翔くんとやよ先輩 
〜その三〜




 晩御飯を終え、ぼくは買ってきたケーキを出しました。冷蔵庫に入れるところをお母さんに見られているので、お父さんもお母さんも嬉しそうにしていました。
「バイト代で買ったケーキです」
 そう言って二人にケーキを出しました。皿とフォークを忘れたので台所に戻りました。なんか締まりません。
「お父さん、お母さん、えっと……その、いつもありがとうございます」
 いざ二人を目の前にして、感謝の気持ちを口にするのは、とても照れくさいです。
 けど、こういう機会は滅多にないので頑張りました。二人の顔はまともに見れなかったけど、ちゃんと言いたいことは言えました。
 そうしたら、お母さんが涙ぐん「ありがとう」と言ってくれました。お父さんは微笑んで、ぼくの頭をちょっと乱暴に撫でてくれました。喜んでもらえたんだと思います。

 三人でケーキを食べた後、お母さんがお茶を淹れてくれました。
 まったりとしていると、お父さんが咳払いをしました。
「翔太、大事な話がある」
 ぼくは首を傾げてからお父さんを見ました。
「実はお父さん、海外に行くことになった」
 カイガイ。外国のことですね。ほへーと聞きます。
 何でもお父さんが勤めている会社で、新しく支店を作ることになったそうです。その責任者としてお父さんが選ばれ現地に向かうことになったとのことです。
「左遷ですね」
 ぽんと手を打ちました。
「栄転だ馬鹿たれ!」
 二人は声をそろえて言いました。息がぴったりです。余談ですが、うちの両親は友人の間では「ツッコミ担当」だったそうで、結婚するとなったときに「ボケ役がいなくて大丈夫か?」と冗談交じりに心配されたそうです。確かにツッコミ気質の人にはボケ役がいないとストレスが溜まりそうですが、息子のぼくが見る限りでは特に問題がなさそうです。きっと二人の共通の知り合いでボケ役がいるのでしょう。
 すみませんと謝り、話の続きを待ちます。
「少なくとも三年は向こうに住む予定だ。お母さんも一緒に行くと言ってくれている」
 外国の単身赴任は辛いでしょう。ん? その前にどこの国に行くんだろう?
「待ってください。どこの国に行くのですか?」
「オーストリアだ」
 ユーカリの葉をもしゃもしゃと食べる動物の姿が目に浮かびました。
「コアラのいないほうね」
 すぐにお母さんがぼくの誤解を直してくれます。
「はあ……じゃあ、英語ですらないんですね」
「そうだな、ドイツ語だ」
 ぼくはどうも実感できなくてぽかーんとしてしまいます。
「翔太が高校生なら、どうしたい? って聞く。けど、中学生だ。まだ義務教育中だ。けどだからってそれを理由にしている訳じゃない。
 翔太、一緒に行こう」
 お父さんは真面目な顔でそう言いました。
「…………」
 高校生の一人暮らしはたまに聞くけど、中学生は聞かないです。一人暮らし同然の生活をしている人もいるかもしれないけど、一人暮らしとは違います。
「いきなりの話で混乱していると思う。すまない」
 お父さんはぼくに向かって頭を下げました。
「待って、待ってください」
 自分の声がいつもより高くて驚きました。動揺しているみたいです。
「この家はどうするんですか?」
 貸し家ではありません。お父さんがローンを組んで買った家です。
「買った家だからな、売りはしない。けど同期の仲のいいのが貸してほしい言っているから、そちら方面で考え中だ」
「そこに厄介になることはできませんか?」
「駄目だ。高校生の娘さんがいるし、奥さんがちょっと身体の弱い人で迷惑はかけられない」
 年頃の娘さんと、全然知らない中学生男子は一緒に住めませんか……普通に考えてアウト、何でしょうか。ぼくの表情を見て「娘を溺愛している奴でな」とお父さんが教えてくれました。仮に一緒に住んだら娘さんの操よりもぼくの身のほうが危ないそうです。……小さく笑いながら言ったので半分は冗談だと思います。けど、もう半分は本気なんですよね。ぼくもちょっと、そんなとこには住みたくないです。加えて少しだけど身体の弱い奥さん。他人がいるだけで気を使うし、ストレスになると思います……。ストレスは万病の元と言うし……。いちゃいけないですね。
 ということは一緒に行くしかないのでしょうか?
 この土地を、日本を離れ、遠くオーストリアへ。
「…………」
 転校は当然で、あちらの学校に行くことになります。
 そんな当たり前のことが頭の中を駆け巡り、一つの事実をはじき出しました。

 転校したら、やよ先輩に会えなくなる。

 初めて出会ったときの、人懐っこいやよ先輩の笑顔を思い出しました。
 生徒会の仕事を頑張ってくださいって応援したら、嬉しそうにうなずくやよ先輩を思い出しました。
 部活が苦痛だと相談したら、あっけらかんと答えを出してくれたやよ先輩を思い出しました。
 河川敷で、私服のやよ先輩と他愛のない話をしたことを思い出しました。
 やよ先輩と一緒に映画を見て、ご飯を食べたことを思い出しました。
 学校祭でのやよ先輩のとんでもない歌声を思い出しました。
 やよ先輩と一緒に食べたケーキの味を思い出しました。

 やよ先輩との色々なことが、一気にあふれてきました。
 そうしたら、言葉が出てこなくて、ぼくはただお父さんとお母さんの顔を見つめることしか出来ませんでした。
「四月から向こうの学校に通うことになると思う」
 すまなそうにお父さんは言います。でもぼくは何も返すことが出来ません。
「ごめんな、翔太。急にこんな話をして。友達もいるし、困るよな。けど、お父さんもお母さんも、翔太のことが好きだから一緒に向こうで暮らしたいんだ」
 親の権利をかざすのではなく、家族三人で暮らしたいから一緒に来てくれというお父さんの言葉に誠意を感じました。頭ごなしに「お前は子供なんだから従え」と言われるよりずっといいです。
 けど、ぼくはまだ中学生で、子供だから、親の監視下にいなくちゃいけないんです。
 もちろん苦痛なんてありません。ぼくはこの人たちの子供で良かったって思ってます。今だったそうです。
「今日はこの辺にしておきましょう?」
 お母さんがそういうと、ぼくはのろのろと立ち上がり、自室へと向かいました。
「翔太」
 お父さんがぼくを呼び止めました。ぼくは緩慢に振り返りました。
「ケーキ、美味しかったよ。ありがとう」
 ぼくはこくりとうなずいて、自室に戻りました。

 暗い部屋の中で、ぺかぺかと何かが光っていました。ベッドの上に置いてある携帯電話でしょう。
 ぼくは明かりもつけずにベッドに向かいました。ぼすんとベッドに座り、携帯電話を開きました。
 やよ先輩からメールが届いていました。

 件名:どうだった?
 本文
 ケーキで親孝行大作戦どうだった?
 喜んでくれた?
 あそこのケーキ、おいしいね!
 また一緒に食べに行こう!!

「…………」
 画面がゆがんで文字が読めなくなりました。
 ぽたぽたと水滴が携帯電話の画面に落ちてきました。
 ぼくは暗い部屋の中で、両手で携帯電話を握り締めて、声を押し殺して泣きました。



 どうあがいたってぼくはこの土地を離れなくちゃいけない。それは理解しました。父方母方どちらかのおじいちゃんおばあちゃんの家に、とも思いましたが、ここにいなくちゃ意味がないので、口にはしませんでした。どちらもここから遠く離れた場所です。
 そう、ここじゃないと意味がない。
 ただ、日本にいるだけじゃ意味がないのです。
 だから、ぼくはオーストリアに行くことを決めました。

 ぼくは二人に答えを出してから登校しました。お父さんは「ありがとう」と言いました。
 学校へ向かう道をてくてく歩いていると狩り仲間である友達に会いました。彼ともしばらく会えなくなるのか、と思ったら気持ちが沈みました。
 友達はすぐにぼくの様子に気づき、聞いてきました。ぼくは正直にオーストリアに行くこと、転校することを伝えました。彼はとても驚いてショックを受けていました。
 ぼくたちはしばらく無言で歩きました。信号待ちしているときに、友達は心配そうな声で言いました。
「生徒会長に何て言うんだ?」
「…………」
 ぼくは友達の顔を見つめ、うつむきました。
「君に言ったとおりに言う」
 隠し事はしたくないです。大事な人なら尚更。友達は「そうか」と言い、「寂しくなるな」とぽつりとつぶやきました。
 うん、そうだね。
 寂しくなるね。


 学校の敷地内に入って、ぼくはやよ先輩を探しました。朝からこんな話をするのはちょっと気が進みません。けどずっと黙ったままでいるのは嫌です。
「しょうくん♪」
 後ろから声をかけられて、背中をぽんと叩かれました。
「おはよう」
 いつも通りの笑顔のやよ先輩がいました。
「おはようございます」
 泣きそうになるのをぐっとこらえ、挨拶を返しました。
「この前はどうだった? メール送ったんだけど気づかなかった?」
「あ、え、っと。メールは見ました。ごめんなさい」
「ううん、いいよいいよ気にしないで。で、どだった? 喜んでくれた?」
 無邪気な笑顔。ぼくはなんだか気まずいです。
「はい。とても喜んでくれました」
 ちらりと周囲を見れば、友達は気を使って先に教室に行っていました。やよ先輩の友達もいないようです。他の知らない生徒もいますが、ぼくたちには無関心です。
 ぼくはうん、とうなずいた後、意を決してやよ先輩を見ました。
「お父さんが海外に行くことになりました」
 昨日聞いたことそのまま伝えました。するとやよ先輩はうんうんとうなずきました。
「左遷だね!」
「栄転です」
 似たもの同士です、本当に。
「場所は、コアラのいないオーストリアです」
「…………オーストラリアとオーストリアの区別くらい出来るよ。えーと、ヨーロッパのほう」
 その割には間がありましたね。それにえーとって何ですか。
「お母さんも一緒に行きます」
「うん」
「ぼくも一緒に行きます」
「うん」
「だから、転校です」
「うん」
 やよ先輩の声が、どんどん沈んでいきました。
「うん」
 またやよ先輩はうなずきました。
 ぼくたちは止めていた足を動かして、玄関に向かいました。その間はずっと無言でした。
 靴箱で分かれるところでやよ先輩は言いました。
「びっくりして、何て言って良いか判んない。だからちゃんと考えてから言うね」
 そう言ってやよ先輩はぼくの返事を待たずに背を向けました。



 放課後になりました。昼休みは先生に呼ばれたので職員室にいました。
 だからやよ先輩には会っていません。なんとなく、今日はもう会えないんじゃないかなと思っています。
 転校すると伝えたときの、やよ先輩の表情は……驚いてて、でも沈んでて、そんな顔でした。ぼくがいなくなるということでそうなったんだから申し訳ないです。けど、それは寂しさを感じたということだから、嬉しいです。ぼくもとても寂しいから。
 生徒会室には……今日はちょっと行きにくいです。たまには真っ直ぐ帰りましょう。ドイツ語の勉強もしなくちゃいけないし。
 そんなことを考えながら教室を出ました。廊下をてくてく歩いて玄関へ。
 この時間の玄関はとても人がたくさんいます。少々苦労しながら自分の靴箱へと進みます。

 ぶー、ぶー、ぶー…………

 カバンの中から変な音が……ああ、携帯電話のバイブレーションだ。ぼくはカバンから携帯電話を取り出しました。

「しょーーーーーーーーーーーーーくん!!」

 大声で名前を呼ばれました。
 あまりの大声に、辺りは水を打ったように静かになりました。ぼくの手の中にある携帯電話の振動音が間抜けに響いています。
「翔くん翔くん翔くん翔くん翔くん!!」
 ぼくを呼ぶ声はどんどんぼくに迫ってきました。
「翔くん!!」
 ぼくを呼ぶ声はぼくの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきました。
「やよ先輩!」
「やった、翔くん!」
 には、と微笑み、やよ先輩はぼくの手を両手でぎゅっと握ってくれました。
「翔くんのクラスに行ったらもう帰ったって言うから慌てて追いかけてきたんだよ」
「え、そうだったんですか。すみません」
「んでね、その電話は翔くんの友達が気を利かせてかけてくれたんだよ」
「そうですか」
 携帯電話を確かめると友人から着信が続いています。ぼくは迷わず切りました。あとでメールを打っておこう。
「あのねあのね!」
 握った手をさらにぎゅっと握り締められました。とても暖かいです。
「あのね! 今度のお小遣いでカメラ買うから! でね、マイクも買う! そんでパソコンも使えるようになるから!」
「はい?」
 言っていることが良く判らなくてぼくは首を傾げました。
「うん、あのね、カメラとマイクをパソコンにつなげたら、テレビ電話みたいに出来るんだよ」
 ああ、インターネットでそういうサービスをやっていますね。
「だからね、翔くんがオーストラリアに行っても、時間を合わせればお話できるよ」
「オーストリアです」
「うん、そうそうそうそう! オーストリア。でね」
 やよ先輩は真っ直ぐにぼくを見て言います。
「手紙も書くし、電話もするよ! でもメールが一番お手軽だね!」
「そうですね。メールが一番安いです」
「でも手紙って貰うと嬉しいよ!」
「じゃあぼくもやよ先輩に手紙書きます」
「うん!」
 うなずき合いました。
「ところでこれは何の話ですか?」
 いきなりまくし立てられたらさすがに混乱します。
「翔くんが、オーストリアに行っても寂しくならないようにする話!」
「――!」
 胸が詰まって、いっぱいになりました。
「でもね、いつかきっと必ず!」
 さらにやよ先輩はぼくの手をぎゅっと握り締めました。少しだけ痛いくらいに。
「手紙でも、メールでも、電話でも、テレビ電話でも、それでも足りなくて、寂しくて寂しくてしょーがなくなるときがくるから!」
 ぼくもやよ先輩の手を握り返しました。

「そのときがきたら、私、翔くんに会いに行くから!!」

 静かな玄関にやよ先輩の声が響きました。
「私も新聞配達のバイトしてお金貯めて、翔くんに会いに行くから!!」
 そう言って、やよ先輩は手の力を抜いて微笑みました。

 ――会いに行くから。

 その言葉がじーんと胸に沁みて、身体全体に溶けていきます。
 嬉しい。
 嬉しい。
 何て返したらいいんだろう。何て言ったらやよ先輩は喜んでくれるんだろう。
 必死になって考えているのに言葉がまったく思い浮かびません。
「で、でもオーストリアは遠いし、飛行機代だって高いから、そんな」
 よりにもよって出た言葉がこんな言葉でした。テンパっていたとはいえ、自分が嫌になります。
 でも、ちょっとだけ本音でもあります。やよ先輩の気持ちは嬉しいけど、現実は……。
 中学生のぼくたちがお金を貯めるのは大変です。貯めた後も大変です。外国は当然ながら日本語ではありません。言葉の壁があります。英語ならともかく、オーストリアはドイツ語です。それに何より、未成年の一人旅(とも限りませんが)が海外なんてハードルが高すぎます。ご両親が許してくれるでしょうか?
「大丈夫!!」
 やよ先輩は片手をぼくの手から離し、胸をどんと叩きました。強く叩きすぎたのか咳をしています。

「誰かをね、大好きって思う気持ちはね、無敵なんだよ!
 空だって飛べる、海だって越えられる!
 私は翔くんのことが大好きだから。だから、会いに行くよ!
 私は翔くんに会いに行く。
 翔くん、君に会いに行く!!」

 ぼくは大きく目を見開いて。
 笑顔で言い切るやよ先輩をぽかーんと見つめて。
 どうしようもないくらいの安心感に包まれました。それから、頼もしさも。
 何て言うんでしょうか。ああ、この人ならちゃんとやってくれるなという、根拠もないのに確信を得たというか。

 やよ先輩は、どんなに遠くに行ってもぼくに会いにきてくれる。

 そんな確信が持てました。
 嬉しくて仕方ありません。
 それなのにどうしてでしょう? ぼく、なんだか泣きそうです。
 目の前のやよ先輩もなんだか泣きそうな顔をしています。
 笑顔だったやよ先輩の目がどんどん潤んでいきました。
「――うう……」
 まぶたに涙が溜まって、瞬く間に零れ落ちました。
「そんなこと言ったってやっぱり翔くん遠くに行くのやだあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 やよ先輩は、再びぼくの手を痛いくらいに強く握り締めて泣きました。
 子供みたいに。
 駄々っ子みたいに。
 小さな子供みたいにわんわん泣くやよ先輩を見てぼくは、やっぱりこの人の近くにいたいと強く思いました。
 気が付いたときにはぼくもやよ先輩の手をぎゅっと握り返していました。
「ぼくも遠くに行きたくないです。やよ先輩と離れるのは嫌です」
 ぼろぼろと涙があふれてきました。片手は携帯電話を持っているし、もう片手はやよ先輩がきっちり握り締めているから涙をぬぐうことが出来ません。
 でも、構いません。
 やよ先輩と離れるのが悲しくて泣いているんだから、誰が涙なんてぬぐってやるもんか。
 そんなよく判らないことを思いながら、ぼくらはしばらく泣き続けました。


 蛇足ですが、衆人環視のところでこんなことをやらかしたので、後日ぼくらは時の人となっていました。



 それから、ぼくは引越し準備をしつつ、時間を見つけてやよ先輩と色んなところへ行きました。生徒会の仕事(雑用)もたくさんしました。
 携帯電話でですが、たくさん写真も撮りました。それはちゃんと現像して、二人で持っています。
「二人で行った場所、景色が変わったこととか、教えるね」
「はい。だったらぼくはこれからぼくが見る場所をやよ先輩に教えます」
「うん♪」
 短い時間で出来る限り色んなところに行きました。おいしいケーキ屋さんにもまた行きましたよ。
 あ、もちろん、他の仲の良い友達とも同じことをしました。ただやよ先輩とののほうが圧倒的に多いです。

 新聞配達のバイトはやよ先輩に引き継いでもらいました。ぼくとやよ先輩のお家はそこそこ離れているので担当する家は違いますが……これは引継ぎというのでしょうか? 人手が足りてなかったのでたぶん良いのでしょう。

 クラスではお別れ会を開いてくれました。オーストリアに行っても頑張ってねと大きく書かれた色紙を貰いました。それにはクラスメイト全員からの短いメッセージが書かれてあって、その一つ一つが暖かくて、嬉しかったです。
 やよ先輩と離れるのも嫌ですが、このクラスから離れるのも嫌だなと思いました。


 ――そして旅立ちの日がやってきました。

 空港での見送りは、仲の良かったクラスメイトが数人と、仲の良い親族……お母さんがお相手しています。それと偉そうな人がいました。それはお父さんの会社の人だそうです。
 ――あと、やよ先輩もいます。
「翔太、着いたら連絡しろよ」
「身体に気をつけてね」
「手紙書くから落ちついたらでいいから返事ちょうだい」
「たまには帰ってこい。また一緒に狩りしようぜ」
「向こうでもちゃんと狩りをしておくように。ああ、それと狩り仲間も増やしとけよ」
「ドイツ語覚えたら帰ったときにちょっと教えてね」
「可愛い女の子と知り合いになって紹介してくれ」
 友達の言葉一つ一つにうなずき、返事をしました。最後のは無視しました。
 見送りにきてくれた友達全員と行ってきますと握手を交わしました。特に狩り仲間でもあり、長いこと友達をやっている彼とはがっちりと、長く。
 彼とは無言の握手を交わし、うんとうなずき合いました。これで充分です。
 手を離して、彼はぼくの背中をどんと叩きました。というより押されました。
 押された先にはやよ先輩がいました。
「行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
 いつものようににはっと笑ってくれます。
 ぼくが手を差し出すと、やよ先輩はきゅっと握り締めてくれました。
「長いお休み入ったら会いに行くね」
「はい。ぼくもやよ先輩に会いに帰ってきます」
「すれ違わないようにちゃんと連絡しようね」
 うなずいて、手を離して。
「約束」
 そう言って、小指を立てました。
「指きり」
 やよ先輩の小指にぼくの小指を絡めました。
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼん、のます♪」
 リズムに合わせて揺れます。
「ゆびきった!」

 これは旅立ちで、お別れじゃありません。ちょっと寂しいけど。
 ぼくはまた、ここに戻ってくるから。
 だから、へっちゃらです。

 ぼくはやよ先輩、友達に手を振って、お父さんとお母さんのところへに行きました。
 二人はぼくとやよ先輩のやり取りを見ていたようです。ちょっと恥ずかしいです。
 お母さんは何か言いたそうでしたが、小さく笑うに留めてくれました。良かったです。何て答えたら良いか判らないからです。
 ほっとしつつ、ちらりと後ろを見れば、やよ先輩をはじめ、クラスの友達が残っていて、ぼくに手を振ってくれました。ぼくも振り返します。
「行ってきます」



 ――以上が今日のお誘いを断る理由です。
 わざわざ遠くから来てくださったのに申し訳ありません。あと、今後は事前に連絡お願いします。連絡先は今日あなたを案内したあんちくしょうが知っています。仲が悪いのかって? 人の話を聞かないで予定を入れてくる奴ですが、なかなか良いハンティングをする奴ですよ。え? ゲームの話です。
 景色の良い散歩コースはまた今度にしてください。えーと一週間くらいは遠慮願います。だってやよ先輩がそのくらい滞在しますので。
 ようやくなんです。やよ先輩、お金貯めたのはいいけどパスポートを取り忘れて夏休みには来られなかったんです。そして、取ったら取ったでご両親から反対されたりで、大変だったんです。今回は成人しているイトコさんと一緒に来たそうですよ。さすがに一人旅は許されなかったようです。
 え、紹介してほしいって? やよ先輩をですか? 日本人だから? ……日本人学校に通うぼくが知り合いなのに、何で学校の人じゃなくて、ぼくの先輩をわざわざ紹介しなくちゃいけないんですか? せっかく知り合ったから? 意味が判りません。
 とにかく、ぼくはこれからやよ先輩に会いに行くので失礼します。
 え? もう、そろそろ時間なんです、勘弁してください。
 質問ですか? 手短にお願いします。 ……やよ先輩のことをどう思っているのって?
 そんなの決まってます。

 ――世界で一番大好きです。



 完



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