「宙ぶらりんな現状を打破するために話をつけてこようと思う」
「ほう、誰とだ?」
「それはトップシークレットにつき黙秘権を行使する」
「ああ、お嬢様と夏子か。表面上なんでもないですよって感を出しまくっててクラスメイトを欺くあの様、女って怖いよな」
「…………」
「しかしお前、ホントツマンネー奴になったな。け、中学時代のお前は愉快で不愉快で全力で壊しがいがあったんだがねぇ。つまらん」
「何と言う褒め言葉」
「んで、どっちから話をつけるんだ?」
「へ?」

 いつだってそうだ。
 ――何気ない言葉で博はオレを迷いの底に突き落とす。




誰かのためのおとぎ話 二年生 09
〜その心はばらばらに引き裂かれた〜




 あまりに衝撃的な言葉だったので、オレは午前の授業はぽかーんと過ごしたよ!! おかげで数学のときは怒られまくりさ!! 先生、ごめんなさい。悪気はないんだ。あとずっとぽかーんとしてたのも嘘です。ちゃんと我に返って考えてて「俺の仕事中に他の事考えてる何ざいい度胸だ!!」と数学の先生に怒られたのです。鉄拳制裁がないのはPTAの問題だと思います。ごめんよ先生、反省しているよ。
 昼休みは雨が降りそうな分厚い雲がかかっていたので、我が六組で昼ご飯となりました。風花と夏子がいつも通りで博が言ったとおり女って怖いと思いました。オレも二人に倣い平静を装いましたが、かなり変だったらしく、麻美につっこみを受けました。ちなみに元樹はこちらの反応なんかどうでもよかばいという態度でした。博は学食という名の戦争に行ったきり帰ってきませんでした。そもそもあ奴は二組なので六組に帰ってくるはずがありません。
 そして今日はバイトなので放課後は忙しい。終わったら夏子と話そうかなと思ったが、あいつ今日休みだった……。タイミングがいいのか悪いのかちょっとよく判りません。
 仕方なしに仕事しながら色々考えてた。胃が痛くなったので楽しいことを考えました。……やっぱ相手が風花だろうと夏子だろうと大変な状態なんだな。でも宙ぶらりんはいけないと思う。というか、嫌だと思った状況から逃げて解決しないで流すって言うのは最終手段だと思う。もっとさ、気楽な友達付き合いをしたいわけです。
 ま、立ち向かうって決めた以上、ちゃんとやるさ!! だってそのほうがカッコいいから!!


 翌日。
 戦いの日はやってきた。前日にシフトを見て、夏子が休みなのも確かめた。連休か、うまやらしい。しかし働かないとお金が入らない。複雑。
 風花は具合が悪くない限り大丈夫だろう。悪かったら後日だ。
 さて。
 風花と夏子、まずどちらと話したらいいですかね。
 うだうだ今まで考えていたけど、もうね、なるようにしかならない状況だと思う。だって今放課後ですよ? オレどんだけ悩んでるの。
 昼休みはまた天気も良くないから六組でお昼タイムで、考え事に集中しているオレを夏子が不気味がっていた。人が心配しているのに何て奴だ。まあ、平常運行したいだけだろうが。風花はいつもと変わらず。けどやっぱ雨に打たれた影響がありましてな。ちょっと風邪気味。鼻声でした。萌える。
 ずっと、どうする? どっちから? って考えてた。
 けどもう、なるようにしかならない。
 流れに任せるって訳じゃないけどさ。
 たぶん、これって気になるほうから片付けてけばいい話なんだと思う。問題はどっちも同じくらい気になってるってことだ。
 もうね、どっちかと二人きりになったときに話せばいいかなって思います。けど、二人とも二人きりになることを避けるような気がします。夏子は特にね。これは勘です。
 よし、これから先に会ったほうから話をつけよう。二人同時に会ったらドローで。


 結論付けたオレは学校を一回りすることにした。どっちかがいるかもしれないからだ。部活? 訳が判らないよ。
 三階の二年生フロアを徘徊することにした。何気に結構遅い時間で人気はない。教官室を覗いてみれば誰もいなかった。さっさと職員室に降りたんだろう。三年生フロアは……行ったってしょうがないな。知り合いいないし。
「……などと意味不明な供述をしており」
 がくっと力が抜けた。顔を引きつらせつつ、転ばないように身体に力を入れなおした。
 ええ、何でか知りませんけど麻美さんがいらっしゃいますよ。
「……私がここにいる理由、それは宇宙の真理」
 あまり関わりたくないので背を向けようとした。肩を掴まれた。逃げ遅れたと心の中で泣いた。世界はオレに厳しい。
「……麻美さんからのやよやよ先輩情報。いえーい」
「せめて楽しそうに言ってもらえませんかね」
 無表情で棒読み怖い。
「……勉強が大変でバイトどころじゃねー。これは世界が一度滅ぶべき」
「訳が判らないよ!」
 というよりスケールでかいよ、やよ先輩。しかし弁護士目指すって大変ですね。
「んで、用はそれだけじゃないんだろ?」
「……正解、そんなあなたにとっておきの――」
「結構です、話を進めてください」
 麻美はしゅんとしていた。もちろん無表情で。
「……博、知らない?」
 嫌な予感がした。
「……理香が校内にいるのに、気配がないと訳の判らないことを言っている」
「確かにそれは訳が判らない」
 たぶん、靴の有無で言っていると思うが、博ならそのくらいの小細工すると思う。まあ、理香の言うことだし嘘ではないだろう。勘違いはあるだろうが。前に博言ってたからな。「気配なんて消したもん勝ち」って一般人にはまったく意味が判らないよ。
「……なーんか、きな臭いでしょう?」
「いえす、あいどぅ」
 全力で同意。
「健闘を祈る」
「……お互いに」
 オレは拳を軽く突き出すと、麻美も拳を突き出し、それに応えてくれる。いい奴め。オレがずっと悩んでるのをちゃんと見ててくれているのだ、麻美は。いい奴め。大事なことなので二回言った。
 麻美はオレに背中を向けて歩き出した。が、すぐに少しだけ振り返ってオレを見た。
「どちらを選んでも後悔だけはしないでね。そして『選べない』んじゃなくて『選ばない』のならそれはそれで立派な答えなのよ」
「……麻美さんもわけの判らないことをおっしゃいますな」
「……判っているのならば、よろしいのです」
 まあ、なんとなく言わんとすることは判りますわ。けど、ちゃんと選ぶがな。
「――今あなたが世界をめちゃくちゃに破壊しようとしても構わない。それでも私はあなたを祝福する」
 物騒だった。
「……なんてね」
 麻美は笑った。暖かくて柔らかい笑顔だった。
 なんだか、救われるような気がした。気のせいかもしれない。
「……じゃあ、私も戦いますか」
 うん、オレも戦うよ。


 しょうがないと思ったのにオレは三年生フロアにいた。理由? 今年は行ったことないから。
 案の定誰もいなかった。もう十七時過ぎてるもんね。部活の終わる時間だしそら誰もいませんわ。
「わっはっはっはっはっ」
 一人で笑ってもむなしいだけだった。
 オレは敗北感をひしひしと感じながら二年生フロアに戻った。そっちから降りたほうが玄関に近いからです。


「――――
「――――
「――――
「――――
 おや、声が聞こえますよ。女の子の声ですね。誰ですかこんな真夜中に学校に残って。現在時刻ですか? ストップウォッチで確認しました。十七時三十二分ですね。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 止まりましたな。うーん、なんかこのまま通るの、悪い気がする。けど階段近くで話しているっぽいよ。あー見えてきたー。女の子が二人いるよー。
 あれー、見覚えあるよー。
 あれー……夏子の後姿に見えるよー。
 向かいに誰かいるみたいだけど……えーとよく見えないよー。
「ねえ」
 今度は声がはっきり聞こえましたよ。
「…………」
 夏子は何も言わない。後姿じゃ表情なんて見えやしない。
「前にも言ったよね」
 ……聞き覚えがある声なんですが…………。
「…………?」
 オレは歩みを止めた。夏子は後ろにオレがいることに気づいていない。夏子の奥にいる女の子は、夏子がいてオレの姿を確認できていない。
 立ち去るべきか否かを迷っていると、その声が響いた。

「報われない想いを、どうするの?」

 顔からさーっと血が引いた。
 夏子を苦しめていた言葉だ。いや、今もなお苦しめている言葉だ。
 そんな言葉を……。
 なんで……。
 どうして……。
 よりにもよって、その言葉を……。

「やめてよ風花!!」

 どうして風花が言うんだ……。
 今にも壊れそうなほどの悲痛な声が響いた。
 そして、夏子は右手を振り上げた。でも風花は微動だにしない。夏子の手は風花の頬めがけて振り下ろされ――
「!!」
 オレは一歩踏み出し、そのまま走り出した。
 ――止めなくちゃ!!
 けど、夏子の手は風花の頬に触れる直前にぴたりと止まる。オレの足はそれを確認したとたんに減速する。ほっとしてゆるゆると脱力しながら二人にオレは近づいていく。そして夏子の表情が今にも泣きそうなくらいに歪んでいることに気づいた。
「どうして」
 先に口を開いたのは風花だった。
「どうして止めるの」
「……出来ないよ」
 夏子の手が風花に触れることなくだらりと下がる。
「出来ないよ……」
 夏子の声は震えている。泣くのを必死に我慢している。
「出来たら認めるのに。それも判ってるのに、出来ないんだね」
 うなだれる夏子に風花は容赦なかった。
「ごめん」
「どうして謝るの」
「ごめん……」
 俯く夏子。
 オレはようやく二人の下に到着した。
 それと同時だった。
 パシンッ! と乾いた音が響いたのは。
 風花が左手を振り上げていて、夏子の頬が赤くなっていた。
「!?」
 風花が夏子を平手打ちしたのだ。
「ごめん」
 それなのに謝ったのは夏子だった。それを聞いた風花の表情が怒りに歪んだ。
「ふざけないでよ!」
 風花は右手を振り上げ、オレは反射的にその手首を掴んだ。
「止めないで!」
「でもっ!」
 まともな制止の言葉が出てこない。力ずくでしか止められない。
「ごめん、風花……」
 夏子はぶたれた頬をさすりもせずにオレたちに背を向けた。
「夏子!」
 オレと風花の声が同時に出るが、重なったりはしない。
 風花の声は怒りに満ちていて、オレの声は逆だった。
 夏子は動きを止めこちらを見て、何かを諦めたように力なく微笑んで、ゆっくりと歩き出した。
「夏子!!」
 オレから逃れようと風花はもがくが、力はオレのほうが遥かに上なので敵わない。
 今風花を離しちゃいけない。夏子を追い詰める……と思うから。
 夏子の背中が遠のいていく。今ここで風花の手を離せばきっとまだ届く。
「離してよ!」
 オレの考えを後押しするように風花が暴れて声を張り上げた。
 風花は力任せに腕を振るい、オレから逃れようとしている。でも力じゃオレに敵わない。だから風花はオレを睨みつけた。
 ――……。
 その目は涙で濡れていた。
 夏子は泣いていた。風花の言葉で泣いていた。
 でも、風花も泣いていた。
 オレの目の前で、風花ははらはらと泣いていた。
 理由なんて考えるまでもない。
 風花だってこんなことしたくないんだ。
「…………」
 オレは手を離した。けど、風花は夏子を追いかけたりはしなかった。
 開放された手で涙を拭う。泣くつもりなんてなかったから、こんなものをこれ以上見せるのは間違いだ、とでも言いたげに拭う。
「走れば、まだ、間に合う」
 しゃくりあげながら風花は言う。
「事情を知らない啓輔に、慰めて何て言わない。説得してとも言わない」
 ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らして風花は言う。
「それでも夏子を独りにしないで」
 ぼろぼろに泣きながら風花は泣かした夏子を案じていた。
 オレはどうするべきだろう。
 風花の言う通り夏子を追いかけるべきだろうか。
 傷心の夏子。一人で去った夏子。
 でもオレの前には風花がいる。
 夏子を傷つけた風花。夏子をぶった風花。
 でも泣いている風花。
 また、この二択か。
 急に降ってくる二者択一。

 ――『選べない』んじゃなくて『選ばない』のならそれはそれで立派な答えなのよ。

 選べない、なんて答えだけはごめんだ。
 そして、選ばないなんて宙ぶらりんな答えも――もう、ごめんだ。
 だから、選ぼう。
 オレは小さく微笑んで、泣きじゃくる風花を見た。
 泣いている風花。
 泣くもんかという表情でぼろぼろに泣いている。何度も何度も目蓋を拭うが、彼女の意思に反して涙はとめどなく溢れていく。
 そんな彼女を見てオレはポケットをまさぐった。ストップウォッチと携帯電話が出てきた。違うがな。紳士がここで出すのはハンカチーフと相場が決まっているのだ。
 内ポケット、尻ポケットをまさぐる。
 内ポケットからは数学の抜き打ちテストの答案が出てきた。尻ポケットからはごみが出てきた。
「…………」
 そうこうしているうちに風花は自分のハンカチで涙を拭いていた。
 オレは壁に頭を打ち付けた。
「わあわあああ!!」
 真っ赤な目をした風花が慌てて止めてくれた。
「すみません」
 もう色々と。
 アホなことをやりつつオレは、夏子ではなく風花を選んだという事実を認識した。
 ――選んだんだ。
 ちゃんと、オレの意思で。
 オレがそうしたいから、決めたんだ。
 何か、清々しいな。
 うん、この選択を、オレは後悔しちゃいけない。そう思う。
「もう……」
 風花が泣いて、笑う。その表情に諦めというか、呆れがあった。きっと風花もオレの選択に気づいただろう。
 ――オレは夏子を追いかけない。
 その事実に。
 しかし風花、笑うのはいいけど、泣くのは嫌だ。もう泣き止んでもいいはずだ。
「それで、どこから聞いていたの?」
 なんかデジャブのようなことを聞いてくる。泣いてる癖に頭の回転は止まっちゃいないのか。笑みが消え、引き締まった表情に戻っている。
 というか、そんだけ夏子が大事なのかな。
「……むう」
 しかし……本当にデジャヴだな。前は……確か三上先輩との口論のときか。あんまりいい思い出じゃないな。いや、思い出ってほど時間は経っちゃいないが。首を横に振り、記憶を振り払う。
 風花の冷ややかで、熱い怒りに満ちて、涙で濡れた視線をひしひしと受け止めながら思い出す。

 ――報われない想いを、どうするの?

 正直に答えるつもりなのに、言葉が出なかった。
 これだけの言葉。
 重さを知ってしまった以上、おいそれと口には出来ない。
「前にも言ったよね、から」
「そう」
 風花は鼻を鳴らした。
「そういう言い方、良くないと思う」
 オレは控えめに批難した。風花は視線をこちらによこした。強い視線だ。
「夏子、ずっと気にしてるよ」
「でしょうね」
 風花は涙をハンカチで拭うと、凛とした表情でオレを見た。嫌に強い視線だ。
「啓輔は夏子に事情を聞いたんだよね。母親のことを聞いたんだよね。それなのにそういうことを言うんだね」
 今度は風花がオレを批難した。
「だって」
「だってなに? 啓輔知っているだけで、あの人に会ったことないよね。それなのにあたしを批難するんだね。
 あの人、自分の子供だからって理由で、夏子の口座取ろうとしてたよ。守ったけど。そんな人だよ。夏子のことなんてなんとも思ってないんだよ。
 夏子は一生懸命尽くしているけれど無駄なのに何考えてるんだろ無駄なのに」
 強い目で風花はオレを見る。
「でもだからって、ああいう夏子が傷つく言い方、しなくても」
「遠まわしに優しく言って、聞いてくれないから言ってるんじゃない」
「それに、親子の、関係って、夏子はまだ……ほら、信じたいんだよ」
 自分と父親の関係は無視する。オレは、オレは……いいんだ、もう。

 ――親子の絆なんてこれっぽっちも信じていないくせに、オレは夏子の考えを肯定する。

「自分でも信じられないことを、夏子に押し付けないで」
 風花はオレの考えをあっさりと見透かすとせせら笑った。
「ほらやっぱりそう。啓輔は夏子のためになんてならない。予想通り。
 自分は無理だから夏子に理想を押し付ける。世間一般の型式を当てはめようとする。夏子が普通だから。夏子があの人を欲しているから?
 だからなに?」
 風花の声がより冷たくなった。
「決めたの、あの時、元樹と二人で。
 夏子が、桐生じゃないって知って、逃げたときから」
 ――どういう意味だ?
「決めたの。数少ない、二人の約束。
 夏子が私たちを守ってくれるように、私たちも夏子を守るって。
 そう決めたの。
 私たちは夏子が大好きだから。大好きな姉さんだから。だから守るの。
 夏子を苦しめるすべてから守るの。強行しないのは夏子だからなの。
 酷いことを言っているのは判っているの。
 それで傷ついているのも知っているの。
 それを歓迎しているわけないじゃない!!
 誰が大切な人を傷つけて喜ぶのよ!?」
 激昂する風花の双眸から涙がこぼれた。
「夏子はきっと、はっきりあの人に言われないと理解してくれない。
 それを理解したら夏子は傷つく。
 でも開放される。自由になれる。
 夏子が望むとおりに自由になれる。
 私も元樹も解放されることを心から望んでいるの。
 でもだからって理解して夏子が傷つくことなんてあたしたちは望んではいないの。
 だからより傷が浅いほうを選んでいるのに啓輔は何も判っていないのに知った顔して酷いって言う。
 何も知らないのに。
 夏子のことなんて心から好きでもないくせに。
 友達っていう関係を振りかざして人の触れてほしくないところに土足で踏み込んで!
 自分のことすらよく判ってないくせに!!
 嫌なことから目をそらして、全部忘れちゃったくせに!!
 私が! あたしが!! わたしが!! わたしたちが!! 今までどんな気持ちで生きてきたなんて知ろうともしないくせに!!」
 激昂する風花の双眸から再び涙が零れ落ちる。
「…………」
 オレはぽかんと間抜け面を晒すしか出来ない。
 風花が何を言っているか判らない。判らないけど、オレに対して怒っている。夏子のことと、風花が苦しんでるって。
 オレの、せいで……?
「なによ!! 余計なこといわないで黙ってよ! 思い出してほしいうそそんなことおもっていない!!」
 え? あれ? 風花、オレに対して怒っているけど、なんかおかしい。
 風花は泣きながら頭を抱えている。
「そうやってなにもかもちがう違う違う!! 忘れて忘れて!!」
 ?
 ??
 おかしい。そら、いつもの風花じゃない。けど、何ていうのかな……。一本のマイクを数人が取り合っていて、その声を聞いている感じだ。
「忘れていいって言ったのはあなたじゃないそうだけどなんで今ここでやめておもいださせないで忘れたいわけないじゃない黙って」
 風花の口を、取り合っている。
 誰が?
 誰がってそりゃ……風花、だよな。
「風花?」
「やめてやめて黙って黙ってだまってだまって!!」
 頭を抱える風花の肩を掴んで揺さぶった。けど風花はオレを見ない。そんな余裕はない。
「黙ってよ!!」
 一際大きな声を上げて、風花の動きが止まった。
 頭を抱えていた両手がだらりと落ちて、身体が傾く。向かい合っていたのでオレは難なくその身体を抱きとめることが出来た。
 風花の顔を見た。顔色は悪いし、脂汗も浮いている。風邪気味だったから熱が出たのかもしれない。
 身体は少しだけ熱い。
 息も少し荒くて苦しそうだった。
 目を閉じて、肩を上下させている。それでもなんとか自分の足で立とうと身体を動かしているが、体力が追いつかなくて、オレに寄りかかったままになっている。
「保健室に行く? 鈴村さんを呼ぶ?」
「やめてよ」
 弱々しく、風花はオレの腕を掴んだ。そして顔を上げてきっと睨む。んなことされてもオレはどうすることも出来ない。
 だが、ほんの数秒で風花の目から力が抜けて、穏やかな視線に変わった。
 瞬きをして、オレを見上げる風花。
 何故かきょとんとしていた。
「?」
 不思議そうにオレを見上げ、嬉しそうに微笑んだ。また自分で立とうとして身体を動かそうとするが、やはり出来ない。もどかしい自分の身体を不満そうに見た。
「もうちょっとでよくなるから、このままでいさせてね」
 先ほどの激情の片鱗などまったくない穏やかで暖かくて、何より甘えた声だった。
「へ……? いや、いいけど」
 女の子を抱きしめる機会なんてそうそうないので大歓迎です! 片手が自由だったら親指を立てていた。
「のどいたい」
「そりゃあ、大声で怒ってたし」
「……うん。みんなね? なっちゃんのことがだいじなんだよ」
 みんな?
 みんな?
 頭の中に疑問符が浮かぶ。
「みんなって?」
「みんなはみんなだよ」
 オレの腕の中で風花は小首をかしげた。
「でも、ひさしぶりだよね」
 にこにこと笑う風花。意味が判らない。
「ほらほら、まえにひろしくんのいえであったでしょう? それいらいだよね」
「は?」
 久しぶり? 風花とはクラスは違うけど昼飯を一緒に食べる仲ですよ? ほぼ毎日会ってますよ? なのに何を言っているのですか?
「きいてたけどね、もときがやさしくてそれがへんでおかしかった。いつもはぜんぜんこちらをみないのに」
 ふわふわと風花は微笑む。意味がさっぱり判らない。
「でもおどろいた。だってけいすけくん、おもったよりずっとおおきくなっているんだもの」
「え……」
 え?
 何、言ってるんだ? 毎日会っている人間に対して、風花は一体何を言っているんだ?
 つうか、風花様子おかしいよな?
 具合が悪いのは判る。けど、だからってこんなおかしいこと言うか?
「あ」
 風花はオレを見上げ、ぺろりと舌を出した。
「よけいなこというなって、おこられちゃった」
 そう言って、風花は目を閉じた。
 その双眸がすぐに開かれる。
 間髪いれずにオレの胸を押して距離をとった。
「?」
 はい? もう具合良くなったの?
 風花はふらふらしつつも壁に手を当てて何とか自力で立っている。けど顔色は相変わらず悪いし、肩を上下させている。具合は良くないみたいです。
 けど、おかしいよね? おかしいよね? 何か急に口調変わったし訳の判らないこと言ってるし。
 大体久しぶりって久しぶりって!
 オレの頭が全力で混乱する。つうかオレじゃなくても混乱するよ!! 何なの今のこの状況!!
「はあ……はあ……」
 風花は荒く呼吸を繰り返している。具合が悪いんだった!!
「保健室に――」
「――今の時間は閉まってる」
 オレの提案は風花に否定された。速攻だよ……。ならば。
「え?」
 背を向け、しゃがむオレに戸惑う風花の声。
「なら、帰るしかないだろうが」
「どこかで休憩すれば――」
「馬鹿者!」
 オレは立ち上がり風花に向き直ると一喝した。常日頃言われていることを他人に言うのは気持ちいいです。などということは一切表に出さない。……出ないといいな。
「自分の部屋が一番休めるだろうが! だったらそこに向かうのが一番だろう!」
「そうだけど」
「そんでオレが風花を背負っていけば移動の間は風花は休めて一石二鳥だろう」
「えー……」
 ええ、そうかなあという顔をして風花はオレを見る。オレはさあ、どーんときやがれ! と言わんばかりに再度背を向け、しゃがんだ。
「さあ!」
 首だけ振り返って風花見たら、青ざめていた。なのにオレを何故頼らないんだ! 頭にきてオレは立ち上がり、風花の片手で肩を抱いた。
「え?」
 戸惑う風花を無視して、片手で肩を抱き、もう片手を風花の膝の裏に入れて持ち上げた。はい、お姫様抱っこきましたー!! ご馳走様です!!
「帰るぞ!!」
「え? え?」
 青白い顔して戸惑っているが、風花にはオレを振り払う元気はない。ほれ見たことか!!
 オレは風花をお姫様抱っこして駆けた。

 何これ、オレめっちゃカッコ良くねー?



面白かったら押してください。一言感想もこちらに↓


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