やよ先輩と翔くん 
〜その二〜




 そろそろ学校祭である。
 クラスで何をやろうが知ったこっちゃない(生徒会が忙しいでしょと何故かみんな優しかった)が、生徒会のほうはそうは行かない。何故なら私は長だからだ!!
 リーダー! リーダー! リーダー! リーダー! リーダー!
 うちの学校祭にはクラス発表のほかに生徒会発表というものがある。文字通り生徒会役員が何かを発表するのだ。けど、クラス発表もあるからそんな大掛かりなものは出来ない。私は快く送られてきたけど、みんながみんなそうって訳じゃないからね。
 それに持ち時間も少ない。あくまでもクラス発表がメインで、こっちはおまけ。つまらん。
 そして最後のとどめで、みんな乗り気じゃない。クラス発表に力を入れたい人と学校祭そのものが面倒な人(ならなんで生徒会なんて面倒に入ったんだろう)と運営こっちなんだぞふざけんなという文化委員長で、やる気なのは私くらいだ。
「会長が歌でも歌っとけ」
 とか副会長が言い出したので、おばちゃん歌ってやんよ!! となった。何かするのはいいけど、その何かをするってのを考えるのは面倒なんだよね。だから即採用!
 何を歌おうかなと思っていたところに、翔くんがやってきた。
「こんにちは」
 私だけでなく他の生徒会役員にも挨拶をする翔くんは人として普通の行動をしている。
「あれ、翔くんはクラスの準備はしなくていいの?」
「はい、任されたところはやりましたので」
 おおう、実は要領がいいタイプなのかもしれない。
「お、ならさ――」
 文化委員長が嫌な笑顔を浮かべて翔くんに仕事を頼みやがった。翔くんは私と話してたのにー……。
「会長は今のうちに何歌うか決めときな」
 意地悪そうな顔をする文化委員長の眉間にチョップを食らわせておいた。

 次の日も翔くんは遊びに来た。今度は副会長が私から翔くんを奪った。ブーイングの後に眉間にチョップ。いや私も仕事がありますよ。パンフに載せる生徒会長のお言葉みたいなの。何ですかそれ。真面目なことを書かなくちゃいけないので大変困りますよ。
 そのまた次の日も翔くんは遊びに来た。挨拶をした後、文化委員長にさらわれた。無言の飛び蹴りが決まった。
 その次の日も来て、そろそろ生徒会全員が翔くんもメンバーだと思い始めた。だって、みんな仕事手伝わせてるんだもん。ぶーぶー、翔くんは私に会いにきたんよう。なのにみんな酷いよう。
 歌う曲はみんなが知っている曲がいいだろうということで流行歌を選んだ。問題があるとすれば私はその歌を知らないということだ。キョンくんがそのCDを持っていたので借りて、おうちでエンドレスリピートで覚えています。嫌になったら洋子の部屋に襲撃をかけてたたき出されます。文字通りですよ。屋根を転がって地面に落ちたけど、芝生だからそんな痛くなかった。洋子はママンに怒られていた。きっと反省はしていない。
 二日くらいで覚えたので、生徒会室で披露した。翔くんは今日は来なかったので、このまま当日までのお楽しみにしておこう。
 んで、感想は「お願いだからやめてくれ」というのが多数。どういう意味だろうか。いやいや、会長は歌うよ! 全力で歌うよ!! と力強く宣言して生活委員長の子が泣いた。訳が判らないよ。
 学校祭ギリギリになってもみんなは「やめてくれ」と言ってきやがった。何が不満なのだろうか。

 そして当日。
 私は力の限り歌った。魂を込めた。
 だからだろう。なんと二人も感動で倒れたそうだ。私の歌は人を倒す力があったのだ。なんと言う感動。生徒会のみんなの反対を押し切って歌ったかいがあった。副会長だってさ、涙流して感動してるんだよ? 一番止めた人がだよ? いやあ、私ってばすごいねえ。
 そういえば、洋子とキョンくんには事前に歌うって知らせていたんだよね。だから二人の反応は薄かった。んで、知らせたその日に薬局に行ってたんだよね。何買ったのーって聞いたら二人揃って「耳栓」と答えたんだよ。あれはどういう意味だったんだろう。

 休憩時間に翔くんとちょこっとお話できた。
「お疲れ様です」
「うん、ありがと翔くん」
 引きつった顔の翔くんを見るのは初めてだ。
「いやあ、大声出すのってすっきりしていいね!! あー楽しかった」
 私の言葉に翔くんはちょっと困った顔をして、それから微笑んだ。



 学校祭が終わったら、あとは冬休みを待つだけである。期末試験? 日本語でおーけー。訳が判らないよ。
 今日も今日とて部活巡り。勉強など嫌でござる!! まあ……あれですよ。うちの可愛い妹の皐月がですね、犬のリュックにばっかり構ってですね、お姉ちゃんは寂しい限りなのですよ。寂しいよう。
 今日はいつもと逆のルートをたどることにした。まあ最後に科学部に行こうってこと。そうしたら科学部の顧問である理科の先生と廊下でばったりと会って、ダンボールを渡された。中身はごみだった。ごみってか、欠けてるビーカー、試験管。ごみか。捨ててきてって話です。いいですとも!!
 科学部顧問に任せとけ! と親指を立てたかったが、手がふさがっていた。残念。
 私はそいやさあ!! とダンボールを抱えた。歩くたびにがちゃがちゃ言って面白い。
 えっちらおっちら歩く。階段は危険だねー。危ないのでそのまま降りないで生徒会室の近くの道を通ることにする。したら翔くんがこっちに向かって歩いていた。何か嬉しそう。
「わ、翔くん、嬉しそうだね」
 私に気づいていなかったららしく、翔くんはすごく驚いていた。
「やよ先輩! すごいです、会いに行こうと思ってたんですよ」
 何がすごいんだろう。
「ええ、そうなの? いやあ、嬉しいなあ」
 頭をがりがりとかきたかったのだけど、両手が埋まって残念極まりない。仕方ないので嬉しさを表すために身体を揺さぶった。がしゃんがしゃんと物騒にビーカーたちが音を立てる。翔くんがぎょっとしているので中身を見せてあげた。
「理科の先生にばったり会って、暇ならこれを捨ててきてくれって頼まれたのだ」
「やよ先輩は雑用ですか?」
 ちょっとむっとしている。
「あはは、そうかもね。でも暇だからいいんだよ」
 弥生さんは心が広いので雑用押し付けられても怒ったりはしないのさ。
「でも重そうですね、ぼくが持ちますよ」
 なんと言う紳士! しかし仕事を任されたのはこの私! 颯爽と断るが、翔くんは譲らない。そういう歌があった気がする。
「でも重いでしょう?」
「うん」
 根が素直なので頷いてしまった。
「じゃあぼくが持ちます」
 何故嬉しそうに笑うんだ。
「重いけど、持てるから大丈夫だよ」
「じゃあ半分持ちますよ」
 むう、何としてでも持ちたいのか。判った、その心意気買った!!
 私はダンボールを廊下に置いた。置いて気づいた。ちょっと持ち手をずらすだけで半分こできた。まあいいや。
「じゃあ、翔くんはそっちを持って」
 私の言葉にまた嬉しそうに笑う翔くん。なんだなんだそんなに持ちたかったのか。
 二人でどっこいしょーと持つとさっきと比べて格段に軽くて笑いそうになった。おのれ科学部顧問兼理科教師め、私が力持ちだと見抜いたな!?
 ゴミ捨て場でてきとーに分別して捨てる。確実に判ることは、ガラスは燃えるごみじゃない。
 その帰り道に翔くんはすっきりとした表情で言った。
「ぼく、退部できそうです」
 にゃんと!
「へえ、良かったね!」
 念願の開放だ! 私は嬉しくなってぴょんぴょん跳ねた。
 でも手続きが面倒なので晴れて自由の身になるのは冬休み明けだそうな。細かい手続きは休み期間に、ってことらしい。さっさとやったほうがいいと思うけどね。
「冬休みは何をするんですか?」
「だらだら遊んで最後の三日で宿題を泣きながらやっていると思う」
 いつも通りの長期休暇である。
「判っているならコツコツやればいいと思います」
「放っておいてほしいんだよう」
 時に翔くんは酷いことを言う。翔くんなので許す。ちなみに洋子もキョンくんも休みの最初のほうに宿題を終わらせるタイプだ。そして洋子は日記の宿題を「特になし」で統一したつ勇者である。もちろん、怒られていた。しかしそんなことを気にする洋子ではない。毎年やってた。
 話を変えよう。
「翔くんは? やっぱり走るの?」
 翔くんったらやっぱこれでしょ。
「そうですね……早朝ジョギングに挑戦したいです」
「何で朝?」
 寒いのに……。
「やったことないからです」
 理由は単純にして明快。やったことないなら気になるわな。
「好奇心が旺盛なんだね」
 翔くんは何故か首を傾げた。違うの?
 生徒会室に戻って二人でだらだとおしゃべりした。いやあ翔くんとのおしゃべりってなーんかいいんだよねー。気楽ってかなんていうかさ。
 洋子とキョンくんと話してても楽しいけどさ、翔くんはさ、楽しいだけじゃないんだよね。それが何かは良く判んないけど。
 けどさ、翔くんも私と話してて楽しそうだから、それでいーじゃんって思います。



 冬休みは年末年始がある。クリスマスと大晦日とお正月があって、イベント尽くし。だからみんな好きだ。
 私は大嫌いだ。

 朝、お父さんがみんな(お母さんもパートのおばちゃんしている)休みに入ったら、おじいちゃんのうちに行こうと言った。
 すーっと全身が冷えて、私は「リュックがいるからいかないよ。リュック、車嫌いだもん」と言った。そう言ったら皐月が全力で同意した。皐月はリュックの嫌がることはしない。そして嫌がることを強要する人を嫌う。病院は頑張って毎回説得している。……最後は力づくだけどね。
 お母さんも反対した。そりゃそうだ、父方のおじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんのことを嫌っている。理由はよく知らない。ついでに私も嫌われている。これも理由は知らない。知りたくもない。そして私も自分を嫌う人間を好きになることはない。
 昔のお父さんは好きだった。
 今のお父さんは私たちの意見も聞かずに自分の実家に連れて行こうとするから嫌いだ。
 連れて行く理由はたぶん、ご機嫌取りじゃないかな。親戚がうるさいんだって。
 一回ね、すごく抵抗したの。あれ、皐月が生まれる前かな。そうしたら、お父さんにほっぺたをぱーんて叩かれた。その瞬間、もういいやって思った。
 その日のこと、よく覚えている。お父さんとお母さん、ずっと喧嘩してた。お母さん、皐月を妊娠してて、お腹がおっきくて「もうすぐだよー」ってにこにこしてたのに、あの日はずっと怖い顔して怒ってた。私のために怒ってくれた。
 お父さんは私の顔を見て顔を強張らせた。殴りたいなら殴ればいい。私はいい。けど皐月に手を上げたら殺してやる。


 朝から憂鬱だった。
 洋子はいつもはさっさと登校しちゃうんだけど、今日はキョンくんの家の前で待っていてくれた。
「お母さんが、皐月も連れて泊まりにおいでって」
「犬臭くなるからいいよ」
 リュックは皐月の後なら、トイレとお風呂と病院と学校以外ならついていく。
「恭平と美紗緒も来る」
 美紗緒というのはキョンくんの妹で、うちの皐月と同い年です。キョンくんにちっとも似ていない可愛い子です。0.64219皐月くらい。
「団体さんだね」
「ええ」
 私は洋子の片手をぎゅっと握り締めた。
 キョンくんが出てきて、もう片方の手でキョンくんの手を握った。
「美紗緒は洋子はともかく弥生とお泊まり出来ると大喜びでハイテンションで、やかましい」
「ありがたいことですな!」
 二人とも私の手を振りほどったりはしなかった。
 事情を知っている二人は私を否定したりはしなかった。
 キョンくんの手は硬くて暖かくて、洋子の手はいっつも冷たい。
 けどそれは私にとって何よりも大事で大切な温度だった。
 嬉しくて悲しくてしょうがなかった。
 翔くんに会いたくてしょうがなくて、会いたくなくてしょうがなかった。
「そうそう、弥生。いいものをあげよう」
 なんでここで翔くんが出てくるのかちょっと良く判らなかった。深く考えようかなと迷っていたとこにキョンくんが何か言い出した。
「ふえ?」
 キョンくんは懐から紙切れを取り出した。
「うちの誰もが興味を持たない映画の割引券だ」
 キョンくんは興味があっても暗い場所には行かない。暗所恐怖症なのだ。それを頑なに認めてくれない。キョンくんは何気に頑固なのです。
「CMを見たこともなくもない」
「行ってこいよ」
「気晴らししてくれば」
 洋子が割引券を見ながら言う。
「洋子は?」
「馬鹿じゃないの?」
 後でレンタルするのか。でも洋子が興味があるって何かすごい。
「うん、じゃあ見に行く」
 住宅街を抜けたところでそれを受け取り、二人から手を離した。
 キョンくんはいつも生ぬるく優しいけど、洋子って人がこー結構弱ってるなーって時に柄にもなく助けてくれるんだよね。


 誰と行こうかな……なんで二枚なんかな……。
 皐月は散歩以外で外出しなくなったし(それはそれで問題だろう)、キョンくんも洋子も駄目なら……翔くんしかいないよね!
 てことで放課後、翔くんを探しに行った。クラス知らないなあ……。よくよく考えたら一年生ってことしか知らないや。
 さて、どこを探したらいいのやら。とりあえず生徒会室にカバンを置いてそっから探そう。仕事? もうないと思う。
 職員室によって鍵を掻っ攫う(ちゃんと先生から受け取った)。一番乗り(当たり前)で生徒会室に入った。誰も掃除をしないこの部屋は汚かった。でも洋子の部屋よりはだいぶ綺麗。洋子は部屋が汚かろうが綺麗だろうが気にしない。たまに掃除機をかけているけど、それは埃っぽいのが嫌なだけだと思う。あと、洋子のママンに言われて仕方なく。キョンくんの部屋は綺麗なんだけど、汚すのは妹の美紗緒ちゃんである。遊びに来て汚して帰っていくそうだ。見習いたい。
 さて、翔くん探索の旅だ。鍵はどうしようかなと思っていたところに役員が着たので渡しておく。試験勉強をするとか言っている。訳が判らないよ。

 廊下を元気よく歩いていると、なんと目標発見!! その後姿は紛れもなく翔くん!! 特徴としては一般男子生徒って感じ! あとは髪型かな!! 翔くんの髪の毛はね、柔らかそうなんだよ!!
 私は翔くんの名を大声で呼びながら爆走した!! そう、一斉風靡したミニ四駆のように!! 例えが微妙だ。
「しょーーーーーーーーーーくーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
 激突。翔くんは倒れそうになったが、頑張ってこらえてくれた。ありがとう。
「やよ先輩」
「やあやあ翔くんやっほー!」
 翔くん見たら元気になったよ!! 翔くんって癒しの力があるんじゃない!! ちょ、これはテレビが呼べますよ!!
「嬉しそうですね、何かいいことあったんですか?」
 すったらもん翔くんに会いたかったから会えたからに決まっているじゃないか!! 当たり前のことを聞かないでよう。
「うん、翔くんに会いたいなって思ったら翔くんがいたの!」
 嬉しくって翔くんをぎゅううっと抱きしめた。翔くん、顔が赤くなった。おおう、よく考えたらこんな近くで他人の顔を見るという経験はあんまりないですね。皐月と洋子とキョンくんにはこうぎゅううって良くやるけど。ちなみに真ん中の人はすごく嫌そうに私を引き剥がします。
 しばし翔くんにじゃれていたら副会長が不愉快そうな顔をして私たちを引き剥がした。酷い。しかも「公衆の面前でなにイチャついてやがる」という暴言まで吐きやがりました!! 生徒会長に向かって何たる発言! サンタルチア!

 その後、翔くんを映画に誘った。快く受けてくれた。ありがとう嬉しい。
 連絡手段としてケータイのアドレスげっと。そいや今まで交換していなかったな。学校で会えるからいーやと思っていたけど、メールでお話しするのも楽しそうだね!!



 本日は晴天なり。
 何と今日は翔くんと映画を見に行く日です。具体的に言うと土曜日です。そろそろ試験ですが勉強などということはしません。映画館で勉強とか……頭沸いてるよそれ。
 さて、どんな格好をして行こうかねえ。とりあえず帽子は確定。何故なら帽子は身体の一部だからだ。眼鏡だったかもしれない。
 ふふふ、現在時刻は六時四十五分、待ち合わせは十時。楽しみすぎて早起きしてしまった!! 遠足前の小学生か!! ふふん、この弥生さん、遠足ごときで早起きなどせぬ!! むしろ寝坊した!!
 まあ、まだ時間あるからあとで決めよう。それよかお腹減ったんだから。
 がたがたと大きな音を出したつもりはなかったけど、私が動いた音でリュックが起きたようです。居間にある自分の寝床からむくりと起き上がり、テーブルの上に出しっぱなしになっていた、散歩に行くときにつけるリードを咥えています。
 仕舞っといてよ……皐月……。
「…………」
 お行儀良くおすわりして、私をきらきらした目で見上げています。
 散歩に行きたいでござる!! のサインですな。私が勝手に連れて行っていいのかな。いっつも皐月だからさ。そりゃ私もたまに一緒に行くけど。私一人というのは……初めてじゃないかな。
「へいへい、皐月はどうしたんだい?」
 しゃがんで頭をなでてやると嬉しそうに飛びついてきた。顔面にパンチがヒット。わざとじゃないから許す。そして肩に手を置いて、私の顔をべろべろと舐め始めた。
「おおう」
 リュックは家族みんなに懐いております。まあ当たり前だけど。けど一番お世話する皐月が一番好きみたい。次はお母さん。お父さんはどうなんだろう。私と同じくらいだったら嫌だなあ。
「ねえ、皐月寝てるんじゃないの? いいの?」
 私は舐められつつ、頭を撫でてやる。リュックは嬉しそうに尻尾を振って、人の話を聞いている感はまるでないです。とりあえず落ちたリードを拾うと、リュックは玄関へと走って行ってしまった。
「……オーゥ」
 弥生さんは小さな子供の期待を裏切るような人間ではないのだ!! 皐月は寝てるからいいだろう。
 てことで私はちゃっちゃと用意を済ませてリュックと朝のお散歩に出かけた。

 散歩から帰ってくる。皐月が起きる前にだったので問題なし。朝ご飯を勝手に作って食らう。リュックの「わしも欲しいじゃけん!」攻撃を華麗に避ける。ちなみにリュックはメスである。
 さて、今日の戦衣装だが……洋子に聞いて……いや、窓から落とされるのがオチだ。私とて学習するのだ。ちなみに洋子に落とされた回数は三回。落とされそうになった数はカウントしていない。野鳥の会のカウンタが必要になるからね。
「ふむ」
 困ったのでクローゼットの前で踊った。時間にすると三十分くらい。汗かいた。汗臭いまま会うのは嫌なのでシャワーを浴びた。
 上がったら九時半だった。
 急いで準備した。悩んでいた服はてきとーに取り出して、走り出した。
 私は何をしているのかね!?


 全力で走ったら、余裕が出てきた。大きな遅刻にはならないという余裕です。しかし遅刻には変わりない。私は力の限り走った。
 結果、間に合った。間に合ったが、人がたくさんいてどれが翔くんか判らん。まあ疲れたから積極的に探すのはよそう。ほら、いかにも急いできましたよ感は見せたくないのです。なんでかって? なんでだろう。
 呼吸を整えてから翔くんを探す。さすが休日、人が多い。待ち合わせの人もいる。時計を見てあたりを見回す人が何人かいる。私は時計(ケータイ)を見ずに見回す。
 ぐるーり。
 あ、発見! 隊長、私服の翔くんを発見しました!! 可愛いので確保に向かいます!! ほけーとしています。確保しやすいにも限度があります!
「翔くーん!!」
 私の声に翔くんはぴくっと反応し、こちらに顔を向けた。どたどたと走り翔くんの元へ。
「おはようございます」
「おはよう翔くん」
 さて、翔くんは何時に着たんだろう。長いこと待っていたら大変だ。いや、遅刻してないからいいんだけど。
「待ったかな」
 審判の時は来た!!
「いいえ、今来たところです」
 よっしゃあああああああああああああ!!
「そっかそっか。ほいじゃ、見に行こう♪」
「はい」
 心の中で万歳三唱した。


 映画を見るという行為はポップコーンを食べることと同義である。翔くんは納得してくれた。映画が始まる前の時間を駄弁って潰す。
「やよ先輩、ぼく、新聞配達のバイトをやっています」
「え? すごいねえ。バイト募集してたんだ。へー。朝? 夕方?」
「朝です。念願の早朝マラソンです。募集はお母さんの紹介で」
「へええ、朝に走れてお金も貰えて一石二鳥だね」
 翔くんは嬉しそうに笑った。私もつられて笑ってしまう。
「最初のバイト代は、お母さんになんか買ってあげるんだよ」
 翔くんがきょとんとして首を傾げた。翔くんの家庭は普通っぽいから普通のことしてお母さんを全力で喜ばせればいいんだ。ま、うちも見かけは普通の家庭ですよ。ん? 大小はあれど、どこの家庭も問題はあるか。じゃあうちも普通か。そうか。
「どうしてですか?」
「だってお母さんが紹介してくれたんでしょ? それに翔くんが頑張ったお金で買ったものだよー? お母さんめちゃくちゃ嬉しいよ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんらしいよ。友達のイトコがね、それやってお母さんを泣かしたのだ」
 いい意味で!
「なるほど」
 翔くんは納得したように何度も頷いていた。
「ところでやよ先輩、帽子はとったほうが見やすいですよ」


 映画はお昼時に終わった。当然昼食になる。学生さんはお金がないのでファーストフードになりますな。あれって身体に積極的に悪いって訳じゃないけど、消極的にいいわけでもないよね。ちょっと意味が判りませんな。
 店内は混んでいた。お昼時なので当たり前だったがむかついた。
 翔くんが席を確保しに行き、私が注文に行った。セットメニューでいいやとてきとーに選び、商品を持って翔くんの元へ。
 のほへーんと食事をしながら、ほへへへへーんと会話。いいなあ、翔くんと一緒にいると、一緒にいるだけで癒されるなあ。
 にへにへしていると翔くんがじっと私を見ていた。おっとやよ先輩の素敵過ぎる間抜け面を拝んでいたのかい? なかなかいい度胸じゃないか。いい意味で!
「ところで、どうしてぼくを誘ったんですか?」
 食事の手を止め、口を「ほ?」の形にして首を傾げた。ああ、映画のことか。
 洋子とキョンくんに断られたことを話した。こう冷静に理由を説明すると、洋子は酷い。通常運転だ!
 そんで、二人が駄目だった翔くんしかないじゃろう。
 正直に話すと翔くんはにこにこした。嬉しいらしい。可愛い。
 良かった、今日翔くんと映画見て良かった。誘って良かった。キョンくんありがとう。洋子も来ないでくれてありがとう。いや、洋子は本当に見るつもりはないかもだけど。
「そんなに見たい映画だったんですか?」
「ううん。うーんとね? なんてかね、翔くんとお話するの私、楽しいんだ」
 嬉しいから正直に話そう。
「いや、楽しい……楽しいもあるけど、何て言うのかなー、落ち着くってか、癒されるっていうか……よく判んないけど、一緒にいて心地いいの。ああ、これだ、翔くんのそばは居心地がいいの」
 何にも考えなくていいっていうか、うーん。違うなあ……。ふわーんとした気持ちになる。
 それがとっても幸せです。
 私のおうちにはもう、そんな場所はありません。
 だから、翔くんの存在は私にとってとても大切なものなんです。
「嬉しいです」
 なんか、じーんってしてる。感動ですか! 私も翔くんに出会えたことに感動するよ! 今から。どっちかてと感謝のほうが相応しい気もするけどね!
 翔くん、言って恥ずかしくなったのか、私の視線から逃れようと視線が迷子になってやがる! なんだなんだ、ちくしょうどういう意味だ!!
「ぼくもやよ先輩とお話するの、楽しくて好きです。先輩のそばにいると幸せです」
 嬉しい。
 おおう、これって相思相愛じゃん!!
 恋愛外の意味で!!



「洋子、どうして試験なんて面倒なものが存在するんだい?」
「あんたみたいに勉強しない人をさせるためじゃない?」
 疑問に疑問で返すとは人を馬鹿にしているのか! とブチギレてやろうかと思ったけど、洋子の言葉は思いのほかぐさっときましたよ。
「勉強なんてつまんないよー」
「楽しんでやっているのは少数派なので安心していい」
 キョンくんがせんべいをぼりぼりと食べながら言う。間違っちゃいないし、真っ当な返事だけどむかつく。そういう問題ではないのだ!
 現在、洋子のおうち(居間、洋子の自室は汚い)で今年最後の試験勉強中だった。もちろん、二人を呼んだのは私である。というか、中学に入ってからの恒例行事です。勉強が嫌いな私とキョンくんがそんなに勉強しなくても成績の良い(むかつく)洋子に泣きつくのです。いちいち相手にするのが面倒な洋子は自分ちに私たちを呼んで、てきとーに勉強させ、判らないところを教えてくれるという方式です。ちなみに洋子に教えてもらうともれなく暴言がついてくるので、シロートにはオススメできない。
「ぶー」
 ケータイのバイブレーションみたいな音を出してノートを広げたテーブルに突っ伏した。
「弥生」
 洋子が私を見た。
「やることないなら帰っていいわよ」
「勉強しまーす」
 私は根が素直な子なのだ。

 真面目に勉強するのは約三十分。ほへーと休憩してまた三十分。それを繰り返す。
「翔くん分が足りない」
「今すぐ呼べ」
 キョンくんがとても判りやすい解決策を出してくれた。今キョンくんは頑張って日本史の教科書にマーカーでラインを引いている。
「試験範囲違うじゃないか」
「そもそも学年が違うわね」
「ねー」
 洋子が同意してくれたことで大きな力を得た。私は無駄に胸を張る。
「会いたいの?」
「んー……判んない。翔くん良く判らない。会いたいけど会いたくないし、一緒にいたくないのに一緒にいたい」
「あっそ」
 洋子はあっさり私から興味をなくした。なんなんだこいつは。そんなことをご本人に言ったら自己紹介してくれるよ! ふざけんな。
「学校で会うよ」
「そうだな勉強しろ」
「そうね勉強しなさい」
「…………」
 勉強しよう……。試験なんて嫌いだ。

 洋子に暴言を聞き流しつつ教えてもらったらなんとなく試験いけるんじゃないだろうかと錯覚する。何故なら毎回そう思って毎回平均点だからだ。
 晩御飯を食べろという洋子ママンの温かい言葉を豪快に断り、私たちは洋子の家を後にした。
 キョンくんに手を振って互いの試験の健闘を祈る。
 さて、おうちに帰ろうとしたら、洋子がいた。そういえば珍しく見送ってくれた。話があるのか。しかもキョンくんがいなくなった後ってのが秘密の話っぽいね。
「なーに?」
 腕を組んで私を上から見る(実際洋子は私より背が高い。成長期である)洋子は実に偉そうだ。いや、洋子は通常で偉そうである。なんというか生まれつき偉そうな風格の持ち主である。そんな偉そうな洋子に権力を持たせてみたいです。すごく嫌がりそう。
「鳴海翔太のこと、好きなの?」
 すげえストレートにきやがったぜ……。
「うん、大好きだよ」
「…………」
 どうせ見抜かれるし、洋子とキョンくんにはあまり隠し事したくないので、私はあっさりと白状した。
 私の答えに洋子は黙った。おいおい、セニョール何とか言え。
「そう」
 それだけ言って、洋子は息を吐いた。何事ですか? 疑問を口にする前に、洋子が口を開く。
「大晦日から、おばあちゃんの家に行くから、皐月等を連れてきなさい」
 命令かよ!
「いいけど、犬臭くなるよ? いいの?」
「大丈夫よ、本人が連れてこいって言ってるし」
 洋子のおばあちゃんは本当に洋子と血がつながっているのかと疑いたくなるほど、温厚で優しい人である。わりかし近所に住んでいるから、洋子と一緒に可愛がってもらっている。現在進行形。
「ならば行こう、阻む者は血祭りに上げてくれる」
 ふん、と洋子は鼻で笑った。面白い冗談ね、という意味ではない。
「それじゃあ」
「うん、またね」
 私は洋子にぶんぶんと大きく手を振って別れた。



 大晦日からお正月にかけて、予定通り洋子のおばあちゃんちに泊まりに行くことになった。
 私と洋子とキョンくん。私の可愛い妹である皐月にその愛犬のリュック、キョンくんの妹の美紗緒ちゃん。そんで最後に初登場、皐月と美紗緒ちゃんの幼馴染である近所のガキであらせられる浩人。苗字なんだっけ? まあ細かいことはいいんだよ!
 私が一番心配していた、リュックがもし粗相をしてしまったら、ということは皐月に処理をさせる、臭い消しのスプレーを持っていくということだけで片付いた。そんなんでいいのかな? 犬って結構獣臭いんだよね。にゃんこはそうでもないんだが。あれ? 私あんまり鼻利いてないのかな?
 私たちが外で年末年始を迎えることに一番難色を示したのはお父さんだった。何回か「おじいちゃんのおうちに行こう」とふざけたことを言われたが、断った。馬鹿じゃないのかと思う。お母さんはあっさりいいよと行ってくれた。お母さんの親はもういないから、気楽なもんです。何か違うけど。お母さんは年末年始だろうが仕事(年中無休のお店でパートしてる)があるので、信用できる人に私たちを預けるほうが気楽らしい。

 ともかく、私たち幼馴染連合は三上さんちのおばあちゃんちに泊まりに行きました。
 宿泊代はおうちの大掃除です。おばちゃんはまだ元気だけど、重いものを持ったりとかの作業は辛いみたい。だから私たちが呼ばれたのかもしれない。あ、一応洋子のご両親もいるのだ。洋子のお父さんにしたら実家だからね。洋子パパンにはお姉さんがいる。お姉さんも結婚してて旦那さんの実家に行っているそうな。三が日の間にはくるらしい。
 洋子パパンの指揮の元、私たちは掃除をした。自分の部屋もろくに掃除をしない洋子が一番嫌がっていた。……おめーの身内だろうが。

 掃除が終わったら今度は人のお掃除ってことでお風呂に入った。ちびっこ幼馴染連合はリュックを連れて行った。すごい時間がかかった上に、ものすごい音がしてた。よく判らないが、美紗緒ちゃんが洋子ママンに怒られ、正座させられていた。……何をしたんだ。
 次にキョンくん。幼稚園のときは一緒に入っていたけど今は無理だ! キョンくんも長かった。犬の毛がすごかったようです。皐月……。
 次に私と洋子が入る。女として着実に成長している洋子が羨ましい。じろじろ見てたらお湯をかけられた。頭にきたので水をかけたら喧嘩になった。騒ぎを聞きつけた洋子ママンに鉄拳制裁を受け、私は美紗緒ちゃんと並んで正座した。洋子もだけど、正座しつつ本を読んでいたのでちっとも反省しちゃいねー。

 今年もお疲れ様でした、と乾杯して、晩御飯を食べる。おいしい。
 大人たちに酒が入りどんちゃん騒ぎになる。今日だけは夜遅くまで起きていいので、ちびっこ幼馴染連合がハイテンション(部屋が広いので三人ででんぐり返しをしまくっている)になる。リュックもつられてハイテンション。うわーうるせーって顔している洋子の隣でキョンくんが洋子パパンと酒を飲んでいた。駄目だろそれ……。洋子ママンはお酒が弱いので、ビール一杯飲んでダウン。遠まわしに片づけを押し付けられた。
 うむう、私もちびっこ幼馴染連合と共に遊びたいのだが、三人と一匹で遊ぶ皐月は死ぬほど可愛さを回りに放っているのでそれを愛でていたい。カメラを持ってくればよかったケータイあるじゃん。
 私はカバンを探しに行った。どこに置いたか記憶にないのはあまり興味のあることではないからである。
 どこだろーとてきとーに歩いていると、炬燵に入ってみかんを食べているおばあちゃんがいた。
「やよちゃん」
「イエス!」
 名前を呼ばれたのでてこてことおばあちゃんの元へと行った。
「一緒にみかんどう?」
「イエス!」
 炬燵と言ったらみかんなので笑顔で頷いた。
 いそいそと炬燵に入り、小さなカゴに入っているみかんに手を伸ばし、食べる。甘くておいしい。
「今日はありがとうね」
「いえいえ、宿代ですよう」
 ほこほことにこにこ微笑む洋子のおばあちゃんはとても洋子との血の繋がりを見受けられない。
「やよちゃんは最近いい縁があったみたいだねえ」
 おばあちゃんは私の顔をじっと見つめて言った。私は翔くんの癒される笑顔を思い出した。ああ、おばあちゃんはなんと占い師をやっているのです。結構当たると評判です。まあ、胡散臭い職業ですがね、おばあちゃんに会うだけでそれだけで優しい気持ちになれるから、それでいいんじゃないかな? 占いって人生相談も兼ね備えてると思うしさ。
「うん、いっこ下のね、後輩くんがいるよ」
「そうかい」
 優しい微笑みを浮かべたまま私の顔を見る。見てくれるみたい。
「お代は肩たたきでいい?」
 占ってもらう分、それ相応の対価は払わなくちゃいけない、らしい。そうだよね、買い物するにはお金がいるからね。
「うん、いいよ」
 おばあちゃんは楽しそうに笑ってから私の顔をじっと見た。
「うーん……別れの相が出てるね」
「へ?」
 別れ。予想していない言葉に驚いた。水難とか火難とか言われるよりずっといいけどさ。
「やよちゃんだけじゃないね、これは……」
 少し悲しそうに言う。でも私にどうしろっていうんだろう。
「やよちゃんは、やよちゃんを信じて、周りの力も借りて、そのままのやよちゃんでいなさい。それが一番だよ」
 困った私におばあちゃんはあったかな声でそう言う。たぶんこれはアドバイスだ。
「そんなん大丈夫だよ。私はなにがあっても私だよ」
 それだけはどんなことがあっても揺らがない。
「うん」
 おばあちゃんは頷いた。よく判らんが、たぶんこれで良いんだろう。
 私はみかんを食べ終えたら、おばあちゃんの後ろに回って肩をとんとんと叩いた。
 洋子、こんなおばあちゃんがいて、いいなあ……。



 冬休みの最後の三日間はいつも泣きながら洋子とキョンくんの宿題を写している。その間二人は真剣にブラックジャックをしている。あまりに真剣なので何かを賭けているんじゃないかと思った。気になるけど忙しいので無視。

 宿題を写し終え、無事に冬休みを終える。
 さて、今日は久々に翔くんに会える日だ! なんかわくわくするね! いえい♪

 朝のホームルームが始まる前に、私は生徒会の顧問の先生に呼ばれた。なんじゃいなんじゃい。
 翔くんのことを聞かれ、善意でたまに手伝ってくれる可愛い私の後輩だと説明したところ、ならこれから正式メンバーなってもらったらどうかと言われた。
 なんで? と聞く前に顔に出たらしく、先生が説明してくれた。
 生徒会室は、基本部外者立ち入り禁止。
 初耳だった。
 つうか洋子もキョンくんも普通に呼んでた……。
 顧問の先生はそのくらい目を瞑るが、そうじゃない先生もいる。だからそのときのための措置だそうな。ありがたいこったね。
 私は二秒くらい考えて、すぐに頷いた。

 そっから副会長始め生徒会メンバーに「翔くんを生徒会メンバーに加えるけどいい? 返事ははいかイエスでお願いします」と送った。役職は選挙で選ばれた訳じゃないので雑用。けど、正式メンバー。
 おっとこれはもしかして翔くんと公式に長時間一緒にいれるってことじゃないですか? すごいじゃないか!! こんなうまい話があるのか!! あるんだ!!
 わーい!!


 放課後になって早速翔くんにメールした。返事より早くに翔くんは着てくれて、雑用だけど生徒会入りを了承してくれた。
 嬉しいのでどーんと翔くんに抱きついた。翔くんは頑張って倒れないように踏ん張ってくれた。いいやつめ!
 それから翔くんの手を取ってぐるぐると回った。翔くんと両手をつないで、回ります。それだけで楽しい。
 ギャラリーが何か言ってたけど、別にいいや。
 翔くんの顔を見ると、照れくさそうで、でも嬉しそうにしていた。
 なら、いいじゃないか。
「やよ先輩」
 翔くんは私を見つめて言いました。
「これから、よろしくお願いします」
「――!」
 なんか胸ににゅううううっときました。
 嬉しくて、嬉しくてしょうがなくなったから、私はまた翔くんに抱きついた。
 今度は倒れた。
 悪かった。反省している。



 翔くんが正式に生徒会入りして変わったことは、前はちょっと遠慮がちに入ってきた翔くんから、遠慮がなくなったことである。嬉しい。嬉しいぞちくしょう!
「この嬉しさを祝福するために、その白玉を私に譲る気はないかね?」
 給食時間、デザートのフルーツ白玉を食べ終えたがまたお腹に若干の余裕のある私が友達一同に問いかけた。
 大体が笑って「ふざけんな」だ。洋子は私の目の前で白玉を食いやがった。言うまでもなくわざとだ。一触即発の空気に緊張が走る。空気の読めないほやーんとした友達が「おかわりまだあるよー」と間延びした声を上げ、緊張は解かれた。
 白玉だけを取ったら男子からブーイング。仕方ないので、一番声の大きかった男子にりんごを入れてあげた。納得しなかった。訳が判らないよ。

 今日も放課後は用もないのに生徒会室に行く。
「こんにちは、やよ先輩」
「やっほー翔くん」
 翔くんの笑顔に癒される。にゅうううってなります。


 一週間くらいたった。
 相変わらず私と翔くんは生徒会室でのほへーんと平和極まりない会話を繰り広げ、他の役員の仕事を邪魔しない程度に脱力させている。無論、悪意はない。仕事もしています。ポスター張りとか。前と変わりませんな。大体三学期なんて行事なんてなんもないもんね。
 部活巡りは寒いのでやらない。それにそんな理由つけなくたって翔くんは生徒会室にいるんだから行かなくていいじゃないか。鼈甲飴は食べられなくなるけどね。
「やよ先輩はゲームしないんですか?」
「ゲーム? 人生ゲームとか、トランプとかビンゴとか?」
「いいえ、コンピューターのほうです。テレビゲームとも言います。けど最近は携帯ゲーム機が流行っています」
 私はぶーと口を尖らせた。
「ぴこぴこ黙々とやるの性に合わないんだよー。私は外で遊ぶのが好きなの。公園のジャングルジムとかー、ブランコに乗って靴飛ばしとかー」
 キョンくんと競った幼くもないあの日、わざと洋子にぶつけたところ、乱闘になったお約束。それ以来洋子は私が靴飛ばしをする度に飛んだ私の靴を豪快に場外に投げ飛ばすようになった。別に飛距離を稼いでくれたわけじゃない。毎回場外乱闘となるので、うちのお母さんと洋子ママンから靴飛ばし禁止令が出たもんです。未だに解除されないんだ。何でだろう。
「肉体派なんだよ」
 遠い目をして言う。なんかちょっとがっかりしてる。なんで?
「妹さんとそうやって遊ぶんですか?」
 もちろん翔くんには我がマイシスター・ラブリー・皐月のことは話している。だからこんな発言が出たんだろう。
「前まではねえ……」
 リュックと戯れる皐月を思い出した。今ではすっかりリュックらぶなのでおねえちゃんには構ってくれないのですよ。ふはははは……。高笑いでもしてやろうかと思ったけど、そんなテンション上がらないや……。
「どうしかしたんですか?」
 翔くんに皐月が遊んでくれないことを説明する。感想は「寂しいんですね」だった。大正解だ。
 早くに帰っても私より先に皐月が帰ってきてるし、皐月がいたらリュックは皐月にしか興味がないのでおねえちゃんはハブです。蛇じゃないよ。もうね、とにかく寂しい。
 今気づいたけど、皐月が大きくなって嫁に行く日がきたらどうしよう。とりあえず旦那予定をぶん殴ろう。
「寂しいですね」
 そういう翔くんの顔もちょっと寂しそう。わはははは、私のことなのに。いい奴め。心がほっこりと暖かくなります。
「うん。寂しいの」
 けど、
「けどここは翔くんがいるからそうでもないよ」
 控えめな表現だった。
 本当は「翔くんがいるからちっとも寂しくない」だ。今度改めて言おう。
「ぼくはやよ先輩と一緒にいれるだけで幸せですよ」
 ふわりと微笑む翔くん蝶可愛い。にゅううううってするよう。じーんと翔くんに浸っていると、ごんという音がした。
 何事かと二人で見たら、仕事をしている書記が机に額を打ち付けていた。変わった修行だ。
「そうそう、やよ先輩。相談があります」
 翔くん、唐突だね。
「なんだい翔くん、おねえさんにどんと言いたまえ」
 まったく気にしないがね。
「バイト代でお母さんに何か買おうと思うんですが、何を買ったらいいでしょうか? カーネーションは違いますよね」
「それは母の日だね。でもチョイスとしては悪くないね」
 何故なら母にプレゼントをすると言ったらカーネーションだからだ。去年の母の日に上げたところ、お母さん蝶歓喜。うん、まあなんだ、泣くと思わなかったよ……。これだからお母さんは嫌いになれない。
 大丈夫、まだ平気。
 書記が「どこがだ!」とつっこみを入れてくれているが、ここはつっこみを入れるところではないだろう。
「花を貰って喜ばない女の子はいないって言うけど、あれ嘘だから」
 例、三上洋子。
 書記が「お前は一体何を言っているんだ!?」と再度つっこみを入れる。君には判るまい、花を踏みにじる女の子もいるのだよ。洋子とか。幸いなことにその花はもらった花じゃなくて、洋子の進行方向に咲いていた花である。もらった花はママンにあげてるね、だいたい。自分で処理するとなると絶対に捨てるから。いや、実際捨てて怒られて、ならあげるってなったはず。酷いなあいつもながら。人の心はあるのかね?
「うーんと、季節的にマフラーとか手袋でいんじゃないかな?」
「なるほど、使えるものはいいですね」
「そだ、今の季節って手が荒れるからハンドクリームもいいかも」
「うーん、でもそれってお手軽に買えますよね」
「じゃあやっぱりマフラーに手袋かな?」
 意見を出し合っていると、書記が手を上げた。
「どうぞ?」
 翔くんと声がハモる。シンクロだ!
「何でお母さんにだけなの?」
 お父さんにあげる理由がないからに決まっているが、それはうちだけか。書記のとこも翔くんとこもそうじゃないんだろう。いいなあって思います。
「ですよね」
 翔くんがしみじみと頷いたのを見てから私も頷いた。
「お父さんにはネクタイがいいよ。父の日に冗談であげたらめちゃくちゃ喜ばれたもん。あれは一生の不覚だね」
 お父さん、お父さんの実家が関わらなければ好きだったな。
「不覚って」
「だってさ、変な柄のと、まあ普通かな? ってのをあげたんだ。そしたら両方とも喜んじゃってさー。んで、普通のはお母さんいわく、値段にしちゃいいものだったんだよね。それは喜ぶかなと思って、ちょっとギャグも入っていたから、すごく喜ばれると嬉しいは嬉しいんだけど複雑なの」
 なんで実家が絡むとおかしくなるのかな。
 どうして私とお母さんを差し出すの?
 嫌がらせされるだけなのに、どうしてそんなところに私たちを連れて行くの?
 何か、悲しくなった。
「えっと、そうしたらお母さんにはマフラーか手袋で、お父さんにはネクタイと……結構かかるかな」
 翔くんが天井を見ながらぶつぶつ言ってる。
 翔くんを見ていると、悲しいとか苦しいとか、そういう気持ちがすぐに消えていく。
 翔くんってやっぱいいな。一緒にいるだけでいい気持ち。
 だからもっと翔くんの力にならないと、不平等だ。
「無難にそこそこ高いケーキでも買っていったら?」
 れっつ提案。
「なんだかんだ言って自分のために使いたいじゃん。それならちょっと高いケーキ買って家族で食べたらいいじゃん」
 自分のためにもなっていてお得です。
 書記が「モノより思い出って奴ですか」と肩を竦める。そういう考えもあるのか。
 私の案に翔くんはまた天井を見ながら考え込み、頷いた。
「じゃあケーキにします」
「うん!」
 やったね、私、翔くんの力になれたよ!!
「ところで、おいしいケーキ屋さんを知っていますか?」
 私は不敵に笑うとケータイを取り出した。
「お友達ネットワークをなめんなよ!!」



「友達ネットワーク、なんて聞こえはいいけど、ただの他力本願よね」
 おいしいケーキ屋を突き止めた経緯を説明してやったら、洋子はこう抜かしやがった。いつか張り倒してやる。いや、何回か成功してお母さんに怒られている。え、でもこれはどう考えても洋子の口が悪いに決まってるよね? 私が怒るのは当然じゃん?
「洋子は口が悪すぎて、弥生は怒り方が豪快だ」
 キョンくんが感想を述べます。
「んで、洋子は弥生の喧嘩を買いすぎだ」
「毎度ありがとうございます!」
「馬鹿じゃないの」
 ? がついてないってことは確信してるってことなんだぜ!!
「なんだとううううううう!!!」
 数えるのが馬鹿らしくなるほどにまで数を重ねた殴り合いの喧嘩は、キョンくんによって止められた。

 おいしいケーキ屋さん情報をゲットした後、
「私もケーキが食べたいので着いていきます何故ならケーキが食べたいから!!」
 と高らかに宣言して、翔くんと一緒に行くことになった。それを聞いた書記が頭を抱えて泣いていた。感動したのか、そうかそうか。だがケーキは渡さぬ!!
 待ち合わせ場所は前に映画を見たときと一緒。時間は違って十四時です。いわゆる二時ですな。
 楽しみすぎて我慢できなくなっておうちを出ると洋子とキョンくんがいた。何事だろう。
「よう」
 キョンくんが片手を上げて挨拶。私も同じ動作をする。
「にょろん。二人はどっかに行くのかね? ケーキはあげないよ」
 洋子の目は相変わらず冷たかった。そういうのは夏だけでいい。
「駅前の、電気屋に行く」
「なんだと、目的地近いから一緒に行こう」
 返事も聞かずに二人の手を取った。二人は抵抗しなかった。何故ならいつもこうだからだ。

「ときに二人でお買い物とかなんなんだね、青春か、デートか!」
 洋子がふわりと微笑んだ。
 ――先生、こういう冷たい人間がたまに嬉しそうに小さく微笑むとか、卑怯だと思います!!
 洋子はキョンくんが大好きだからねえ。私も大好きだけど、洋子の場合はあれだ、実のお父さんよりも大好きで。もっというと、地球上の全男人類の中で一番キョンくんが好きなのだ。理由は知らない。恋愛感情なのかと聞かれたらそんなもんご本人に聞いたらいいと思うよ。けど、洋子のこういうある意味油断した表情って私らの前でしかやらんのよね。
 ということはあれか! 私たちだけの特典サービス!? うわあ、私たちすごくね? ひゃっほう!!
「電気屋ってことは机の電気スタンドを買いに行くんだね?」
「何でそう決め付けるのよ」
「だって洋子壊したじゃん」
「…………」
 本当のことなので、さすがの洋子も黙った。洋子はデストロイヤーなのだ。何か知らんけどすぐに物を壊す。
「それも買う?」
 キョンくんが洋子を見る。洋子は難しい顔をして頷いた。ないと勉強困るもんね。……なくていいじゃないか。
「んで、他に何買うの?」
 キョンくんが嬉しそうに微笑んだ。
「うむ、携帯ゲーム機と、それの魔物を狩るゲームソフトだ」
 やったら嬉しそうに言う。
「あれ、でもそれキョンくん持ってんじゃん。良く友達の家で遊んでなかった?」
 そのせいでキョンくん最近付き合い悪いアル。勧められたけど、性に合わないのは性に合わないんだよちくしょう。
「うん、だから洋子に買わすのだ」
 酷い話だった。
「洋子はそういうの、興味あったっけ?」
「暇つぶしの読書はもう飽きた」
 全国の作家さんが泣き出すことを言う。洋子、まだまだ世界には本が溢れているんだぜ。
「洋子そういうゲーム得意だっけ?」
「たぶん、おばあちゃんのほうが上手いわ」
 おばあちゃんの趣味はゲームだったりする。んで、老眼で攻略本の文字が読めないから洋子に読んでもらってるのを見かけたことがある。ハイテクおばあちゃんですよ。何か違う気もするけど。
「じゃあ三人でやるの? いいなあ。でもゲームはあんまやりたくないなー」
「無理してやらなくてもいいじゃない」
「それはそうだ」
「弥生はえーと、最近仲良い後輩と遊べばいいじゃないか」
「そうですよ、今日これからまさに翔くんと遊ぶのです! ケーキを食らうのです! 全力で! ただしお金はそんなにありません」
「中学生で金を持っている奴はそうそういない」
「援助交際してる人はもってるんじゃない?」
 私とキョンくんは顔を見合わせて、洋子に嫌な顔を見せた。
「なによ」
 憮然とすんなよ。
「嫌なこと言わないでよ」
「一般論よ」
「絶対違う」
 そんなことを話しながら私たちは駅に向かう。



面白かったら押してください。一言感想もこちらに↓


前へ /次へ



翔くんとやよ先輩トップへ
てけすとっぷに戻る
inserted by FC2 system