れるのよ。二回も結構しんどいときもあるけど。まあ、攻撃手段として使うときはどうしても絶対量を増やさなくちゃいけないから、魔力を食っちゃうのよね。その上、操作も入るじゃない。だから二回までって決めてるの」
「そうなんだ。じゃあ基本は武器だけ戦うのか?」
「そうそう。あたしそんなに魔法得意じゃないしね」
「ふぅん」
 なるほど。気になっていたことは大体聞けた。
「星を探すのは魔法じゃないの?」
 後ろから駆け足で笠木がやってきた。太一もすぐ隣にいる。
「そういう話はみんなでしなくちゃ、ね、先生?」
 見えないが聞こえている三上先生に言う太一。
『そうね』
 当の三上先生はそっけなかった。気にならないのかもしれない。
「前にボクがやったのは魔法ッスよ。もちろんボクの。もちろんこの宇宙一愛らしいボクの。もちろん次元を超えて美しいこのボクの!」
 止めなかったらこいつはどこまでも自分を褒め称えるんだろうか。
「あたしもククも別に魔法を使わなくても星の位置はなんとなく判るの」
 高野はククを完全に無視して言った。
「魔力反応がある、そういうの?」
「言葉にするとそうだね。感覚としては……そうだな、離れているところからでもテレビがついてるとなんとなく判るでしょう? あんな感じ」
 判りやすい例えだ。
「強く感じると凶暴な化け物になってて、弱いとさっきのありんこみたいに死に掛けてたりする」
 当然といえば当然の話だな。
「さっきのみたいのってよくあるの?」
 笠木と並んで歩くことになった高野はごく自然な動作で笠木の手を取った。何故手を繋いで歩くんだ。やっぱり……百合的な関係……いやいやいや! やめておこう。
「半々、かな」
「凶暴な化け物ってのはむしろ少ないんスよ。いつもはそこら辺にいる虫や動物が巨大化していつもと同じ行動をしてる感じなんス」
 それは初耳だった。
「え? じゃあ前に言っていた『とりあえず害はなさそう』ってそれか?」
「そう。実際見たのはこっちでだけだけどね。向こうは巨大化しただけなんだって。不思議なことに巨大化した生物は、自分が巨大化したことに気づかないの。周囲の同じ生き物の反応も変わるのにも関わらず、ね。理由は知らない。そんで、こっちは何でか凶暴化するのが出てるのよね。この理由も知らないからね」
 俺に聞かれると思ったんだろう。高野は俺に向けて言った。
「あ、じゃあさ、人員増やされるんじゃない?」
 道幅の関係で一人後ろにいた太一が声を上げた。思ってもいなかった言葉なのか、高野は立ち止まった。
 そうか、あちこちで凶暴化されたらとても一人じゃ相手に出来ない。
「あー……それ、ありえるよね、つうか、絶対ある。えー……」
 滅茶苦茶不満そうな顔と言う。
「どうして嫌がるの? 楽になるじゃない」
 何気ない笠木の疑問。
「それは」
 何故か言葉に詰まる高野。不思議に首を傾げると、高野の肩に乗っているククが大声を上げた。
「すったらもん、仕事ほったらかしにして遊びほうけているのがバレるからに決まっているッス!!
 遊び相手はのんさんだけじゃないッスよ! 皐月さんに美紗緒さんはもちろん! クラスメイトとカラオケに行くこともう五回!!
 ちなみにカラオケは密室なのでセクハラされほーだいッス!! ハムスターであるこの身が憎いッス!!」
 ククは本格的に変態だと思う。しかし、遊び過ぎだ。仕事できているなら尚更だ。
「遊ぶなよ……」
「だって、誘ってくれるんだもん」
 頬を赤らめてそっぽを向いた。
「つか、まだ二週間、いやそろそろ三週間か。馴染むの早いな、お前」
 感心していると、三人と一匹が呆れた目で俺を見ていた。
「祐一が馴染もうとしないからそう見えるだけだよ……。うちのクラス、人懐っこいのが多いんだよ」
 ……初耳だった。思い出してみれば大して親しくないのに笑顔で挨拶してくれる人がたくさんいた気がする。それに教科書を忘れたときや、授業中当てられて困っているとき、助けてくれる人が多い、気がする。
「美紗緒ちゃんのセクハラを許しているのが何よりの証拠だよ」
「それはちょっと違うと思うけど……あれは皐月と佐久間くんが頑張っているだけじゃないのかな」
 うちのクラスがそんなんだとは知らなかった。これは無関心にも限度がある。でも一人くらい、つんけんしている奴がいたっておかしくない。必死になってクラスメイトの顔を思い出そうとするが、元々関心のないものを覚えているはずもない。俺は思わず顔を引きつらせた。
「野乃原さんってさ、見た目はつんつんしてるけど、話したらすごい気さくな人だよね」
 それ誰だよ。太一に目で訴える。
「ああ、祐一は知らないか。佐久間の斜め前の女子。目つきがちょっと鋭いんだけど、中身は普通の常識人。加えてお笑い好きの笑い上戸」
「そうそう、歌も上手なんだよ」
「前のカラオケでね、もー素敵だったぁ。希望聞き惚れちゃったもん」
 知っている人たちが、俺だけ知らない人のことを話している……。
「あたしが言うのもなんだけどさ、あんた無関心すぎ」
 高野の言葉が胸をえぐった。
「引きずる気持ちも判らなくもないけど、もうちょっと外を見てもいいんじゃない? 案外楽しいことが転がってるよ」
「え」
 言葉の意味が理解出来なくて、それともしたくなくて、俺は高野を見た。
 どういう意味だ?
 俺はこちらに引っ越してきてから、人と積極的に関わっていない。だから、俺のことを詳しく知る人間なんて家族以外いない。それに高野は俺よりも後に編入してきた。家族と高野に接点があるとは思えない。
 だから、高野は何も知らない。大体一番会話をする太一にだって話してないんだ。無論、話す気なんてさらさらないが。
 ……じゃあ、なんで?
「あ!」
 問い詰めるように高野を見つめるが、はっと何かに気づいたように視線を外された。
「どったのまいまい?」
 笠木が真っ先に反応する。
「星、いる」
 短く言うと高野は笠木から手を離し、駆け出した。
「ああ、希望も!」
「置いてけぼりは――」
 高野の言葉に戸惑いつつも、慌てて後を追おうとする二人の手首を掴む。
「!?」
 声も上げずに二人はこちらを振り返った。
「安全のために、距離を空けような」
「…………」
「…………」
 二人は顔を見合わせた後、黙って頷いた。決めたことを早速忘れていたらしい。


 高野は俺たち四人の中で一番足が速い。比べるのが馬鹿らしくなるほど。だから俺たちはすぐに高野の後を追いかけた。当然のように遅れだす笠木のフォローは太一に任せよう。
 先ほどの言葉の意味は今は考えないで、来るべき戦いのことを考えよう。……戦うのは高野だが。
「へ!? あ、はい! 祐一、そっちじゃない、こっち!」
 後ろにいた太一が急に声を上げ、立ち止まった。振り向けば太一は笠木の手を引いて道なき道を突き進みだした。
「え、でも高野はこっちに!」
「先生からの指示なんだよ! 逆らえるか!」
 少し気持ちは判るが情けないぞ、太一! つっこむ前に俺は太一を追いかけた。すでに高野を見失っていたからだ。どんだけ足が速いんだ、あいつは。
 太一は笠木を庇うように走っていた。枝を払い、膝まで伸びている草を掻き分け進む。当然、普通に走るよりも遅くなる。俺は二人の前に出て、ざっとだが、目の高さにある枝を払った。これで少しは楽になるだろう。
「ここを、真っ直ぐだって」
「何でそんなことが判るんだ?」
『魔力センサーがあったわ』
 答えてくれたのは姿の見えない三上先生だった。
『ただ、直線距離だから、進むのは大変でしょうね』
 他人事のようにそっけなく言う。実際そうだが……。ちょいと腹が立つ。
「高野の位置も判るんですか?」
『ええ』
「じゃあ、こっちのマップに送ってくださいよ。そのほうが判りやすい」
 どうやらゴーグルにも似たような機能があるらしい。便利なもんだ。しかしこれってどう考えてもこちらの技術じゃないだろう。あちらの物だったらどうして三上先生が持っていた?
『それは、追々ね』
 俺の疑問と太一の不満をはぐらかし、それ以降三上先生は口を開かなかった。隠し事があるってことか。でもなんで三上先生が? あちらの人間と繋がっているのだろうか? それとも三上先生があちらの人間だとか? でも高野が編入する前からうちの学校にいたし……けど、祖母の仕事で高野の世界の人間を見たことがあるわけで、でもそれは三上先生が直接関わっているわけじゃない。
 判らん。
 あちらの人間と何らかの関わりがあることくらいしか想像出来ない。けど、何のために関わる?
 言動からして積極的に関わりたいとは思っていないはずだ。何でだろう?
 そんなことを考えつつ無言で突き進む。枝の払う音と足音の沈黙。
「あ!」
 それを破ったのは笠木の声だった。
 唾をごくんの飲んだ。
 高野が戦っている。どうでもいいことだが、頭にククが乗っている。振り落とされないように必死に髪の毛を掴んでいる。
「これ以上は近づかないほうがいいだろう」
 後ろをちらりと見、二人が頷くのを確認する。
 高野は蛇の化け物と戦っていた。たぶん、あれは青大将だ。何の偶然か知らないが、うちの同好会のメインの生き物だ。
 青大将の大きさは……素早く動くので確かなことは判らないが、五メート以上ありそう。太さは直径二十センチほど。目は例によって深緑のぼんやりとした光。
「なあ、蛇って変温動物で、暑いのも寒いのも苦手なんだよな?」
 太一が自分の知識を確認するように疑問を口にする。俺も同じことを考えていたのでそのまま言ってもらおう。
「何であの蛇は吹雪を吐いているんだ?」
 直後、言葉通り、青大将は高野に向けて吹雪を吐いた。マンガやゲームでドラゴンが炎のブレスを吐いているのを想像していただきたい。まさしくそれだ。
 高野は重心を下げ、俺たちから離れるように林の奥へと避けた。高野の後ろにあった木がまともに食らうが、霜一つ降りない。いきなり凍傷! という冷たさではないようだ。
「ダメージは低そうな攻撃だね」
「冷気攻撃をなめちゃいけないよ!!」
 何気ない太一の独り言に笠木が噛み付いた。意外だ。
「見た感じダメージは少ないけど、冷気にはね、凍えさせるという効果があるんだよ! つまり、何回も浴びると、寒くて動きが鈍くなっちゃうの!! だから、なめちゃいけないの!! 前に読んだファンタジー小説に書いてあった!!」
 いい加減な情報元だった。でも、間違いではないだろう。だが、青大将の吹雪攻撃は直線でしか放てない(当たり前のことだ)。さらに一旦停止しなくては出来ないらしく避けやすい。油断しなければ食らうことはないだろう。
 現に高野は青大将の前に立ち、吹雪を吐こうとした瞬間に回避行動、隙をうかがう。ということを繰り返している。
 見た感じ犬や鳥の化け物よりは一段弱い。吹雪攻撃があまり通用しないと判ったのか、直接攻撃もしてくるがあっさりと避けられている。
「いやあ、惚れ惚れするような素早さだね」
 感心し、頷く太一に俺は思ったことそのままを言う。
「戦い慣れてるんだろ」
「でもそれって」
 俺の言葉に笠木は眉間に皺を寄せた。続きは言わない。俺は首を傾げてから高野に視線を戻した。
 高野は足元の石を青大将に向かって蹴り上げた。手で触れているわけじゃないので、これは武器にはならない。が、気をそらせることくらいは出来る。
 青大将は飛んできた石を弾き飛ばした。その隙に高野は懐から何かを取り出し……あれは……よく見えない。
「ライター?」
 目のいい太一が声を上げた。
「ライター?」
 反芻する俺と笠木。火から武器を作り出そうってことか?
 高野は左手のライターで火を点けた。当たり前だが小さな火だ。高野はそれを右手で無造作に掴み、引き抜いた。
 ――まるで鞘から剣を引き抜くように。
「わああ!」
「ひゅう♪」
 笠木の歓声と太一の口笛。
 高野はライターから剣を引き抜いた。長さは百五十センチほど。形は昔のヨーロッパの騎士が持っているのと似たようなものだ。
 その刀身は一瞬だけ燃え盛る炎のように真紅に輝いた。高野が剣を握りなおすと、刀身が陽光を反射させ目も眩むような光を放った。目を開けて改めてみると白銀の刀身へと変えていた。
「火の剣か」
 氷には火、ということか。なんというか、単純で実にファンタジーくさい。
「ああ、もう邪魔!!」
 左手で頭に乗っているククを掴み、俺たちの方へと投げ飛ばした! 涙声の抗議の声が聞こえるが、戦闘中だ。気のせいだろう。
「わっと」
 笠木が両手で受け取ると、ククは勝手に腕を駆け上り、肩に乗った。そして笠木に泣きついた。
「酷いッス! この可愛くて愛らしいこのボクを投げるだなんて!! パートナーなのに、極悪非道にも限度があるッス! 涙で世界が見えないッス!!」
 黙ってほしい。
 笠木はそんなうるさいククの話をちゃんと聞き、いちいち頷いてやっていた。いい奴だ……。ククは笠木に任せて俺は高野を――見守ろう。援護できたらいいのに。
 炎の剣を構える高野。その剣は双剣と同様に柄の部分に丸く平べったい宝石がついていた。色は当然、燃えるような赤。モロ火属性だ。
 剣を構え、高野は不敵に笑った。
「なあ、クク。あれって重いのか?」
 自分の身長よりも少し短い剣を軽々と振り回している。高野の腕を見れば太くはない。むしろ細い。
「基本は軽いそうッス。用途に応じて重さも鋭さも変えるんスよ。便利ッス」
 少しも濡れていない顔を上げ、答える。嘘泣きかクソネズミが。

 ギン!!

 刃物と刃物が打ち合う音がした。
 今まで避けていた青大将の直接攻撃を、高野は真正面から剣で受け止めたのだ。
「こーゆーときに重くして、飛ばされないようにするッス。構えてるからそのまま攻撃に移行するッス」
 ククの言葉通り、高野は剣を青大将へと押し、そのまま力任せに斬りつけた。
「シェギャアアアアアアアアアアア!!」
 青大将が不気味な悲鳴を上げて後ろに飛び退った。腕だけで斬った割には青大将の顔には縦に深い傷が刻まれていた。それも例によってじゅわじゅわと泡を立てて再生していく。
「ね、言った通りッス!」
 胸を張るククに微妙なむかつきを感じる。
「攻撃したときに軽くして、鋭さを上げたってとこかな。でもそれって魔力を使ってそうで疲れるんじゃないの?」
 太一が腕を組みながら言う。どうなの? と笠木がククを見る。
「すったらこと、知らないッス!!」
 俺はククを掴んでそのまま力任せに握りつぶそうと――
「だめだめ」
「気持ちは判るけど、それはだめ」
 二人に止められ、一瞬だけ力いっぱいに握り締めるだけに留めた。
「ぐぎゃ!!」
 気持ち悪い声は無視だ。
 改めて戦いに視線を戻す。
 青大将は回復の時間を稼ぎたいのか、高野から距離を置こうとしている。しかし高野はすぐに距離をつめ、させない。青大将も応戦せざるを得なくなる。よくよく見れば青大将の牙は刃物と同じ鋭い光を放っていた。
 吹雪は使えない。こんな至近距離で隙を作れば一瞬でやられるだろう。優勢の高野には余裕が見られた。
 高野の顔が一瞬強張った。なんだ? と思う前に高野が後ろに飛び退る。高野がいた場所には青大将の尻尾……というか、尻尾か。尻尾が突き刺さっていた。長い身体だ。このくらいの芸当は出来て当然か。問題はその破壊力である。綺麗に地面に突き刺さっている。
 高野が体制を立て直す。同時、青大将も地面から尻尾を引き抜いた。
「今の見えた?」
 太一の問いに俺たち二人は首を横に振った。素人の目に映らない素早さ。土の地面とはいえ、突き刺さっても怪我一つない尻尾。これは充分に武器になる。迂闊に近寄れないじゃないか。
「でもボクの舞衣さんならだいじょぶッス!」
「いつからお前のだ!」
「ぶは!」
 気がつけば俺はククを地面に投げつけていた。
「が、がんばってのんさんにのぼったのにこのしうちはなんスか……」
 無視しよう。が、根が優しい笠木はすぐにククを拾う。そして俺を見据えると笠木は言った。
「めっ!」
 俺は小さい子供か。相手にするのも面倒なので俺はすぐに視線を戻した。笠木の何か言いたそうな顔も無視する。
 高野と青大将は睨み合っていた。尻尾が武器になったからといって、青大将は優勢になっていない。互角にまで持ち込んだってところか。
 青大将が動く。
 尻尾を高野に向かって鞭のように撓らせた。それにすぐ高野は反応して左に避ける。青大将はさらに尻尾を撓らせる。今度は避けずに剣を構えた。しめたとばかりに青大将は尻尾と牙との攻撃を繰り出した。
 高野は青大将を見据え、剣を突き出した。しかしあまりに直線的な攻撃だったため、最小の動きで避けられてしまった!
 まずい! 今の高野は隙だらけだ!
 自分のことではないのに、俺たちは身体を硬くさせた。だが、当人の高野は笑っていた。
「やきつくして!!」
 高野の声に呼応するように、刀身が炎に包まれた。――いや、高野の魔法の理屈からいくとあれは……剣そのものが燃えている!
 最小の動きが災いして、青大将の間近で炎が炸裂した。当然回避行動は間に合わない。成すすべなくあっさりと炎に包まれた。でも、五メートル以上ある身体だ、全身ではない。尻尾が思い出したように高野に襲い掛かってくる!
「――!」
 がし! 左手首を掴まれた。驚いて振り返ると、同じ表情をした太一がいた。
「何するつもりだよ!?」
 何って、そりゃ――
 …………。
 …………。
 …………。
 考えがまとまらない。
「シュギャアアアアアアアアアアアア!!」
 青大将の悲鳴。
 振り返り見れば、青大将の尻尾は高野の槍によって綺麗に斬り落とされていた。
 炎がゆっくりと青大将の身体を包み込んでいく。落とされた尻尾は打ち上げられた魚のように激しくのた打ち回っていたが、すぐに動かなくなった。
「おわり」
 高野は槍をくるくると回転させ、青大将の腹に突き刺した。青大将はびくんと身体を震わせ、倒れた。炎が揺らめき、その間から深緑色の光の粒子が虚空に溶け出した。
「かえっていいよ」
 高野の言葉に炎はふわりと消えた。光の粒子もすぐに消える。残されたのはいつも通りの石炭と間違えそうになる、星。
「みっしょんこんぷりーとッス!」
 笠木の頭に乗って、ククは親指を立て誇らしげに言った。
「何もしてないじゃん」
 俺の手首から手を離し、太一はつっこんだ。
「愛らしいボクの応援があったからこその――」
「さー帰るよー」
 笠木の隣まで来た高野は、笑顔でククを投げ飛ばした。


「二個回収、ね」
 林から保健室に帰ってきて三上先生に報告。といっても太一のゴーグル越しに見ていたんだから簡単なものだ。
「石炭ね」
 星を手に取り、三上先生は言った。
「いえ、ですから星ですって」
「火を点けてみましょうか」
「いやいやいやいやいや!!」
 全員で三上先生を止めた。
「何よ、冗談じゃない」
 冗談に見えないから止めたんだ。生徒とネズミの顔にそう書いてあった。
「じゃあ、表向き活動日誌と本音の活動日誌を書いておいて」
「はーい♪」
「はい」
 太一と笠木が楽しそうに返事をした。
「残り二人は邪魔だから帰っていいわよ」
 何でこの人はこうも酷い言い方をするのだろうか。本当のことだから反論も出来ない。
「本音の活動日誌、手伝う」
 何故か嬉しそうに高野は笠木の腕にしがみついた。
「そだね、戦った本人が書いたほうがいいかも」
「じゃ、僕らででっちあげ日誌を書くか」
 部長が蔑ろにされていっている。が、やりたくないので文句は言わない。疎外感も気にしないでおこう。
 でも寂しいという気持ちもある。
「じゃあ、芳岡だけ帰りなさい」
 春の日差しを感じさせる笑顔で、冷たいことを言うのはやはり三上先生だった。この人は人を傷つけるプロフェッショナルなんだろう。
「先生……」
 あまりの言い草に太一が顔を引きつらせた。ありがとう、お前はいい奴だ。ああ、そうだ、高野に聞きたいことがあったんだった。
「狭いじゃない。どこで書くつもり?」
 確かに余分な机はない。三上先生のスペースを借りるしかないだろう。
「あたしはベッドでやりますから。のんのんたちはそっち」
 高野はそういうとベッドに腹ばいになった。かばんから下敷きを取り出し、ノートにはさむ。
「俺も――」
 手伝いますよ、と続けようとしたそのときだった。
「じゃ、ゆーくんはまいまいのお手伝いね」
 頭の中が真っ白になった。
「ゆーくん?」
 太一が繰り返す。
「ゆーくん?」
 高野とククが声を重ねて繰り返す。
「ええっと、それってもしかして俺のこと?」
 真っ白な頭のままで言う。
「うん! ゆういちだから、ゆーくん!!」
 眩しいくらいの笑顔で笠木は言った。
 記憶の中の、笑顔と重なる。
 でもすぐに赤で塗りつぶされて見えなくなった。
「……帰る」
 酷く呆れたように、肩を落とす。
「んー? 変かな?」
「いやいや、……しかし、ゆーくんね……。十六歳の男にね」
 笑いをかみ殺す太一は無視。
「年齢を考慮してゆーさん?」
 ククも無視だ。
「あーもー、どっと力が抜けた。帰る、帰るぞ!」
 カバンを力なく背負う。そのとき、高野と目が合った。
 何か不思議なものを見る目で俺を見ていた。珍獣扱いされている? そんな馬鹿な。
 考えたくないことを考えないようにするために、思い出したくないことを思い出さないようにするために、どうでもいいことで頭を埋める。
「じゃあ、また明日」
 返事を待たずに俺は保健室から出た。



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