やよ先輩と翔くん 
〜その一〜




 中学生になって早一年。小学生と変わったことといえば、朝、服を選ばなくていいことだ。制服万歳。悩みが一つ減るならば、私はデザインなど気にしないよ!! ま、悩みなんてそんなないけどね!! ちなみに私の悩みは十歳離れた妹が可愛すぎて困ることだ。どうしようあの可愛さは。世界が滅びると思う。つうか三回くらい滅びていると思う。それを幼馴染二人に伝えると一人は「これがナルシーか」としみじみ頷かれ、もう一人には「馬鹿じゃないの」と罵倒される。なんて奴らだ、愛を感じずにはいられない!!
 なんてことを朝から考えているとそろそろご飯の時間だ。ご飯の時間と登校時間の差はあまりないのでちょっと困っている。ちょっとなので問題ない。

 朝ご飯と登校準備の同時進行はなかなか辛いが、睡眠は大事である。なぜなら私は中学二年生、成長期だから!! 朝顔のようににょきにょきと成長するのだ。しかし残念ながら私はそんな成長していない。去年と比べわずか二センチしか伸びてないときたもんだ! 喧嘩を売っているのか私の身体は。しかしまだ中学二年生、まだまだ諦めてはいけない。
 ちなみに幼馴染その一、私を日々罵倒し、それにも飽きてきたのか、最近私の言動を無言でスルー(無視とも言う)し始めた三上さんちの洋子さんは成長期を満喫している。身長、それにともうなう体重。何より、胸。バスト。胸囲。そこのおにーさん、思わずダイブしたくなるほどの成長ですよ。実際したらぐーで殴られた。しかも目に殺意があった。愛を感じずにはいられない!!
 もう一人の幼馴染、真鍋さんちの恭平さんはもともと背が高い。しかし男の成長期は高校生と聞いたことがある。だがやつは毎年毎年伸びている気がする。きっと前世がつくしなんだろうと決め付けたところ、せめて動物にしてくれとのクレーム。もっともだと思い、たんぽぽに訂正。軽く殴られた。れでーに手を上げるとはなかなかの胆力である。胆力ってなんだろう。
 そんな愉快な幼馴染に囲まれるこの私の名は西野弥生である! 現在散々言った通りの中学二年生である! 友達にはよくシスコンなどという名誉溢れる名で呼ばれるが、ちゃんと自覚している!! だって妹可愛い! 私にそっくりで可愛い!! それを差し引いても蝶可愛い!! 持って帰りたいくらい!! 残念、持って帰らなくても私が帰る頃にはちゃんとマイシスター・皐月は家にいる!!
 名前の通り私は三月生まれで、私の可愛い妹、皐月は五月生まれである。お母さんは葉月で八月生まれで、お父さんは睦月で一月生まれである。何かの冗談かと思ったが、本当である。しかし私の両親は安直だと思う。

 そして私は中学二年生の生活を暇している! なぜなら妹は自分の幼馴染連中とばっかり遊びやがってお姉ちゃんに構ってくれなくなったのだ!! どういうことだ!! この前まで一緒に遊んでいたのに!! お姉ちゃんはのけ者か! ばい菌か!
 これをキョンくん――恭平のあだ名である――に言ったところ、奴らも成長したと大人ぶったことを言いやがった。中学二年生の分際でなにを言いやがる! ポーカーで勝負だ!! と挑み、ドローで終わる。だって二人ともワンペアかツーペア、出てスリーカードという低レベルな争いだったから。
 洋子にも言ったが、あやつは基本人に冷たい反応しかしないので、スルーという結果で終わった。たまに鬼かと思うが、それはきっと当分先のことである。


「よって私は生徒会長にでもなろうかと思う」
 幼馴染二人にそう宣言すると、二人は興味なさそうにそうか、そうと言った。反応が薄い。つまらない。
「私は中学を支配するから、洋子は高校を支配してね」
「は?」
 読書していた洋子が顔を上げて、お前何抜かしてやがるみたな表情をして私を見た。
「だが私は本気だ」
「うるさい」
 洋子はポケットに忍ばせているスーパーボールを私の眉間に炸裂させた。痛くないので問題ない。
「じゃあ、いっちょ生徒会に乗り込んでくるよ!」
 二人の反応も返事も待たずに私は飛び出した。



 手続きはあっさりと済んだ。なぜなら誰も生徒会長になんざ立候補しないからだ。いつもは内部指名して、形だけの選挙を行うそうなのだが、今年は指名したけど、指名された人断固拒否したそうだ。理由は判らない。きっと自由でいたいんだと思う。
 とにかく私は立派な生徒会長候補となったので、選挙活動をしようと思う。ポスターを作るのかなと聞いてみたところ、生徒会からのお知らせを各クラスに出し、それぞれの役職の候補者は生徒会前の掲示板に張り出すから必要ないとのこと。気楽でいいや。
 ならば私はより知名度を上げるために部活巡りでもしようじゃないですか。

 最初に科学室に突撃した。友達がいた。鼈甲飴を作っていたので貰った。甘くておいしい。生徒会長に立候補したよと大々的に宣言、惜しみない拍手を受けた。気分良く科学室を後にする。
 次に音楽室に突撃。各パートで練習していた。また友達発見。また生徒会長に立候補したよと宣言、頑張ってねと暖かい声援に包まれた。一人、生真面目そうな男子にそれは判ったから部外者は出て行けと言われた。魂の奥底からふつふつと怒りを感じた。だが選挙活動できた身、ここで暴れるのはよくない。ので、このスカポンタン! と指差して罵倒してから音楽室を後にした。不愉快だ!

 廊下からグラウンドを眺める。
 トラックをぐるぐると回る人たち発見。陸上部かバドミントン部、バレー部、テニス部あたりだろう。体力づくりってことで陸上部以外も良くグラウンドを走っている。何周もしているのでそのうちバターになるんじゃないかと心配している。なった場合はパンケーキにするしかない。
 まだ眺める。
 ぐるぐるトラックを回っている。飽きもせず。奇特な人たちだ。
 一人遅い少年がいる。マイペースに走っている。髪の毛の色が薄い。黒じゃなくてちょっと茶色っぽい。そうか、お日様の光に当たっていたらみんなそんな色になるか。
「うむ」
 少年はずっと一人遅れて走り続けていた。ペースを崩さぬ姿に感動した。
 よし、あの少年に会いに行こう!



 グラウンドに向かうべく廊下を歩く。
 途中でクラスに戻って洋子とキョンくんに手続き完了を伝えようと思ったのだが……、キョンくんは残って宿題をしていたのですぐに伝えられた。頑張れよと応援してくれるキョンくんの存在に弥生さんの心はほかほかです。んで、洋子だ。さすが洋子、私の洋子、何と言っても洋子! さっさと帰りよった。ふふん、予想範囲内。この程度でへこたれるようでは洋子の幼馴染など務まらない。よって帰宅後、襲撃しよう。私と洋子の家は隣同士で、私と洋子の部屋は一メートルくらいしか離れていない。窓から出入りできるのだ。物の貸し借りは便利です。
 それはいーとして。
 グラウンドに行きましょう。


 グラウンドを眺めると野球部がいた。サッカー部はいない。グラウンドは野球部とサッカー部とラグビー部あたりと交代に使っているそうな。大変やねえ。
 んで、さっきの少年はどこの部活だろう。延々とトラックを走るという変態行為をするのは……陸上部かな。胴着を着て、防具をつけていたら剣道部なんだけどね。
 探す。
 走り終えた集団(ぜーはーしている集団のようなものを見つける)。学校指定のジャージを着ている生徒の中に同じく学校指定のポロシャツ、短パン姿の生徒もいる。少年は後者だ! 生足はいいね!! ちなみに洋子の生足は最高だよ!! たまに褒めると無言で睨まれるよ!! 愛されてる私!! 何故これほど酷い反応をされて自信満々なのかというと、洋子は嫌いな人には反応すら示さないから。存在そのものを無視するのです。酷い人でしょう? 酷い人なんですよ!!
 なんてことを考えつつ少年に近づく。クラスメイトを発見し、生徒会長を目指すことを話すと応援してくれた。きみも頑張れと伝えた。何故なら彼は汗まみれの顔で、荒い呼吸で肩を上下させ、足元ふらふら状態だったからだ。陸上部、なんと恐ろしい部だろうか。

 そんな中、少年は一番遅くにゴールしたのに平気そうな顔をしていた。
「すごいねえ、少年。同じところを延々と走ってるなんてよっぽど好きじゃないと出来ないよー」
 私は少年に微笑みかけながら言った。少年は「ん?」という顔をした後、後ろを見て、誰もいないことを確認し、「ああ、自分か」という顔をして頷いた。
「はい、ぼく走るのが好きなんです」
 ほこほこ笑う子じゃのう……。にゅうにゅうする。
「へー」
「歩くのも好きです」
「じゃあ散歩も好きなの?」
「はい」
 近所のおじいちゃんとまったく一緒じゃないか。
「おじいちゃんみたいだね」
「はい、よく言われます」
 少年は嬉しそうに笑った。歩くのも走るのも好きなんだねえ。癒される笑顔に私もにへにへと笑う。ほやーんとした空気が心地よい。
「ところであなたは誰ですか?」
 少年は表情を崩さず問いかける。言っている意味が判らず私は首を傾げた。
 えーと、何しにきたんだっけ……?
 あー……。
 私は手をぽんと打った。
 物の数秒で目的を思い出す、この頭の回転の速さ、さすが近い将来この学校を支配する女である。
「初めまして、次の生徒会長をつけねらう西野弥生と申します」
 深々と頭を下げる。政治家はパフォーマンス土下座が得意らしい。
「初めまして、鳴海翔太です。陸上部の一年です」
「陸上部なんだー」
 茶道部だったらどうしようかと思った。茶道部なんてないけど。
「西野先輩は部活に入っているんですか?」
「ううん、帰宅部。暇だし面白そうだから生徒会長やろうと思ったの」
「ふえー」
 何か感心していた。
 さて、他の人にも顔を覚えてもらわねばなるまい。
「ほいじゃあ、私もう行くね。生徒会の選挙のときは、この西野弥生に清き一票を!」
 私は少年に手を振って別れを告げた。他の部員にもご挨拶。クラスメイトの彼の口に科学部から盗ってきた鼈甲飴を放り込んだ。疲れたときの糖分はよいのだ。

 !!

 私今すごいいいことした!! これは表彰もの!! 偉い私!! 最高私!! 世界よ私を褒め、崇め称えるがいい!!



 生徒会の選挙はあっさりと終わった。冗談のような形だけの選挙だった。対抗馬もいない。信認か不信任かを問うだけの選挙である。それ選挙じゃなくて投票じゃないのかな。
 まあともかく私はあっさりと我が校の支配権を手に入れたのだ。ふははははははははは!!
 悦に浸っていると、洋子の冷たい視線を感じた。
「言いたいことがあるのならば!!」
「清々しいまでに楽観的よね」
 言いたいことを言われました! ちなみに見事当選しても洋子はおめでとうの一言もなかったよ! 予想通りだ!! キョンくんはじめクラスメイト友達その他もろもろは祝福してくれたよ。とりあえず私、この学校を革命する! そう宣言したらほぼ全員に、訳が判らないよと言われた。そのセリフ、そっくりそのまま返してやるぜ!!
 さて、そんな楽しい放課後です。生徒会長になれたのもすべて私のおかげだが、応援してくれたみんなにも挨拶回りをしなくてはなるまい。私は掃除を終えた教室にカバンを置き、グラウンドへと向かった。
 あ。
 私は立ち止まり、家にも帰らずここ教室で読書に励む洋子を見据えた。帰らないのはたぶん帰っても帰らなくても同じ体勢で読書するからだと思うよ。
「洋子、高校生になったら今度は洋子が生徒会に入るんだよ。絶対だよ! 約束だよ!!」
 文句を言われるかスルーされるだけなので、返事は聞かずに出て行った。
 たぶん、あとで「ふざけんな死ね」とメールが届くだろう。鬼のようだ。
 だが、私は本気だ!! と返すので問題ない。


 グラウンドに来るのは今日の五時間目の体育以来で懐かしさすら覚える。
 今日も相変わらず陸上部がトラックをバターになりたいのかぐるぐる回っていた。私が到着したときには休憩タイムに突入していた。なんとタイミングが良いんだろうか。きっと私は世界に祝福されているんだろう。
 休憩中の皆々様と談笑。選挙の話がメイン。
 お、少年がいるぜ!! 私は適当に話を切り上げ、少年の下へと駆けた。
「やっほー少年」
「あ、こんにちは」
 少年の先輩と思われる男子生徒と話していた少年は私を見た。
「当選おめでとうございます」
 ほや〜んと微笑み、少年は祝福してくれる。何と素直な少年だろうか。洋子も見習って……ほしくないとは思わないけど絶対にしないので考えることを止める。
「えへへ、ありがとう」
 嬉しいもんである。
「いやあ、対抗馬なんて絶対出ないと思ったけど、本当に出なかったよー。びっくりだね」
 もしかしたら内部指名された生徒が私を倒すためだけに出馬するかとちょっとだけ思ったのだが、そんなことはなかった。
「みんな興味がないんですよ」
 それはそうだろうなあ、私も暇じゃなかったらやらないもん。
「だよねえ。けど内申点は付くんじゃない?」
 私は内申点をしばらく内心点だと思っていた。普通そうだと思う。何故正解を知ったかというと……なんでだっけな。たぶん、洋子が冷静に馬鹿にしながら教えてくれたんだと思う。ああ、そうだった。むかついてクッション投げつけたら本を投げ返されて、また私がちゃぶ台をひっくり返し、ブチギレた洋子がカッターナイフを投げつけてすごい喧嘩になったんだった。どっちが勝ったかって? そんなの洋子ママンに決まってるじゃん。拳骨されました。両成敗です。
「西野先輩は推薦で高校に行くんですか?」
 西野という苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃない弥生さんです。理由は特にありません!
「私のことは苗字じゃなくて名前で呼んでね。気さくにやよ先輩とかやよ会長と呼んでくれたまえ」
 やよ会長、超オススメ。ちなみに洋子とキョンくんは名前の呼び捨てだけど、仲の良い友達は大体「やよちゃん」って呼んでくれるよ。世界一可愛いマイシスター・皐月は普通に「お姉ちゃん」だ。妹より十年ばかし早く生まれたからって「お姉ちゃん」呼ばわりされるいわれはないよね。
「はい、やよ先輩」
 無難なのを選びよった。つまらん。隣にいた少年の先輩が「お前対応早いぞ」と呆れ気味に少年に言った。まだいたんだ。
「推薦は判んないけど、高校は行くよ。少年は行かないの?」
 高校は行かなくてはいけない。洋子が支配するからである。ランクの高いとこ選ばれたらどうしよう。洋子は顔とスタイルは良いけど、性格は破滅願望があって、人を破滅に導くのが趣味みたいな死ぬほど迷惑な性格しているよ。大丈夫、愛している。うん、で成績がいいの。
「行きますよ」
 ほうほう、君も洋子の支配を受けるか。全力で守ろう。我が名に賭けて!
「ほら」
 私は無駄に胸を張った。成長期なのでそろそろ女の子部分も成長してほしい。洋子を見ていると自分が成長していないみたいで不安になるのだ。嘘です。
「やよ先輩、ぼくの名前は鳴海翔太です」
 突然少年が訳の判らないことを言う。ほら、隣の君の先輩もぽかんとしてるじゃないか。
「うん、知ってるよ。人の名前を覚えるのは結構得意だよ。顔と一致しないけど」
「少年じゃありません」
 年齢的には充分に少年である。
「けど、君が犯罪犯したらA少年になるよ」
 美少年なので……結婚詐欺あたりだろう。私は引っかからない。皐月という心に決めた妹がいるし、それに洋子とキョンくんもいるもん!! 浮気はいけないよ。
「少年Aだと思います」
「そうか、それもそうだね」
 二十六人を超えたらどうするんだろう。あれ? アルファベットって二十六でいいんだっけ?
 なんてことを真面目に検討していると少年、じゃなくて、えーと翔くんで良いや。翔太に少年、しょう繋がり。翔くんの先輩くんが頭を抱えてしゃがみこんだ。どうしたんだろう。
「あれれ? 日射病? 今日もいい天気だもんね」
「先輩、具合でも悪いんですか?」
 私たちの心配を力なく受けると、よろよろと翔くんの先輩は立ち上がって、何か切ない顔をして去って行った。後姿に哀愁を感じる。哀愁って何だろう。
「どうしたのかな?」
「どうしたんでしょう?」
 さっぱり意味が判らない。私たちは顔を見合わせて首を傾げた。きょとんとした翔くん、可愛いなあ。
 周りを見ればそろそろ部活動再開な雰囲気。これはお暇せねば。
「それじゃ、そろそろ部活の邪魔になるから帰るね」
「はい、お勤めご苦労様です」
「これからだよぉ〜」
 何か嬉しくなっちゃうね。
「はい、がんばってください」
 ほや〜んスマイル、可愛い過ぎる。持って帰りたいが、残念、私には皐月という心に決めた妹がいる。あ、けど弟はいないのでアリですね。よし、今度検討してみよう。
「うん」
 弟枠を作るので期待して待っていてくれたまえ。
 そう心の中でつぶやくと、翔くんは嬉しそうに微笑んだ。そのほや〜んスマイルは止めろ!! 私をめろめろにするつもりか!! にゅうにゅうするよう。
「じゃあ、翔くんもがんばってね」
「はい」
 何でか知らないけど翔くんはもっと嬉しそうに笑った。なんか私言ったかな? ま、いっか。
「ばいばい、翔くん」
 手を振って、私は陸上部集団から離れた。
 さて、今日は充分にきゅんきゅんにゅうにゅうしたので帰ろう。
 生徒会?
 明日から明日から!!

 ちなみに洋子からのメールは「ふざけるな馬鹿死ね」だった。
 おしい。



 一ヶ月くらい経てば、生徒会ってイベントがないとそんなやることがないと言うことが判る。そりゃあそれぞれの委員会(生活とか文化とかあるじゃん)を運営するための指示とかなんとかあるけど、そんくらい。
 だから私は各部活を見回ることにした。んで、生徒会で出来ることを探そうというわけだ。暇つぶしにはもってこいだ。何より人の役に立つのだ。一石二鳥じゃないか。私の思い付きを洋子は私の顔を見ただけで判ったらしく、口元を皮肉にゆがませていた。ええい、このひねくれっ子め。親の顔が見たいから、帰りによって行こう。

 私は生徒会室を後にすると、科学室に向かった。甘いものが食べたいからである。うちの学校はまだ給食というありがたい昼食があるので、お弁当と一緒にこっそり堂々とお菓子を持ってくるという非道なまねは出来んのだ。でも教科書にマンガや小説を混ぜて持ってこれるので、休み時間なんかに読書に励む生徒もいる。洋子とかね。キョンくんは真面目なのでパズル雑誌を一生懸命解いている。
 私は科学室の扉をノックしてから入った。今日も鼈甲飴を作っていた。もう科学部じゃなくて鼈甲部にすればいいじゃないか。部長に提案したところ、飴はどこに言ったという建設的な意見が出てきた。なんてこったい。
 何故か大量に鼈甲飴が作られていた。私はそれを何個か貰った。それをポケットに入れて科学室を後にする。もちろん、何か困っていることはない? 生徒会に出来る範囲で、という質問は忘れない。返事は特にナシ。つまらん。よって私は音楽室に向かう。
 音楽室で鼈甲飴を配る。部長さんに科学部と同じ質問をする。返事は同じ。むう。しょげていると、一人の男子生徒に邪魔だからとっとと帰れと言われた。むかっ腹なり。ご先祖様に三回お辞儀してからツーアウト満塁でスクイズを決めてから死ね! と罵倒して音楽室を後にした。
 むしゃくしゃしたので外に出た。今日は生憎の晴天なので野球部を初めとしたお外大好き体育系部活動は元気に汗水たらしていることだろう。変態だー!!

 グラウンドに向かうべく、鼻歌を歌いながら歩く。ポケットの中の鼈甲飴は吹奏楽部に配った。みんな放課後はおなかが減っているもんだ。感謝したまえ。
 ふんふん歌いながら進むと水飲み場があった。外にある水道はなんとなく不衛生な気がするが、用務員のおっちゃんが頑張って掃除しているとこを見たことがあるのでこれは私の偏見だ。
 その水飲み場に見知ったかわゆいお顔があった。
 かわゆいお顔といえば、皐月か翔くんくらいなもんである。これはナーカル碑文あたりに書いてある。実際に見た。夢だけど。
「翔くーん!」
 私は大きく手を振りながら大声上げて翔くんを呼んだ。翔くんはすぐに気づいてくれた。水を飲み終えた翔くんは口元を手で拭い、私を見据えるとほわっと微笑んだ。やめんか可愛いなあ。判りやすく数値化すると0.637皐月くらい。
「休憩中?」
「……はい」
 疲れてるのか、長く息を吐いていた。
「やよ先輩はどうしたんですか?」
「んーとね、生徒会の仕事は終わって暇だから、色んな部活を見てなんかないかなーって」
「診察ですか」
「視察じゃないかな」
「ああ、似てますよね」
「うんうん」
 通りかかった生徒がよろけた。きっと幽霊に膝裏を蹴られたんだろう。お祓いに行ったほうがいい。
「陸上部はなんか困ったことはある?」
 末端である翔くんに聞いてもしょうがないかなと言ってから気づいた。翔くんはうーんと首を傾げ、
「もっとグラウンドを使いたいって先輩が言ってました」
 と言った。甘ったれんな。
「それは野球とサッカーと平等に交代で使ってるからだめだよ。走るだけなら近所でやればいいじゃん」
 私の意見に翔くんはうんうんと頷いた。そして表情を暗くさせた。なんでやねん。
「個人的なことですが、短距離やりたくないです」
「へ? 何で?」
 私は首を傾げた。
「短距離の風景はばーって流れすぐに消えてつまらないんです。中距離はそんなことないです。長距離は長く楽しめるので好きです」
「ふーん、全然判らない世界だよ」
「よく言われます」
 小さくため息をつく翔くんは別に私の理解を必要としてはいなかった。彼もなかなか自分の世界を確立させているようです。でもきっとそれは常識的で優しいんだと思う。もちろん、比較対照は洋子だ! キョンくんには洋子と比べたら大体が優しくなるから比較対照として相応しくないと言われます。私もそう思うよ。
「じゃあ短距離やらなきゃいんじゃないの?」
 私の単純明快な意見は暗い顔で否定される。
「ぼくもそうしたいんですけど、部活の方針には逆らえません」
 まあ部活に入っているならその部活の言うことくらいは聞かなくちゃ駄目だよね。
 けど、ならどうして辞めないんだろう? もしかしてそんな考えがないのかな?
「じゃあ部活辞めたらいいじゃん」
 私の言葉に翔くんはぽかんとし、おおそれナイスアイデーア! みたいな感動的な表情をした。
「それもそうですね」
 翔くんの表情の影が一気に消え去った。
「でしょー」
 翔くんがすぐに笑顔になる。嬉しいなあ。なでなでしたい。にゅうにゅうする。
「走るだけなら他の場所でも出来ますもんね」
「うん、近所でよくジャージ姿のおじいちゃんがジョギングしてるよ。趣味ならそんなんでいいじゃん」
「そうですね」
 すっごく嬉しそうに翔くんは笑う。やだあお姉ちゃん超いいことしてるじゃん。
「はい、じゃあぼく部活辞めます」
 晴れ晴れとした笑顔が眩しいぜ。きっとこれは太陽に匹敵する。
「うん」
 私は翔くんの決断を心から祝福した。



 世界は何事もなく進んでいるが(どこにだ)、我が家ではとてもビッグニュースが到来した。なんとなく日本語がおかしい気もするが、特に問題はない。
 母方の伯母さんのお犬様が出産なさるというのだ。マイシスター・皐月が大喜びする。子犬は可愛いのう。そうさね、0.3756皐月くらい。飼いたい飼いたい飼いたいと暴れる我が妹のその顔は私に似ている。やはり可愛い。親が困っているが、黙っとけばいい話なので同情はしない。冷たい娘だと思うかい? そうかいそうかい。


 そんなこんなで、仕事が特になくても私は生徒会室に入り浸るようになった。居心地がいいのだ。理由は不明。
 放課後をここでほけーと過ごすのも悪くない。大体は部活巡り。案外ね、みんな歓迎してくれるんだよ。特に体育会系は。鼈甲飴持ってくからなんだけど。けど、吹奏楽部はなー……なんかこう、魂から敵対するものを感じるのだ。部そのものじゃなくて、一人の男子なんだけど。何でかなあ……。
「宿敵なのよ」
 読書にふけっていた洋子が顔を上げ私を一瞥して言った。なんで洋子がここにいるかというと、なんとなく誘ったら着いてきたという次第です。まあ意味が判りませんな。キョンくんはさっさと帰った。友達と狩りがなんとか言っていた。恐ろしい話である。ゲームだろう。
「前世で終わっていたはずの戦い……まだ奴の中で決着がついていなかったのか……」
 私は眉間にしわを寄せ頷いた。我ながらさっぱり意味が判らない。
「そんな大げさな話ではない」
 真面目に返さないでよ。
「最強の矛と無敵の楯みたいなもんよ、あんたたち」
「なにそれ、矛盾の話?」
「そう、互いに存在を否定しないと存在意義を失うのよ」
「物騒なことを言うね、相変わらず」
 私の言葉に洋子は鼻を鳴らし、小さく笑って読書に戻った。
「大体ね、私は相手を否定して得るような存在意義何ざ持ってないのだ」
「そうね、あなたは妹を肯定して生きているわね」
「それのどこが悪い! 皐月は宇宙一かわゆいぞよ!!」
 笑顔全開で皐月の愛らしさについて語ろうとすると、洋子は軽くため息をついて荷物をまとめやがった。ここで実家に帰らせていただきますと言われたらどうしよう。
「…………」
 何も言わずに出て行きよった。何か言ってやろうと口を開くが、出てこない。代わりに生徒会役員がやってきたので、不問にしておこう。弥生さん、偉い。まあめんどくさくなったのだ。だって洋子の言うことっていちいち難しい。それに大体悪意がある。
 たまに思うのです。
 なんで真っ当に友達やってるんだろうって。


 そんなアンニュイな気持ちを吹き飛ばしてくれるがために、翔くんはやってきた!! 歓迎歓迎! 超歓迎!! ケーキを用意してクラッカーを慣らしたい気分だ!
 今日も翔くんは超絶にかわゆい。0.6377皐月くらいだ。
「わーい! わーい! 翔くんだ!!」
 万歳三唱のち生徒会役員二人を紹介する。
「翔くんわざわざ生徒会室まで来てどうしたの?」
「ああ、聞いてください。
 ぼく、部活を辞めようと、それを顧問の先生に伝えたんです。そうしたらすごく引き止められたんです。部長も近くにいまして、二人に必死にです。
 ちゃんと理由も言いました。ぼくも頑張って辞めたい意思を伝えたのですが、二人とも納得してくれないんです。確かに短距離を走りたくないって言うのは、ちょっと我侭かなって思いますけど、だけど……だけど……ぼくは自由に走りたいんです。だから辞めたいんです。
 どうして判ってもらえないんでしょうか?」
 困った顔の翔くん、可愛い。
 ともかく翔くんの熱い気持ち、この生徒会長であり、西野皐月の姉である西野弥生がしかと受け取った!!
 頭をカラカラと回転させる。翔くんのこの疑問を解消し、さらにはこの熱意を顧問に届ける確実な策を出してやるのが、私の使命!!
 ぴこーんと思いついた。さすが私、ものの二秒で答えをはじき出した。
「それはちゃんと退部届けを書かないからだよ」
 真剣に聞いていたであろう、生徒会役員うち一人がごががんというけったいな音を立てて机に額を打ち付けていた。私のナイスな案に感動したのだろうか。だったら目の前にいる翔くんのような、賞賛、憧憬、競艇、豪邸のうような羨望の眼差しを私に送るのが大正解である。
「ああ、そうですね。忘れてました。担任に言えばいいのでしょうか?」
「そうだと思うよ」
「判りました。あとで貰いに行きます。そうですよね、ちゃんと手続きを踏まないとだめですよね」
 日本は手続き社会なのだよ。まんざら嘘でもない。
「うんうん、いきなり辞めたいって言われてもそら困るよ」
「ですよねー」
 素直な翔くん可愛い。そうしたポケットのケータイが震えたので取り出した。おおう、キョンくんからのメールだ。

 件名
 本文
 カレーにチョコを入れるとおいしいらしいが
 どのくらい入れたらいいと思う?

 ふむ。
 ぺこぺこと返信する。

 件名 RE:
 男だったらゴーカイにやっちゃいなよ!!

 いい返事だった!!
 翌日キョンくんに、もう弥生に料理のことは聞かないと言われた。
 何故。



 放課後、生徒会の会議が終わるくらいに翔くんが現れた。今日も可愛い。けど、表情にちょいとばかし影がある。
「どしたの? 部活辞めれた?」
 ホットで翔くんが落ち込む話題といえばコレでっしゃろ。
 翔くんは無言でしゅんとしてしまった。なんてこったい。これはこれで可愛いけど心苦しい。ぽんと肩を叩いてからイスに座るよう勧めた。
「一生懸命引き止められます」
「モテモテだね」
 はにかむ翔くん可愛い。
「それでもぼくは自由に走りたいんです」
 少し強く翔くんは言う。そんなん言われんでも判るよう。
 この子は本当に走るのが好きなんだ。それも自由に。記録なんて気にせずに。空を飛ぶ、鳥のように? 鳥は自由かな? それは人の価値観だねえ。
「じゃあ走ったらいいと思うよ!!」
 私は景気良く立ち上がると翔くんの手を取った。暖かかった。三上さんちの洋子さんとはどえらい違いです。ああ、洋子って冷え性なんだよね。
 グラウンドは陸上部がいるから駄目、廊下もいかん。ではどこにしようか。
 …………。
 いいや、科学部行って鼈甲飴貰おう。

 科学部をはじめ文化系の部活を回る。理由は走るのが嫌になったからだ。私は翔くんのことは好きだけど、翔くんの趣味はキョーミないのだ。だって走ったら疲れるし汗臭くなるじゃん。そんなの授業だけで充分なり。
 翔くんと部活巡り。いいではないか。いつもとちょいと違った感が出てますな。
 吹奏楽部も見たけど、今日は我が敵はいなかった。敵なんだから名前くらい覚えてやろうかと思ったけど、その場合名前しか覚えないのであまり意味がない。
 そこそこ巡って生徒会室に帰ってきた。何故か洋子がいた。鍵を見せてくる。あー、カバン置いていったからか。みんな洋子に任せて帰ったんだな。洋子も入り浸っているからじゃあって感じかね。酷い話だ。
 洋子は私に鍵を渡すとさっさと帰った。
 私たちはなんとなく席についてほけーとする。
「翔くん、鳥はどうして自由の象徴なんだろうね」
「空を舞う姿が、開放的だからじゃないでしょうか」
「でもさ、鳥はさ、一生懸命風に乗って、ばっさばっさと羽ばたいているじゃん。大変だと思うよ」
「人はいちいちそんなことを考えていないんでしょう」
 ほほう。翔くん、なかなか考えているな。
「何の話ですか?」
「自由の定義について?」
「疑問系ですか」
「うん、言ってることよく判んなくて」
 よく友達に「やよちゃんの言っていることは判らない」と褒められる。……そうかあれは褒めてなどいなかったか。ある種のクレームだったのか。だが、この西野弥生、省みたところで改善点が判らないのでまったく意味がないのだ!!
「やよ先輩の自由って何ですか?」
「うん?」
 言ってる意味が判らなくて私は首を傾げた。
「ぼくは何にも考えずに、気ままに走っているときに自由を感じます」
 ちょっと表情に影が落ちるのは部活のことを思い出したからだろう。
「うーん、自習とか……それちょっと違うなあ……」
 逆方向に首を傾げて考える。
 自由、自由ね。
 うーん。
 目を閉じる。
 まぶたの裏に青空が見えた。
 空か。
 晴れの空。
 青空。
「うんとね、晴れてる空」
「青空ですか?」
「ううん、別に夜でもいいよ。星も好きだな。
 でもやっぱ昼か。うん、昼だね。
 青空にね、太陽がさんさんしてるのって自由だと思う」
「ふうん」
 翔くんは興味深そうに何度も頷いていた。
「変な話だね」
「そうですか?」
「そうでもない?」
「はい」
 じゃあ変じゃないんだろう。


 それから生徒会室を出た。
 職員室に鍵を戻す前に、明日も翔くんと部活巡りをすることを約束した。
 えへへ、これは楽しみですぞ!!



「今日は翔くんと部活巡りをするのです!」
 給食の時間、私は箸を握り締め、振り絞るように言った。
「やよちゃん、それ朝も聞いたよ」
「大事なことなので確認しました!」
 一緒に食べている友達にも力強く言う。ちなみにその友達の表情は呆れ一色だ。
「嬉しいの?」
「嬉しいですとも!!」
「春だねー」
「訳が判らないよ!!」
「黙って食べなさい」
 洋子の冷たい声に私と友達は押し黙り、給食のラーメンをすすった。この安っぽい麺がたまりませんな。まったくスープと絡まなくておいしい!!


 放課後、生徒会の短い会議を終えてポスター抱えて廊下に出た。そしたら約束通りに翔くんがいた。嬉しくてにゅうってなります。
 二人でてけとーにポスターを張り、部活巡りへ。自分らで作ったポスターのほうが生徒諸君が見ると思うのですよ。なんとなく。
 まずは体育館、バド部、バレー部元気。バスケ部の顧問から用務員のおっちゃんに伝言を預かり。外行く通り道に用務員室があるので寄って行く。

 そして決戦のグラウンドへ。
 今日はサッカー部が奇声を上げながら練習をしている。もちろん陸上部もだ。しかしトラックをぐるぐると走り続けることのなにが楽しいんだろう。バターになるじゃん。
「おんなじ所を行ったりきたりするのと、おんなじところをぐるぐるの回るのだったら、どっちがいいですか?」
「へ?」
 翔くんが突然変なことを言った。だが弥生さんは良い先輩なので真面目に言葉の意味を検討してみる。
 おんなじところをいってりきたりするのと、
 おんなじところをぐるぐるまわる。
 これは……拷問の種類なんだろうか。だとしたら答えは一つ!
「どっちも嫌だよ」
「ですよね」
 私の答えに翔くんは肩を竦めた。
「翔くんは?」
「どっちも嫌です」
 だよねー。
「心理テストかなんか?」
「いえ、心理的無限ループの一環です」
「はい?」
 翔くんは私に一体何を伝えたいんだろう。
「だったら選ぶ話じゃないと思うよ」
「そうですか……そうですね」
 翔くんはほんのちょっとだけ考え込み、納得した。
 しかし心理的無限ループって……トラウマのことかな……。ほら、泳げる人でも海で溺れたら、また海で泳ぐのにためらいがあるでしょ? ちゃんと泳げるんだけど、前みたいに溺れたらどうしようって思ったら引き返しちゃう、そんなの。
 んで、勇気を出して海に入ったら、ちゃんと泳げるんだから、問題なく泳げるの。そんな感じ。
 なんか違うかな。
「ほいじゃ、部活見学と行きますか」
「はい」
 ひょこひょこついてくる翔くんが可愛い。

 陸上部、案の定翔くんは顧問その他に絡まれた。一生懸命引き止められていた。
 私も翔くんの援護に回るが、顧問その他は納得してくれない。嫌がってる人を無理にさせてもいいことはないと思います!!
 むかっときたので、てきとーな理由をでっち上げて、翔くんの手を取ってその場を後にした。不愉快なり!!
 生徒会室に帰るべく校舎内に戻った。私たちは玄関でそれぞれのクラスの靴箱に分かれ、手を離したのにもかかわらず、また手をつないで生徒会室まで帰った。
 翔くんの手は相変わらず暖かくてにゅうにゅうと幸せな気持ちになれる。
 気分は良くなったけど、これからまた部活巡りをする気分にはなれなかったので、今日のところは翔くんとお別れした。



 翌日、我が家に子犬がやってくることになった。
 この前話していた母方の伯母さんのお犬様のお子さんが里子に出されるのだ。んで、うちの可愛い妹の皐月が全力で飼いたいと騒ぎ立て、もともと飼いたがっていたお母さんが了承した。お父さんはちゃんと世話できるかどうかが心配だったみたい。私は……まあいいけど。犬も猫も好きだけど……飼い犬に飼い猫には私懐かれないんだよね。野良の皆さんには良くしていただいている。よく近所の野良猫さんには愚痴を聞いてもらっている。返事は毎回「にゃーん」である。
 別にお犬様を歓迎していないわけではないのです。歓迎しているよ、皐月が大喜びしているしさ。ただ……お姉ちゃんとしては、犬よりも姉に構ってほしいのです。

 今日は職員会議かなんかで午前授業だから、どんなものがいるかペットショップで見てみることにした。皐月を取られることは間違いなしだけど、弥生さんも楽しみなんですよ。お母さんと皐月が選んで一緒に帰ってくるのです。そのためにお母さん今日仕事休んだしね。お母さんもいつになくにこにこしてたから楽しみなんだと思う。良かったねー。
 さて、弥生さんは弥生さんのためだけにペットショップに向かいますよ。結構距離あったから自転車で行こう。
 おっと日差しが強いから麦藁帽子も被らねば。


 しゃこしゃこと河川敷の道を自転車で走る。空の太陽がまぶしくて、風が気持ちいい。幸せ。
 ほわわんと走っていると、なんとびっくり翔くんがジョギングしていた。動きやすそうなカッコしてた。おおう、私服だ。私服でも可愛いぞ翔くん。
 そして翔くんは
「ここジョギングコースでサイクリングコースじゃないですよ」
 などと訳の判らないことを言いやがった。
 お散歩コースをチャリで走ってはいけないという法律はないと思う。ただ、晴れの日にはチャリでお出かけしなくてはいけないという法律はあったと思う。
 そんなことはどうでもいい。
 私は自転車を道のわきに止めて翔くんを芝生へと誘った。川からの風が気持ちいい。
 翔くんに子犬が来ることを言うと、ちょっと羨ましがられた。翔くんのおうちはペット禁止らしい。ご愁傷様である。使いどころを大いに間違える。
「しっかしさ、翔くんは本当に走るのが好きなんだね。学校の外で見ると、お、こりゃマジだぜって思ったもん」
「嘘なんかついてません」
 私の言葉に翔くんは口を尖らせた。
 私はわははと笑い、手をぱたぱたと上下に振って立ち上がった。
「嘘なんて思ってないよ。実際見るとやっぱそうなんだって納得したって言うか確信したって言うか」
 本当に、好きなんだなあって思ったんだよ。
「好きなんだねえ」
 感心する。だってこんな疲れる上に汗臭くなることを好きでやるだなんて、変態だよ。もちろん翔くんには言わない。
 私の気持ちを理解してくれたのか、翔くんは笑いかけてくれた。可愛いやつめ。
「ほいじゃあおねいちゃんはとっとと行くよ」
「下のきょうだいがいるんですか?」
「宇宙一可愛い妹がいるよ!!」
 私は力強く言うと「イェイ!」とガッツポーズを取った。何故なら皐月は宇宙一可愛いからだ!!
 自転車にまたがりペットショップを目指す。いるもの見たら猫さんと戯れよう。
「じゃあね翔くん! また学校で!!」
 大きく手を振って別れを告げた。
 ここはジョギングコースだって? 俺がルールブックだ!! ふわあはっはっはっはっは!!
 私は気分が良くなって全力で自転車を漕いだ。

 ペットショップでは猫とは戯れなかった。みんなしてそっぽ向くの。お姉ちゃん悲しい……。仕方ないのでハムスターを見ていた。夜行性なので寝てた。起きるかもしれないとじっと見ていたが夜行性の名は伊達じゃないらしく、ちっとも起きなかった。
 そんなことをしていたら飽きたので同じ道を通って帰った。

 あ、ペット用品見るの忘れた。



 子犬が着て早一週間。家族みんながめろめろさ!! 我が家のアイドルは我が妹、宇宙一可愛い皐月だったのだが、その座はあっさりと子犬に奪われてしまった。本人は特に気にしていないので問題ない。
 子犬の名前はリュック。背負うのかと聞いてみたかったが、なんとなくリュックって顔してるの!! と力強く言い張るので、お姉ちゃんは特に異論はないのです。一生懸命な皐月は国宝レベルで可愛い。
 んでですね、予想通りで皐月は私を構ってくれなくなったよ!! リュックに構ってばっかりだよ!! リュックはうちにはまだ慣れてないからご飯もロクに食べなくて皐月が心配しているよ。頑張って手渡しで食べさせてる。繊細だなリュックよ。
 ちなみに犬種は雑種じゃなくて、ポメラニアン。かわゆい顔しております。

 今日も今日とて学校です。
 生徒会長は用もなく生徒会室に入り浸りますが、仕事はそんなにねーですよ。なのでいつも通りに部活行脚です。

 ぶー、ぶー、ぶー。

 ポケットの中でケータイが揺れる。ほほーう、メールですな?
 ノックもせずに科学室の扉を開けて近くのイスに腰掛けた。友達がやってきて鼈甲飴を構えている。「あーん」と言うので口を開けた。鼈甲飴が放り込まれる。甘いでござる!!
「さて、誰かねえ」
 誰から来たのかなとのほへーんとメールを開く。
 おや、野球部の友達からだ。なになに、今日は顧問がいないからバント練習で遊んでかね? ですと。おいおい、そんなフリーダムでいいのかい? 喜んで行くに決まってるじゃないか。
「もっと飴がほしいでござる!!」
 要求したら部長がたくさんくれた。いいやつめ。
「ほいじゃあ、今日はこの辺で失礼するよ」
 しゃべってかないの? と残念がられましたが、理由を言うとあっさり開放してくれた。諸君、私は野球が大好きだ。

 口に放り込まれた鼈甲飴には何とくしがついていた。ペロペロキャンディか!! 正式名称はそれなのかは知らない。飴はすでになく、棒だけである。仕方なし私は侍のようにくわえることにした。ゴミ箱は廊下にないからどっかの教室に入んなくちゃだねえ。
 いったん生徒会室に戻って、カバンを取って鍵をかける。今日はもう野球部と遊んだら帰る。
 のほほーんと歩いていると、正面から見覚えのある少年が! 少年は私に気づくと微笑んだ。
「こんにちは、やよ先輩」
「やあ翔くんこんにちは、よく会うね」
「はい」
 私はポケットに手を入れ、鼈甲飴を取り出した。
「あーん」
「あーん」
 翔くんは素直に口を開ける。まあ、あーんって言われたらあーんって言って口を開けなくちゃいけないって言う法律もあるからね。
 おいしいのか、にこにこしている。可愛いやつめ。
「退部できるよう、担任の先生に相談したら、話をしてくれると言ってくれました」
「へえ、良かったね」
 話の判る先生もいるんだね。普通はそうか。
「良かったです」
 嬉しそうに笑われると、こっちも嬉しくなってつられて笑っちゃうよね。
 私たちはにはにはと笑いあった。
 良かった良かった。これできっと翔くんは自由になれるだろう。
「やよ先輩はこれから部活めぐりですか?」
「そうだねー、今日は野球部の顧問がいないから、バントの練習に混ぜてもらうのだ」
「楽しそうですね」
 練習だから楽しくはないと思う。
「じゃあ一緒に行こう」
 翔くんに手を差し出すと、翔くんはちょっとだけ驚いて、けど躊躇いもなく私の手を取った。
 翔くんの手は、いつだって暖かい。

 野球部のバント練習というのは、バント時の守備練習のことである。部員数はそこそこいるのに何故だろう。翔くんも一緒でちょっと驚いていたけど、歓迎してくれた。
 バントをするためにバットを横に倒してボールに当てようとするが、なかなかうまくいかない。シロートですもの、あたりまえじゃん! とブチギレた私はバスターばっかりやった。振って当てるくらいならできるよ!! 何故なら野球好きのお父さんと小さい頃、よく遊んでいたからだ。昔のお父さんは好きだよ。
 翔くんもバントをやってみたけどなかなかうまく当てられない。当たっても前には転がらず、上がっちゃったり、後ろに行ったり。キャッチャーいい練習になったな。あと翔くんは塁に行って盗塁の練習もやっていた。野球はやったことがないと言っていたから、出るタイミングが判らず、さされまくり。当たり前だ。けど、翔くんは楽しそうだった。ならいいよね。
 最後に紅白戦を見た。野球を見るときはどうしても口が悪くなってしまう。
 その後、野球部の友達とちょろっと話をしてから翔くんと帰った。野球部の彼は私と話すときいつもハイテンションで面白い。
「さっきの人と仲がいいんですか?」
「んー? うん、クラスの男子の中では結構話すほうかな」
「ふーん」
 ちょっと不満そうな翔くん。お、これってもしかして嫉妬しちゃってるのかな?
 だったら嬉しいな。




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