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 先程の高野は変だった。
 いや、変になったが正しいのだろうか。
 それに三上先生もだ。俺たちを追い出してそんな高野と隠れて、でも堂々と話をしている。あの人も高野も俺たちに隠していることがある。それもたくさん。

 ぶっちゃけ、今はそんなことはどうでもいい。

 何故ならもっと重大な問題が目の前に転がっているからだ。
 文字通り、転がっているのだ。
 学校から帰ってきて、着替えるときに気がついた。
 俺のポケットに入っている星。
 とりあえず自室の机の上に置いてある星。

 どうしよう……。




スターハンター 07
〜子供と子供のゆびきり〜




 一夜明けて。
 星の色は深緑。もちろんほのかに光っている。力がある状態だ。昨日の惨状を思い出せば、こんなもの手元に置くなんてとんでもない。
 なら高野に返そう。返そうってのは変だが、そうしよう。それが一番だ。
 俺はカバンに星を入れ、学校に向かった。


 教室に入って、まず自分の席にカバンを置いた。次に高野を探す。
 相変わらず眠そうに笠木にもたれかかって船を漕いでいる。なぜ眠らないんだろう。しかし笠木も笠木である。この状態を全く気にせず西野と談笑している。
 星はポケットに入れるわけにもいかず(目立つからだ)、カバンに仕舞っておく。昼休みか放課後、人の少ないところで渡そう。俺としてはこんな危ないもんさっさと渡したいが……、目立つのは避けたい。
「高野」
 半分以上寝ている高野の肩を少し揺さぶる。
「……にゅうううう」
 なんつー返事だ。
「高野!」
 少し強めに揺さぶる。が、高野の反応は変わらず。俺に気づいた笠木が一緒になって高野を揺さぶる。
「まいまい、まいまい」
「うー……? ふえ」
 何故笠木だと起きるんだ。
「ゆーくん呼んでるよ。おはよう」
「お、おう。おはよう」
 全部一緒くたに言うな。
「うう、眠いよう。おはよう。なに?」
「お前もまとめて言うな」
「へあ?」
「あーもー起きろ、そんでもってこっちこい!」
 目をこする高野の腕を引っ張り上げた。
 昨日に引き続き、教室中の視線を集めることになった。が、気にせず廊下まで引っ張り出した。
「芳岡、痛い」
「ああ、すまん」
 言われて離す。廊下は登校してくる生徒がそこそこいるが、教室のように俺たちに注目しているわけではない。ここなら大丈夫だ。
「なに?」
 あくびをかみ殺し高野は言う。
「昨日の星、返し忘れてた」
「……星?」
 高野の動きが止まった。眠気のため頭がまだ動いていないようだ。
「…………」
「……星」
 待つ。
「ええ!?」
「大声出すな、目立つだろ!?」
 でも注目を集めたのは一瞬で、こちらを見た生徒はすぐに興味を失っていった。
「え、どこ? 今持ってる?」
「カバンにある。昼休みか放課後に」
「今ちょうだいよ」
「あんなん、目立つだろ」
 俺の言葉に高野は少し冷静さを取り戻した。
「うわああ」
 あちゃあ、そんな表情で高野はため息をつき、肩を落とした。
「うん、じゃ、昼休みに保健室行こう。そこで」
「了解」
 頷き合う。高野は用は済んだと俺に背を向けた。反射的に俺はまた高野の手首を掴んだ。
「今度はなに?」
 嫌そうな顔を隠しもせず言う。俺は手を離した。
「昨日、どうした?」
「……曖昧すぎて答えられないけど、具体的に質問もしてほしくないなあ」
「三上先生とは何を話したんだ?」
 後半は無視して具体的に質問する。
「極々、プライベートなこと」
 鼻を鳴らしてそっぽを向く。……嘘じゃないが、答えたくないってことか。この二人、何を隠していやがる? 高野はまだいい。三上先生はなんなんだ?
 が、今知ることは出来ないのでおいておく。
「じゃあ、昨日の暴走は?」
「それは――まあ、そのことを先生と話してたんだけど」
 何故? とは訊ねずに続きを待つ。
「星の力としか言えない」
 他に予想できることがあるってことか?
「そうか。――最後に」
 人差し指をぴと指す。高野は面倒そうにこちらを見た。
「お前、きょうだいいるのか?」
「え?」
 高野の表情か固まった。だがすぐにそれは解ける。
「いないって、言ったじゃない」
 でも声は硬い。
「この質問に、何で動揺するんだ?」
「してない」
 むっとして口を尖らせた。なら、質問を変えようか。
「じゃあ、何で昨日、太一に同じことを聞かれて、笠木を見たんだ?」
「!」
 高野ははっと息を飲むと素早く俺から視線を外した。
「笠木から何か感じることでもあったのか?」
 俺と同じように――という言葉は省略する。
 高野の表情がすとんと落ちた。完璧な無表情。
 突然の変貌にこちらが動揺する。それと同時に確信する。それを今具体的な言葉に出来ないが、何かある。
 高野は俺を見据えると言った。
「いっしょにしないで」
 突き放した声だった。氷のように冷たい声だった。
 少なくとも、昨日俺が動揺したときにフォローしてくれた高野とはまるで別人だった。
 言葉が出ない。
 昨日の優しかった高野が急に出てきて、今の高野を許容出来ない。
「舞衣ちゃんに芳岡くん、朝からなにやってんのー?」
 能天気な声。首をどうにか動かせば、きょとんとした真鍋がいた。それに、今まで気づかなかったが教室から何人も顔出してこちらを見ている。その中に太一、笠木、西野もいた。
「喧嘩? それなら漢らしく殴り合えばいいと思うよ!」
 真鍋は佐久間に殴られた。
「…………」
 高野は俺を一瞥した後、さっさと背を向けた。まるで俺から興味を失ったようだった。それが、すごくショックだった。立ち尽くす俺に高野は何も言わないし、見てくれもしない。
「まいまい!」
 笠木が飛び出して、高野の前に立つ。何か言っているが聞こえない。
「祐一?」
「芳岡!」
 太一と佐久間が来て、心配そうに顔を覗き込んでいる。二人は何か言っている。聞こえるが、認識したくない。

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴って俺は自動的に教室に入った。
 高野と笠木は帰ってこなかった。


 一時間目、二時間目の座学の授業をぼーっと過ごした。休み時間に太一や他のクラスメイトに話しかけられたが、適当に返事をしていたと思う。編入する前、前にいた学校にいたときの自分を思い出した。
 去年の夏休みに入る直前からこうなったんだよな。他人事のように思い出す。自分も他人も目に映るものそうでないものも、すべてがどうでもよくなった。
 そう、あのときから。
 あのときから。

 目の前が真っ暗になって、すぐに赤に塗りつぶされる。

 その中心にいるのは誰だ?

 女の子がいる。俺と同い年の、女の子。

 三時間目も同じように過ごすことになった。
 休み時間、太一は何も言わない。ただ俺のそばにいてマンガを読んでいた。
「ゆーくん」
 幼い声に緩慢に視線を上げる。笠木がいた。

 黒の世界、赤に塗りつぶされる。

 その中心にいるのは誰だ?

 女の子、笠木に似ている、血にまみれた、女の子。

「あのね、まいまいもね、大人気ないっていうか、まだまだ子供で、ゆーくんは色々あるの。
 で、ゆーくんは落ち込んでてそーやって現実逃避するのは希望としてはこーよくないと思うの。
 そんで、まいまいは子供なのね。あ、二回目だね。うん、子供なの。で、気に入らないものは潰さないと気がすまない厄介な性格しているの」
 自分の友達をボロクソに言っている気がする。
「そんでね、ゆーくんは知らなかったとはいえまいまいの触れて欲しくないことに触れたの。で、まいまいはその対応が非常に悪いわけです。
 なので、いわゆる喧嘩両成敗なのです」
 一生懸命言っているが、よく判らない。
「要するに、悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝るの」
「俺が?」
「二人が」
「そうか」
「うん、まいまい、今拗ねてるけど、話せばちゃんと判るから」
 太一がマンガを閉じ、笠木に向けて片手を上げた。
「同じことを高野に言ったの?」
「うん」
 簡単に首を縦に振った。
「怒らなかった?」
「怒ったけど、ちゃんと話したら泣きそうになって保健室に行っちゃった」
 泣かしたのか。
「のんのん、舞衣を泣かしたの?」
「結果的にそうなったけど……希望はそんなつもりなかったよ」
 西野がこちらにやってきて驚きながら言う。笠木はちょいとバツが悪そうだった。それがなんか微笑ましくて、気がついたら口が動いていた。
「判った。昼休みに謝るよ」
 三人がこちらを見た。な、なんだよ?
「元に戻った」
「元気になったね」
 太一と西野が珍しいものを見る目で俺を見ている。……そんな突然変わったのか?
 無言の笠木に、どうだ? と視線を送ると満面の笑みを返された。
 すっと手を伸ばし、俺の髪に、いや頭に触れる。
「うん、いいこいいこ」
 なでなでされる。反射的に太一に視線を送ると鬼の表情で俺を見ていた。
「また、のんのん……。そーやって、芳岡同い年なんだよ?」
「ん、でもいいこだから。いいこにはこうするの」
 呆れる西野とにこにこと微笑む笠木。恥ずかしい光景なんだが、笠木の手から伝わる温もりが心地よくて振り払おうとは思えなかった。
 でも、太一にはあとで謝っておこう。


 四時間目。まだ高野は帰ってきていない。笠木の話じゃ拗ねているようだが……。怒られて泣きそうになって拗ねる。確かに子供だな。
 眠い。寝不足じゃなくて純粋に授業がつまらない。歴史は好きだが、古文には興味がないのだ。教師は自分の熱弁に悦に入っているらしく、生徒の反応はあまり気にしていない。これは寝ていても問題なさそうだ。
 ということで、眠ろう。

 夢の中だ、そうはっきりと自覚する。
 教室で寝たし、大体ここはどこだ? 壁も天井もガラスか水晶で出来ているのか、酷く神秘的な部屋だ。それに光源が見当たらないのに部屋は明るい。
「ここはどこだ?」
 一応頬をつねってみる。痛くなかった。夢決定だ。
 ふと思ったが、ここってゲームに出てる水晶の部屋にそっくりだ。真ん中にどんと水晶が浮かんでいる。なんとなくボスが出てきそうなので冗談で身構える。しかし戦う力なのない俺に一体何が出来るんだろう?
「祐一さん、力が欲しい?」
 突然の声に、本当に身構えた。辺りを見回すが姿は見えない。……べたで悪いが、幽霊か?
「誰だ! 姿を見せろ!!」
 叫ぶ。これで出てくれるなら苦労はないだろう。
「あれ? 見えないの? あっ、そーか。うーんごめん。それ僕の力不足だから勘弁して」
 やたらと口調が軽い。重いよりはいいが、なんかフレンドリーだぞ。
「で、祐一さん。力が欲しい?」
「まて、何で俺の名前を知っているんだ? お前は誰だ?」
 フレンドリーだからといって俺に危害を加えない保障はない。
「まー、いいじゃんそんなこと。で、力が欲しい?」
「良くない! 不気味だろう!! お前知らない奴が自分を知っている不快さを知らんのか!」
「そう言われると返す言葉もないんだけど……」
 声は俺の剣幕にたじろぐ、というより困っていた。なんとなく、悪い奴ではないと思い始めた。
「えーと、名前を知っているのは、人から聞いたからです。それで、僕は祐一さんの夢の中にお邪魔しているので危害を加えることが出来ません。なので必要以上に警戒しなくていいですよ」
 俺を納得させるためにか、一つ一つ丁寧に声は説明した。
「仮に危害を加えようとしても、祐一さん、目が覚めて結果的に何も出来ないよ」
 身の安全は保障されていると判断していいだろう。俺は構えと警戒を解いた。
「待て、俺の夢の中って、俺こんな夢を見るのは初めてだぞ」
「それは僕がお邪魔したせいじゃないかな」
 危害は加えないって言ったじゃないか……。
「大丈夫、問題ない! どっちかてと綺麗だし、イージャンイージャン、スゲージャン!!」
 頭が軽い――いや、陽気な奴だ。
「で、話を戻すぞ。力がなんだって?」
 この手の人間(?)はさっさと言いたいことを言わせればすぐにカタがつく。
「うん。祐一さん、力が欲しくない?」
 なんて怪しいんだ。
「具体的に言ってくれ」
「星の化け物と戦う力だよ」
「!!」
 それは――欲しい。
「望むのならば、僕が叶えるよ」
 無意識に高野の前に飛び出したことを思い出した。力なんてないのに。足手まといにしかならないとどこかで判っていたのに、俺は飛び出そうとしていた。
 最初は化け物に遭遇した日、次は部活で出かけた初めての日。太一に止められなかったら俺は間違いなく飛び出していた。

 力が欲しい。

 そう、高野を助けられる力が。そうすれば――
「もちろん条件があるよ」
 頭を振る。
「条件?」
「そ。で、欲しい?」
 あくまでも軽い口調。かなり調子が崩される。
「……そりゃあ欲しいよ」
 高野を助けることが出来るし、何より過去と違う自分になれる。
「じゃあ、叶えてあげるよ」
「って軽っ! いいのか!?」
 あまりの軽いノリに戸惑う。
「つうか先に条件言えよ! 新手の詐欺みたいじゃないか!!」
「大丈夫大丈夫」
 まーまーとなだめている感があって少し腹が立つ、でも無茶な条件言われたら無意味なんだ。
「祐一さんなら大丈夫。簡単で、最も難しいことだけど」
「矛盾してるぞ」
 何を言っているんだ。つうかこいつまともなことより無茶苦茶なことばっかり言っている。……こんな奴からもらっていいのか?
「やっぱり――」
 キャンセル! と叫ぶ前に声は明るく言った。
「ブッブー! もう駄目です。クーリングオフ制度はありません」
 酷かった。
大丈夫、祐一さんなら、大丈夫
 妙に自信のこもった声に逆に不安になる。
「条件は簡単、――」

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムの音が俺を現実に引き戻した。
「きりーつ」
 日直のやる気のない声に慌てて立ち上がる。
「れーい! ちゃくせーき!」
 座ると同時に昼休みが始まる。
「?」
 周囲を見回す。どこをどう見ても自分の教室だ。クラスメイトもちゃんといる。高野はいない。まだ拗ねてるんだろうか。
「どうしたの?」
 不思議に思ったんだろう、太一が弁当片手にこちらに来ていた。
「いや、変な夢を見て」
「ぐっすり寝てたもんね、あんた」
 西野が太一と同じように弁当片手に言う。
「変な夢だった」
「普通の夢って、あたし見たことない」
 西野は笠木のそばに来て弁当箱の蓋を開けつつ言う。
「あ、皐月ちゃんてカラーで夢見る? 希望のってなんて言うのかなー、情報だけがあって、映像が出ない感じ。でも体験したって感覚はあるの」
「モノクロの夢とはまた違うわね、それ」
「僕は……モノクロかなー」
 太一も夢話に参加する。俺は参加せず夢の内容を思い出すことにしよう。もちろん食べながら。弁当を取り出す。

『力が欲しい?』

 声はそう言っていた。

『星の化け物と戦う力だよ』

 高野が化け物と戦っているのを見た瞬間から、ずっと欲しいと思っていた。
 だからこの言葉はとてもありがたかった。
 けど、同じくらい怪しかった。
 縁もゆかりもない俺に、どうしてそんなことをしてくれる?
 いや、そもそもどうやって力を与えるんだ?
 魔法を使ってって奴か? 高野はそんな魔法使えなさそうだけど……。
「あ」
 その前にやらなくちゃいけないことを思い出した。
「ちょっと俺、高野のとこに行ってくるわ」
「ん、いってらっしゃい」
「いってらっさい」
「がんばれー、いってらっしゃい」
 三人が軽く手を振って送ってくれる。そうだった、謝るんだった。えっと、確か保健室で拗ねてるんだよな。そうそう、星も持っていかなくては。
 ここで出すと厄介なのでカバンごと持って行こう。


 コンコン、と保健室のドアをノックする。
「失礼しまーす」
 ドアノブを捻り入室。消毒液の匂いが鼻をくすぐった。
 弁当を食べている三上先生がまず見えた。彼女は俺を確認すると顎でベッドをさした。……相変わらず態度が教師としてアレだ。
 ベッドを見ると、女子生徒が横になって背中を見せていた。髪形から高野と判る。
「高野?」
 声をかけるが、無反応。
「高野」
 肩を揺さぶると掛け布団を捲り上げ、頭からかぶって隠れた。……こ、子供の反応だ。怒る前に呆れが先に出る。
「…………」
 頭をかいて対策を練る。こんなんじゃ話すら出来ない。謝るどころじゃない。ならこいつが食いつくような話をしたらいい。
「高野、星を持ってきたんだが」
「星?」
 こちらに向き、掛け布団を目まで下げて見上げる。……小動物っぽくて少しかわいい。いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「ああ、ちょっと待ってな、今出すから」
 カバンをベッドに置き、星を取り出す。
「二つな。いや、びっくりしたよ。家に帰ったらポケットに入ってるんだもんな」
「ん」
 直径三センチくらいのいびつな球を掴む。
「はい」
 おずおずと起き上がり、こちらを見る高野にまず一個を差し出した。
「はえ?」
「変な声をあげるな」
 またかわいいと思ったじゃないか。
「だ、だって、だって昨日のと違う」
「へ?」
 今度は俺が変な声をあげる。
 手の中にある星を見た。

 真っ黒だった。

 石炭のように真っ黒だった。
 これは――力がなくなった状態だ。
 高野の顔を見れば血の気が引いていた。俺も同じ顔してると思う。慌ててもう一つをカバンから取り出した。
 これも真っ黒だった。
「…………」
「…………」
 絶句。
 昨日は力を持った深緑の光を放っていたんだ。で、一日たったら力を失った真っ黒。
「芳岡、身体に変なとこない?」
 青ざめた高野の言葉に、昨日の暴走した槍の化け物を思い出した。さらに俺の顔から色が消えた。
「い、いや、何もない! つうか何もしてない! 強いて言うならば机の上に置いた、そっからカバンに移動させた、そのくらい!」
 完璧に頭がパニックを起こした。それは高野も同様で。
「本当? 本当? 近くに変な化け物とか、巨大化した虫とかいなかった!?」
「いないいない! いたら連絡したって!! ついで言うならばよく眠れた!」
「ホント? ホント? 何もない? じゃあなんで真っ黒なの!?」
「俺が知るかよ!?」
 二人で混乱。そこに気だるそうに三上先生が割り込んできた。
「うるさい」
 声は聞こえているはずなのになんでこの人は……!!
「暴走は舞衣の力が関わらなければなさそうだし、祐一は何もしていない、見てないって言うなら何もないんでしょうが」
 冷静に指摘する。
「…………」
「…………」
 さらに三上先生は続けた。
「それに、星の力を得た化け物の大半って、いつもと同じ行動をするんでしょう? 仮に虫かそこら辺の動物になったとして、祐一を見かけたらそこから離れるじゃないの? それか、自分の住処に帰るか」
 とても冷静な指摘だった。
「学校終わったら、芳岡のおうち周辺を探してみます」
「そうなさい」
 話はあっさりと終わり、静かになって満足したんだろう、三上先生は自分の席に戻った。あれ? でも星の化け物って、星ごと取り込んでなかったか? すぐにそれを訊ねた。
「そういうののほうが多いけど、たまに力だけ取り込んでいるのもいる。で、その星――この場合は石炭のほうね、を見つけるのはちょっと面倒」
「力が感じられないのか?」
「うん、ほとんど感じない。でも感じないわけじゃない」
 それは厄介だ。
「でも、今回は星だけあるし、……面倒なことになる前に化け物探せばいいから」
 そういうもんなんだ。ふうんと納得する。

 くう〜。

 高野の腹から音が鳴った。青白かった顔色が普通の色を通り越して赤面になる。
「教室に戻ろうか」
 真っ赤になって頷く高野がやっぱり、でも、少しだけかわいかった。

 穏やかな雰囲気で戻ってきた俺たちを見て、笠木は満足そうに頷いていた。太一を含めたクラスメイトがほっとしたように息をついていたのが印象的だった。……本当にいい奴らなのかもしれない。
 あ、でも、俺謝ってない。放課後、隙を見て謝ろう。


 放課後、予定通り俺の家の周辺を探索することのなった。いつもどおりの四人と一匹だ。
 俺はカバンを自室に放り込む。高野のカバンは玄関に置いておく。太一と笠木のは、二人の家は学校に近いので置いてそのまま来た。着替えてはいないので制服のままだ。ただ、保健室によらないでそのまま学校を出てしまったので、今日の太一にはゴーグルがない。あとで報告するから問題なしと言っている。ま、大丈夫なんだろう。
「どうする? また二手に分かれるか?」
「うーん……今回は化け物になってる可能性もあるから……でも早く見つけたいし……」
 俺の家の前で高野は腕を組んで悩んでいる。
「僕たち無茶はしないよ」
「うんうん!」
 太一の言葉に笠木が頷く。槍の暴走を見た今、無茶はしたくないのが本音だろう。一応危険はなかったが、気持ち悪いにも限度があった。
「じゃあ、二手に分かれよう。星からはそんなに離れられないはずだから、あんまり遠くまで探さなくていいよ。そんであたしとのんのん、ククと芳岡とたっちくん」
「判った、ってさり気なくあだ名だね」
 頷こうとしてどうでもいいことに太一が反応する。
「あ、嫌だった? のんのんのが移っちゃって」
「いやいや、いいよ。今後もそれでね。じゃあ、僕らは西に行こう」
 西はS市のより僻地だ。まあもうここの時点でかなり僻地だが。
「うん。ありがとう。じゃあ、あたしたちは逆方向に。いい?」
「おっけい!」
 笠木が元気に頷き、俺は無言で頷く。それを確認すると高野は肩に乗っていたククを俺に向けて投げ飛ばした。抗議の声はいつものように無視しておこう。


 二手に分かれ、化け物を探す。見つけた場合は即高野にケータイで知らせ、化け物を見張る。絶対に手を出さない。
 まさか人家に紛れてるとは思えないので、空き地を重点に探す。が、僻地とはいえここは住宅街。そもそも空き地がそんなになかった。
「昔はもっとあったんだけど……ここもだいぶ家が増えたねえ」
 地元人の太一が目を細める。お前は爺さんか。
「てことは化け物が居にくい場所ってことだな」
「公園はどうッスか?」
 ククがこっそり言う。人目のある場所だ。姿をさらしてもいいが、言葉を話すのはまずい。
「うーん、行ってみようか」
 頷き、太一の知る公園を回り始めた。
「さっき高野が言ってた、星からそんなに離れられないってどういうこと?」
 俺の肩、と言うか襟に隠れているククに太一が訊ねる。
「んーと、ですね。星と化け物は一心同体なんス。星があってはじめて化け物になれるッスからね。で、普通は星ごと取り込むッス。そうしたら星の力を全部使えるッスからね。
 んでも、今回のように力だけ取り込むことも出来るッス。その代わり、それほど星の力を使うことは出来ないッス。たぶん、普通のその動物よりちょっと大きいくらいになってるはずッス。
 そんで理由はッスね、えっと、星と、星の力は完全に切ることが出来ないんス」
「真っ黒な星にも力が少し残っているってことか?」
「間違いじゃないッスけど……えっとッスね、えーと、星と化け物が見えない線でつながっていると思ってくださいッス。その見えない線が星の力なんス」
「ああ、だから離れられないんだ。そんで遠ざかれば遠ざかるほど使える力が減っていくと」
 太一が納得したように頷く。
「そうッス。ま、星と化け物はお餅みたいなねばねばしたものでつながってると思えばいいッスね」
 例えとして判りやすい(か?)……としても、想像すると間抜けな話だ。
「その線ってのは星と同じ力なんだろう? 感じられないのか?」
 俺の問にククは肩をすくめた。
「すごーく小さくなってて、他の力もあってわけわかめッス」
「他の力って?」
 魔力のないこの世界にどんな力があるってんだ?
「祐一さん、別にこの世界に魔力がないわけじゃないんスよ。たまに自覚ないけど持っている人もいるッス。他の動植物も一緒ッス。それに電波があるッスしょ? それも魔力に似てるとこがあって、こういうところで特定の力を探すってのはかなりの骨ッス」
 新情報がたくさんだ。
「でも、あっちではどうしてたの? 高野はそういう専門の仕事してたんでしょ?」
 太一が訊ねる。
「舞衣さんのお仕事はモンスターを退治することッス。探すのはほかの人ッス。だからこういうのはあんまり得意じゃないッス」
 ククの言葉に疑問を覚える。ならなんですぐに増員しないんだろう。最初は比較的安全だと思われていたから高野一人で来た(ククは置いておく)。でもどんどん安全とは距離を置くような状況になってきている。極めつけは昨日の槍の暴走だろう。
 この疑問に簡単な答えを思いついてしまった。

 いわゆるお役所仕事、対応が遅いのは当然である。

 だとしたら……高野は大変だな。
 こそこそとククと話しながら公園を探し、化け物探索。範囲を広げてみたが何も見つからなかった。


 空がオレンジに染まってきた頃、高野から連絡があった。俺たちと同様、何も見つけられなかったそうだ。
 いったん、俺の家の前に合流し、共に成果を報告。電話で聞いていた通りの内容と特に変わることはない。収穫のなさに俺たちは肩を落とした。
 暗くなったら余計に見つけられないので今日のところはこれで終わりにしようということになった。
 太一と笠木はカバンをすでに自宅にあるので、そのまま帰ればいいだけだ。二人は手を上げ仲良く並んで帰っていった。
 高野のカバンは玄関にある。取ってやらねば。そして、今まで忘れていたが、今朝のこと、謝らなくちゃな。
「ほい、カバン」
「ん、ありがとう」
 受け取ってすぐにも帰ろうとする高野の手首を掴んだ。
「ん?」
「あ、あのさ、今朝のことだけど」
「あ、ああ……」
 どことなく気まずそうに高野は視線をそらした。俺もそらして手を離す。
「えっと――」
 言葉を捜す。
 そうしていると、
「あれ? 祐一? その子だあれー?」
 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。とても馴染みのある声だった。顔を上げ、高野のだいぶ遥か向こうにいる人物を見つけた。仕事帰りのパートのおばさん、そんな女性がこちらに向かって手を振っている。
「!?」
「ん? あれ、芳岡の、お母さん?」
 高野は振り返り俺の視線を追って、とても正確な推理を披露してくれた。いや、そんな立派なもんじゃない。
 親しげに俺に(正確には「たち」だろう)向かって走ってくるおばはんは近所の知り合いってより母親だ。つうか、母親だ!
「高野、家どこだ? 送るぞ!!」
「え、別に暗くないし、一人で帰れるよ。それに挨拶したほうが――」
 真っ当なことを言っているが、無視する。
「いいから、送るぞ! えっと、コンビニの方向だったよな!? じゃ、行くぞ!!」
 高野の反応を見ないで、手を掴み思い切り引っ張った。勢いに任せそのまま走る。
 母親に女子の友達を見せるって……なんて言われるか、つうかからかわれるに決まってるじゃねーか!!


 母親が見えなくなったところで、高野に場所を聞いて送った。歩き、見えてくるのは立派な五階建てのマンション。
 それを見て俺は青ざめた。
 場所は学校に一番近いコンビニから歩いて五分ほど。外装は出来たてのように綺麗だ。そして、出来たてのように人の気配がしない。
「ここって、入っても一ヶ月以内に必ず出て行くと言われてる呪いのマンションじゃないか!!」
 俺の反応に高野は戸惑っている。というよりも、なんというか、もじもじしている。夕日のせいで顔が赤く見えるから余計にそう感じてしまう。
「うん、あの……手、離して」
 左手を見た。
 高野の右手をしっかりと握り締めていた。
「!! うわああああうえああああ、ご、ごめん!!」
「いや、うん……」
 俺は激しく動揺して離す。高野は恥ずかしそうにうつむいた。そうか、場所を教えてくれた以外ずっと黙っていたのはそれか。いくら焦っていたとはいえ気づかないとは……。あまりの間抜けっぷりに落ち込んだ。
「あ、あのね、ここってあっちの息がかかっている、というか、何かあったときのために、あっちの人間が買ったの。だから、人が入らなかったんだよ。たまに入ってたのは点検とかだと思う」
 話を変えようと高野が説明する。……呪いのマンションにはちゃんと理由があるみたいだ。
「そ、そうなんだ……噂の真相なんてそんなもんだよな。はははっはは……」
 乾いた笑いが虚しかった。
 気まずい沈黙、それが痛い。きっかけを思い出せば自分だ。
 まず、空気を変えよう。
 いや、面倒だし本題にいったほうがいい。うん、そうだ、そうに違いない。
「今朝のことなんだけど……」
「あ」
 うつむいていた高野がはっと顔を上げた。
「知らないこととはいえ、無神経だった。ごめん」
 素直に頭を下げた。
 時間がたった今、ようやく判った。誰だって、触れて欲しくないことに触れれば怒るのだ。俺の場合は現実逃避に走るだけ。他の人間は、少なくとも高野は違うのだ。
 そんな当たり前のことが判らなかったのは……今までぼうっと過ごしてきたからだろう。そのツケが高野の怒りだ。でも、あの反応は怒りと言うのとは違う気がするが……。
「うん、あたしも、ごめん。言い方悪かった」
 高野も頭を下げるのが判った。慌てて顔を上げる。
「いや、そもそも俺が無神経なこと言ったのがきっかけだし!」
「でも、言ったのは確かだから。ごめんね」
 ……確かに俺もちょいと傷ついたのは事実だしな。昨日優しかった高野と今日の突き放した高野。ギャップが酷くて戸惑う。
「じゃあ、もうお互いこういうことは言わないようにしよう」
「そうだね」
 頷き合う。
「じゃあ約束!」
 高野は小指を出した。
「約束? うん、約束だ」
 俺の反応が気に入らないのか、むっとする。
「約束するのっ! はい、小指出して!」
 言われるままに右手の小指を出した。
「そんで、絡めて」
 小指と小指を絡める。……は、恥ずかしい。
「ゆーびりきげーんまん、うーそつーいたら――」
 リズムに合わせて手を上下させる。恥ずかしさが更に上がって、顔にも血が上る。夕日で顔色が判りにくいが、きっと俺は顔は真っ赤だろう。
「芳岡」
 動きを止めて高野は俺を見る。
「すごく恥ずかしい」
 夕日を浴びて判る顔の赤。どれだけ赤くなっているんだろう。
「俺もだよ!! ああもう、省略して、はい指切った!」
 小指を離し、恥ずかしい空気を振り払った。
「でもちゃんとやらないと駄目ってのんのんが」
 笠木、何を教えてるんだ……。てか素直に受け入れるな高野も。
「これは、小さい子供の教育の一環としてやるんだ。だから、高校生はもちろん、中学生も、小学生の高学年だってやらないんだ!」
「そうなの?」
 何で半信半疑で俺を見るんだ!?
「そうなの!!」
 恥ずかしさに力いっぱい言い切った。
「そうなんだ……」
 納得してない……。納得してない顔で首をかしげている。お前、自分で恥ずかしいって言っておいてそれはなんなんだよ。
「ふーん」
 そこで初めて高野の肩に座っていたククが口を開いた。
 いやらしくニヤニヤ笑っていた。
 言葉か出るより早く、俺はククを掴んでいた。
「夕日と友達になってこい!!」
 そして力いっぱいに、言葉通り夕日に向かって投げ飛ばした。



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